君しかいない



※家康が病んでる


 ナマエは良く言えばおっとり、悪く言えば愚鈍な娘だった。

 おまけにナマエは泣き虫で、ワシがいなければ何もできないような子供だった。非力なくせに偉そうに吠えていた過去の自分よりも、もっと何もできない娘だった。

「ナマエがまさか刀を握る日が来るとは思わなかったなぁ!」

 そう言えば、ナマエは忠勝の事も怖がっていたっけ。忠勝は身体も大きいし、喋る事もしないから子供には怖く見えるのだろうか。忠勝も本当は優しい性格をしているのになぁ。
 ナマエは忠勝と対面するときは絶対にワシの後ろに隠れていた。いや、忠勝以外にも、ナマエは大抵の人間に対して人見知りしていたっけ。

「元親が褒めていたぞ。『虫も殺せないような顔して案外骨のある女じゃねぇか』とな! はは、幼馴染が褒められるのはワシとしても鼻が高いな」

 ナマエは野犬どころか虫も怖がっていたのに、いつの間に成長していたのだろう。虫が出るたびに泣いて大騒ぎして、「家康さまぁああ」とワシに縋り付いてきた。あの姿は金吾に似たものがあるかもしれない。
 子供だったワシは「虫くらいで城主を呼ぶな」と悪態をつきながらも、ナマエに頼られる事が嬉しくて何だかんだ言って倒してやっていたんだっけ。

「なんだ、ナマエはもう虫も平気になったのか? いや、馬鹿にしたわけではないさ。あのときは『ワシがいないと生きていけない』なんて言っていたのに、ずいぶん成長したんだと思ってな」

 虫も殺せないし、ワシの背に隠れなければ人と対面する事もできない。弱くて儚くて稚いナマエはもういないのだろうか。

「順風満帆なようで何よりだ! 友も多いに越した事はないしな。慶次とか元親とか、ナマエも仲良くなれるんじゃないか? 三成も良い奴ではあるんだが、気難しいからナマエは仲良くなれるかなぁ」

 あの頃のナマエは引っ込み思案すぎて友達なんてろくにいなかったのに。ワシの後ろに引っ付いてくるだけのナマエを鬱陶しく思った事がないといえば嘘になるが、それでもワシはナマエを好ましく思っていた。
 天下泰平を志すより前は、ワシは「ナマエを守ってやらなければ」なんて考えていたんだっけ。

 ナマエが「私には家康さましかいない」なんて言うものだから、幼い馬鹿なワシはすっかりそれを信じていた。ナマエを守ってやれるのはワシだけで、そのためにも世の平和が必要だと気付いて、必死で力を付けたんだっけ。

「ワシしかいないと言ったくせに」

 ワシが秀吉殿と決裂したとき、三成はこんな気持ちになっていたのだろうか


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