ヤンキーくんとオタクちゃん
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山田一郎。その名をこの池袋で知らぬ者はいないだろう。池袋最恐の不良、それがこの男だからだ。
山田一郎のようなヤンキーと私のようなカースト最下層のクソオタク。住む世界はもちろん違うし普通に生きていれば関わり合いになる事もない。だが、そんな別世界の住人を混ぜこぜにして一つの部屋に押し込めるのがここ、学校。
学校とは、クラスとは、――蟲毒だ。
ヤンキーもオタクも不思議ちゃんもパンピも、蟲毒のようにみんな一緒くたにして閉じ込めるのが学校だ。教室は蟲毒に使われる壺だと言っても過言ではない。
強いものが生き残り、弱いものは淘汰される。ヤンキーのようなスクールカースト頂点にいるいわゆる「強者」は、私のようなオタクやいじめられっこの「弱者」を食い散らかすのだ。
だから、そんな強者に目を付けられないように。存在感を薄くして、目立たないように、認知されないように、ひっそりと生きてきた。
が、何の因果か最恐の不良山田一郎の弟、山田二郎と隣の席になってしまった。
「………………」
正直めっちゃ怖い。めっっちゃ怖い。
顔は整っているほうだと思うけど、でも、彼の身体中からあふれ出るヤンキーオーラが怖い。もうちょっと爽やかで柔和な感じだったら「イケメンと隣になっちゃった」なんて喜べていたかもしれないが、ヤンキーは無理だ。怖い。
オタクにヤンキーの隣は無理だよ。先生もうちょっと席順なんとかしてくれてもいいんじゃない? 雰囲気イケメンみたいなさぁ、クラスのリーダー的な子じゃないとヤンキーの相手はできないよ。ほんとマジで。オタクはいじめられるよ?
先生、私が不登校になったらどうしてくれるの。ほんと無理マジで怖い。この先生きのこる方法が分からない。
「………………」
目を合わせないように、と読み始めたラノベを持つ手が震える。正直、内容が一切頭に入って来ない。
山田くんからの視線をめっちゃ感じるけど目が合ったら最後、私は絶対にいじめられる。本当に無理はやく予鈴鳴ってよ。休み時間よ終われ。あと五分以上ある。無理。マジで怖い。
「…………なぁ」
「―ッ!?」
声を掛けられ、ビクッと私の身体が跳ねた。跳ねたっていうか、たぶん椅子から一センチくらい浮いたと思う。しかも跳ねた拍子に膝を机の裏にぶつけたしね。山田くんが怖いという気持ちが痛覚を上回っているからそんなに痛くはないけど。
怖すぎて話はしたくなんてないけど、こうして話しかけられてしまった以上無視するわけにもいかない。シカトすんなよ、なんて言われて蹴っ飛ばされては堪ったもんじゃない。
「……な、ななな、なんですか……?」
「なんで敬語?」
「ヒェッ! い、いえ、あの……クセ、みたいなもので……?」
「ふーん。まぁいいけど」
怖い。怖すぎて敬語で話す以外の選択肢がない。けど、きっと山田くんには「同級生に敬語とかキメェ」とか思われているのだろ う。いじめられたらどうしよう。どう転んでもいじめられるじゃん私オワタ。
「それさぁ、結構古いラノベじゃんね?」
「えっ、あ! そ、そう、ですね」
「誰が好きなの?」
「え、えっと……基本的にはみんな好き、だけど……推しはサバトちゃん、です」
「マジ?」
ぱっ、と山田くんの表情が明るくなった。
「俺も! なんだよ趣味合うじゃん!」
そう言って笑った山田くんの顔があまりにも可愛くてびっくりした。え、というか山田くんこの本知ってるの? もしかして、アニメとかラノベとか好きなのか? ヤンキーなのに?
「や、山田くん詳しいんだね……? これ古いのに……」
「兄ちゃんがラノベ好きでさ、俺も読んでんの。ていうか古いラノベ呼んでるのはナマエさんも同じじゃん」
「え、わ、私の名前……知ってるの?」
「? クラスメイトなんだから知ってるっしょ」
え〜〜〜なに山田くん天使か〜〜〜???
私みたいなオタクにも優しいどころかラノベも詳しいとか凄すぎるよ山田くん。めっちゃ顔がいいな山田くん。怖いヤンキーなんて思ってごめんね山田くん。私はキミの事ちょっと好きになっちゃったよ。私にはヤンキー萌えなんてなかったはずなのにこれからはヤンキーキャラ好きになっちゃいそうだよ。
そう思うくらいには山田くんを可愛いと思ってしまった。
「ナマエさん他にはどんな本読んでんの? 俺も知ってるジャンルあったら話したいな」
少しだけ恥ずかしそうにそう言った山田くんがあまりにも可愛くて、私の中で彼への恋に落ちる音がした。