アンハッピーエンド
※夢主が愚かな女
「で、オレを呼び出したのはこんなクソみたいなつまんない話をするためじゃないよな?」
楽しかった時間は唐突に終わりを迎えた。
数年前に別れた元彼――黎明くんに連絡を取って、数年ぶりに二人きりでカフェへと入った。最近やったゲームが面白かっただとか、新しくできた友達は無職と投資家と医者と神父だとか、離れていた時間を感じさせない自然な会話をして「この雰囲気なら復縁できるかも」なんて私が思った瞬間、黎明くんは顔から笑みを消して冒頭の言葉を吐いた。
無表情で私を見る黎明くんの目は冷たくて、サァ、と周りの気温が下がるような錯覚に陥った。黎明くんのその顔を見ていると「復縁できるかも」なんて期待が萎んでいく。楽しく会話できていたと思っていたのは自分だけだったのかな、なんて思ってしまう。だけど、言わなければ何も始まらない。もじもじと指を動かしながら、私は「えっと」と言葉を選びながら口を開く。
「……私、やっぱり黎明くんのこと好きで……。私たち、その……やり直せないかな?」
私がそう言った瞬間、黎明くんは聞こえよがしに「ハァッ」と大きな溜め息を吐いて、私から視線を逸らせた。黎明くんは自分の手元に視線を落とし、爪の垢をほじくり出すような仕草をする。
「お前さ、別れ際にオレに言ったこと覚えてないの?」
「……、それは……」
「覚えてるよな? なのによく『やり直したい』なんて言えたな」
「…………」
「好きな人間から発される言葉はさ、モブが吐く言葉とは影響力がまったく違うんだって、あのときオレ実感したんだよな。暴言なんてアンチで慣れてるって思ってたのに。本気で食らっちまった」
黎明くんは私のほうを見ない。爪をいじり終わったあと、黎明くんはスティックシュガーの袋を折り曲げて遊び始める。
「お前のせいで『しばらく恋愛はいいや』ってオレ思ったんだ。まぁおかげで配信業に精を出せたけど。この前のゲーム配信、同接5000人突破したの知ってる?」
「……知ってる。配信見たよ」
「あっそ」
「私も……黎明くんと別れたあと恋愛できなくて……。やっぱり黎明くんが好きだったんだなって、私……気付いて……」
「それ、ただ『人気ストリーマーの彼氏』が欲しいだけの勘違いだろ」
黎明くんは変わらず私に視線を寄越さず、紙ナプキンを折り紙にしながら言った。私の恋心を侮辱するようなその言葉に、カッと頭に血が上る。
「違う! 私はホントに黎明くんが好きだって思って……!」
思わずカフェのテーブルをバンと叩く。その音と私の大声のせいで、周囲の視線が一斉に私たちに向けられた。ザワザワ、ヒソヒソ。周囲の人間たちが噂する声が聞こえる。居た堪れなくなって席で小さくなる私と違って、黎明くんは動じずになおも紙ナプキンを折り曲げていた。
「……新しく彼氏を作ろうと努力はしたよ? でもどこかで黎明くんと比べちゃって……。あのとき私も頭に血が上って、黎明くんのこと世界で一番大嫌いとか思ったけど、でも……やっぱり黎明くんが好きだって、気付いて……」
「お前がオレを好きだって気付いたのはどうでもいいけどさ。じゃあ、別れ際に傷付けられたオレの気持ちはどうなる?」
「……それは、謝る……」
「謝られても傷は癒えないんだけど。オレはお前の顔を見るたびあの日を思い出す。好きなモノのことだけ考えたいのに、お前のせいでそれは叶わなくなるんだ。そんな酷い話あるかよ?」
「…………」
「そうだ! 慰謝料として三億円くらいオレに払うってのはどう? そうしたら許すこと考えてやってもいいかも!」
「そ、そんなお金あるわけ……!」
「じゃあ帰れよ。ていうか、オレ金なんていらないし。稼ぎ口は他にあるからさ」
パッと口調が明るくなったかと思えば、すぐに吐き捨てるような口調に戻る。そんな黎明くんは相変わらず私を見ない。
取り付く島もない黎明くんに、私は少しずつ焦っていく。黎明くんの関心を取り戻したくて、もう一度私を見てほしくて。何を言えば黎明くんの興味が私に戻ってくるのかを、私は足りない頭で必死で考える。
――そうだ、黎明くんはいつでも自分が中心でいたいんだった。誰よりも注目されたいし、何よりも優先されたいと思っている。これは私たちが別れる原因の一つにもなった彼の悪癖だけれども、これを利用しない手はない。
「……リスナーの誰よりも、私が一番黎明くんのこと好きなんだって分からせる。5000人分の愛を私一人であげるから、だから……」
私がそう言うと、手元の紙ナプキンに向けられていた黎明くんの視線が上を向いた。彼の大きすぎるカラコンの入った瞳が、真っ直ぐに私を見る。
「何それ。オレのを潰してお前が一番になるってこと?」
ずっと他所に向けられていた黎明くんの視線がやっと自分に向いたことに、私は言いようのない喜びを感じた。もっと私のほうを見てほしくて、私は黎明くんの言葉に食い気味に返事をする。
「そう! 私が一番黎明くんのこと見るから!」
「お前の専スレできるくらい、オレの観測者の中で目立つ存在になるってこと? 無害なだけじゃ有象無象と変わんないし、だからってアンチはいらないし。他の奴ら蹴散らすくらいしてくれなきゃ見る価値ないんだけど」
「私が一番黎明くんのこと見てるもん。分からせるよ、私が一番だってこと」
「他の厄介ファンから誹謗中傷とか届くだろうけど、負けずに続けられんの?」
「できる」
「じゃあオレの呟きも配信も、何一つ漏らさず全部見ろよ。投げ銭とかもしてさ、目立って見せろよ。オレがもう一度お前を好きになるくらい」
「できるよ! だって私、黎明くんのこと好きだから……!」
私がそう言うと、黎明くんは目を細めて微笑んだ。その顔は、私が黎明くんに「好きです。付き合ってください」と告白したその日と同じ顔で。
「そ、じゃあ頑張れ。でもそこまで言ったなら、オレを魅せ続けてくれなきゃ今度こそ殺すから」
綺麗な顔で笑う彼を見て、やっぱり私は黎明くんのことを好きだと思った。