恐怖!厄介配信者



※2025年2月19日更新の休載イラスト39(バレンタイン配信黎明)ネタです。






 私は人気配信者であるレイメイくんのファンだ。

 SNSの呟きには通知を入れて即反応しているし、コメントもたくさん送っている。投げ銭だってたくさんしているし、長い期間レイメイくんを推している。私はレイメイくんのファンの中でも目立つ存在――いわゆる『トップオタ』だ。

『ゴキゲンよう観測者の諸君! こちらレイメイだ。今日はバレンタイン配信をやっていくぞーっ』
「きゃーっ! 今日のレイメイくん可愛い!」

 届かないと分かっていても、私は画面越しにそう話し掛ける。今日のレイメイくんはバレンタイン仕様らしい。レイメイくんの背後にはハート型のバルーンがいくつも浮かんでいる。これは私たちリスナーを楽しませるために用意されたものなのだろう。この配信のためにせっせとバルーンを準備したレイメイくんのことを思うと、どうしようもなく胸が高鳴る。私たちのためにありがとう。大好きレイメイくん。とっても可愛いよ。

 しかしそんな可愛い背景とは裏腹に、普段と違ってノーセットに見える髪型のせいか、おちゃらけたカチューシャの印象とは逆に大人っぽく感じた。オフっぽい髪型だと年相応に大人っぽく見える。今日のレイメイくんはなんだか新鮮だなぁ。そう思いながら私は画面に映るレイメイくんを見つめる。

 リスナーから送られてくる『ゴキゲンよう』のコメントを無視してレイメイくんの顔だけを眺め続け、私はレイメイくんのカラコンがハート模様になっているにことに気が付いた。

 画面のスクリーンショットを取ってバレンタイン仕様のレイメイくんを保存しつつ、私は「今日のカラコン可愛いね」とコメントを送る。

 ――他のリスナーがカチューシャや髪型に注目したコメントを残している中で、私だけが彼のカラコンに注目している。

 そういう「分かっていますアピール」をすることで、私は他のリスナーに対して優越感を覚えていた。私はレイメイくんのすべてを見たいがためにハイスペックパソコンを買ったし、レイメイくんの話す内容と私が送るコメントにラグが出ないよう、通信環境も整備した。投げ銭以外にも、私がレイメイくんのために投資した額はあまりにも大きい。私は他の有象無象どもとは違うのだ。そう思いながら、私は目立つように高額の投げ銭を付けたコメントを送る。

『あ、カラコンに気付いてくれた観測者がいるな。そうなんだよ、今日のオレはバレンタインレイメイ! 他にはホワイトデーレイメイもいるから、みんなオレから目を離すなよ!』
「やった! コメント拾ってもらっちゃった!」

 そう言いながら、私は他のリスナーのコメントにも視線を送る。『カラコンに気付くのすご』『見えないよーレイメイくんもっと近付いて』『初っ端から投げ銭の額えぐw』そんな言葉が滝のように画面を流れて行った。中には『いつもの人じゃん』なんてコメントもあって、私はリスナーにも認知されているんだ、と思わず笑みがこぼれた。

 リスナーですら私を覚えているってことは、確実にレイメイくんも私のことを覚えてくれているはずだよね。私はそんな優越感でいっぱいだった。幸せだった。このときまでは。



『――……ってことがあったわけ!』

 レイメイくんの配信は続き、話題が一段落したそのとき。レイメイくんは水分補給のためにいつものエナジードリンクを一口飲んだ。そこまでは普段通りである。

 しかしレイメイくんがエナジードリンクの缶を持ったままの左手で画面を指さしたその瞬間、私の視線はその指先に奪われた。

「はぁっ!? 中指と薬指だけ爪短くないっ!?」

 思わずそう声が出る。レイメイくんはいつも爪が長かったはずだ。現に画面を指さす人差し指の爪は長くて、指の腹を超えて伸びた爪の裏側がこちらに見えている。

『もしかしていま投げ銭したのシンくん? オレのこと見てくれてんの嬉しー』

 レイメイくんは私の動揺には気付かず、楽しそうに笑っている。『そうそう、シンくんはオレの友達!』コメントで何かしらの質問があったのか、レイメイくんは笑顔でそう説明していた。しかし、私がいま聞きたい説明はそんなことではなかった。

 ――爪の長い男は女を抱いていない。

 そんな俗説を信じて、私は安心してレイメイくんを推してきた。爪が長かったら女の体に傷をつけてしまうから、だから恋人のいる男性はみんな爪が短い。つまり爪の長い男性は女を抱いていない確率が極めて高い。ということは、爪の長いレイメイくんには恋人がいない。そんなロジックでもって、私は安心してレイメイくんを推してきた。

 ――なのに、今日のレイメイくんの中指と薬指の爪は短かった。

 その二本の指は、女性に触れるときによく使われる指である。滅多に爪を整えないズボラな男性でも、女性を抱いていれば自然と短くなるであろう指だ。つい最近も同じ理由で炎上した男性アイドルがいたはず。中指だけ爪短くしてんのキショ、女抱いてんじゃねぇよ、と騒がれていたのを見た。
 私はそれを「このアイドル脇甘いな」なんて笑いながら見ていたはずだったのに。それなのに、レイメイくんも炎上した男性アイドルと同じような爪をしている。

 ――じゃあ、レイメイくんにも彼女がいるってこと?

 私はカッと頭に血が上るのを感じた。私が投げたお金がレイメイくんの彼女に流れていた可能性があるってこと? どこの誰かも知らない女が、私に対して『私の彼氏に貢いでくれてありがとー』なんて思っていた可能性があるってこと? 彼女と二人で、私たちリスナーを馬鹿にしていたかもしれないってこと? 何それあり得ない。私は本気でレイメイくんに向き合って、本気でレイメイくんを推していたのに。それなのにレイメイくんは違ったの? 今は配信業がオレの恋人だから、なんて言っていたのは嘘だったの? 最悪最悪最悪。ああもう、吐き気がする。こんなレイメイくん見たくない。
 バレンタイン配信が終わったあと、レイメイくんは彼女からの手作りチョコを食べたりするのだろうか? 私が送った投げ銭を使って、彼女とディナーに行ったりするのだろうか? 想像しただけで腹が立つ。もう見たくない。最悪。最悪。最悪。彼女持ちのくせに配信業なんかすんなよ。ファンの恋心を食い物にしてんじゃねぇよ。ホント最悪。信じられない。最悪最低のカス野郎!

 そう思って、私は衝動的にパソコンの電源を落とした。

 そしてSNSの本アカウントとは別の、数人としか繋がっていない愚痴アカウントを開く。私はそこに、たったいま感じた思いを全部ぶちまけた。レイメイくんの配信中であるにもかかわらず、私と同じことを思った人がいたのか、すぐにその愚痴には一つ二つとイイネが付く。不快に思ったのは私だけじゃなかったんだ、と、増えるイイネに少しだけ溜飲が下がる。

 けれど私はそれだけでは許せなくて、最後に『もうRくんの配信見るのはやめます』とだけ書き込んでスマホを閉じ、ふて寝するように布団にもぐった。

 ――明日になったらレイメイくんグッズも全部捨てて、もうレイメイくんを見るのはやめよう。彼女持ちの男なんて興味ないし。ああもうホント最悪。早くレイメイくん以外の新しい『推し』を見つけなくちゃ。そう思いながら目を閉じた。


 ◇◇◇


 ――ピンポーン。
 来客を知らせるチャイムの音で目が覚める。枕もとのスマホに手を伸ばして時刻を確認すると、現在まだ午前三時であることが分かった。電車の始発すら出ていない時間だ。朝というよりはまだ深夜に近い。そんな時間に来客などあるはずもないし、酔っ払いのイタズラか何かだろう。そう思って無視することを決めた瞬間、またピンポーンと音が鳴った。

 ――ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

 チャイムは連続して鳴り響く。明らかに意図を持って鳴らされるその音に恐怖を覚えた。これは酔っ払いのイタズラなんかじゃないのかもしれない。そんな思いが首をもたげる。強盗や通り魔、レイプ犯やストーカーなんかだったらどうしよう。チャイムが鳴るたびに私の不安は加速していき、背中には冷や汗がつたう。脳裏にはネット掲示板で見かけた怖い話もよぎり、「チャイムを鳴らしているのが怪異だったらどうしよう」とも思った。

 ――ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。

 チャイムはいまだに鳴り響いている。無視するわけにもいかず、私はベッドから抜け出して恐る恐る玄関へと近付く。私の心臓はドキンドキンと音を立てていた。フローリングの軋む音すら恐ろしい。真っ暗な部屋を手探りで歩いて、ドアの前まで来る。それでもチャイムの音はいまだに鳴り続けている。
 私は自分の存在をドアの向こうの『何か』に悟られないよう足音を殺して、静かにドアスコープを覗く。そこに写った人物を見て、私はギョッと目を見開いた。

「れ、レイメイくん……!?」

 ドアスコープから見える景色には、画面上でしか見たことのないレイメイくんの姿が写っていた。動揺から出てしまった声がドアの向こうに聞こえてしまったのか、チャイムの音は私の呟きとともにピタリと止んだ。私の部屋にはシンとした静寂が訪れる。それがひどく恐ろしい。チャイムの音がなくなったせいで、やけに自分の心臓がうるさく聞こえる。

 ――も、もしかしたら見間違いだったかも。だってレイメイくんがこんなところにいるわけないし。

 そう思って、私はもう一度ドアスコープを覗き込む。「ッ!?」そこには、レイメイくんと思われる人物がドアスコープ越しにこちらを覗いている姿が写っていた。

 ドアの向こうからは私の姿は見えないはずなのに、何故か目が合ったような気がする。ぎょろりとした目に私の姿を捉えられた気がして、反射的に「ひっ」と悲鳴が漏れる。その声はドアの向こうの人物にも聞こえたらしい。「早くドア開けろ」静かな声でそう語りかけられた。配信のようなテンションの高さはないものの、その声はレイメイくんによく似ている。

「なあ。『見るのやめます』ってなに?」
「ひ、ぁ……」
「オマエがオレのことよく見てるのは知ってる。カラコンに気付いたのもオマエが最初だったしな」

 淡々と語られるその言葉。語り口からして、ドアの向こうの人物はレイメイくん本人のように思える。だが、そこには疑問が一つ残る。

 ――私はレイメイくんの配信に「見るのやめます」なんてコメントは残していない。

 そんなことSNSでしか呟いていない。しかも、呟いたのは本アカウントじゃなくて愚痴アカウントだ。トップオタの私と、その愚痴アカウントが結びつくわけがない。なのにどうして、レイメイくんはそれを知っているのだろう。誰かが告発した? いや、告発されたところでレイメイくんが私の家に来るはずがない。どうして私の家の住所を知っているんだろう。考えれば考えるほど分からなくて、私の全身はどうしようもない恐怖に包まれる。

「爪の考察は『なるほどな』と思ったよ。だけどさ、それは流石に妄想が過ぎるんじゃない? 普段からオレのこと観測してんならそんな発想にはならないハズだよな。オマエはオレの何を見てんだよ。ナメてんのか? なあ、おい。何とか言えよ。聞こえてんだろ。オマエが今この瞬間、オレのことをちゃんと観測てるのは知ってるんだよ」

 心臓があり得ないほどの音を立てていて、私には彼が何を言っているのかが理解できない。ただとにかく、目の前の人物は正気ではない、ということだけは分かった。

 ドアを開けたらどんな目に遭うか分からない。早く警察を呼ばなくちゃ。これは私の手には負えないものだ。そう思って震える足に鞭を打ち、ベッドの上に置いてきたスマホを取りに戻ろうと踵を返した瞬間。背後からガチャ、とドアの開く音が聞こえた。

「えっ――……」

 反射的に後ろを振り向く。ゆっくりと開くドアからは、私を見下ろす長身が見えた。レイメイくんが配信で「オレ身長一九〇センチあるんだー」と語っていたことは知っていたけれど、たしかにこれは本当に一九〇センチありそうだ。のんきにそんなことを思う。

「ぅ、あ……」

 腰が抜けて床にへたりこんでしまったせいで、彼との身長差はさらに広がる。まるで巨人に見下ろされているかのような威圧を感じて、私の体はぶるぶると震えた。奥歯はガタガタと音を立てていて声が出ない。じわりと視界が歪む。あんなにも大好きだったレイメイくんが目の前にいるのに、どうしようもなく恐ろしく見える。

「オマエがずっとオレのこと見てたからオレもずっとオマエのこと見てたんだよ。他のリスナーにマウント取る害悪さも、正直オレは嫌いじゃなかったんだよな」

 土足のまま家に上がり込んできた彼の手が、腰の抜けた私に向かって伸ばされる。あの手に捕まったら終わりだ、と本能的に感じたけれど、足が震えて、私はその手から逃げられなかった。

「オレのこと正確に理解するまで、オマエにはちゃんとオレのこと見てもらうから。オマエはまだまだオレのこと見なきゃ。勝手にリスナー辞めるとか許さない。そのために急いでテラリウム一つ空けてきてやったの、光栄だろ?」

 レイメイくんは目を細めて笑う。それは画面越しに見ていた笑顔とは違う、恐ろしいものだった。そしてバチンと首に衝撃が走って、私の意識はそこで途切れた。

 ――そのあとの私がどうなったのかは、レイメイくん以外の誰も知らない。






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