「貴女たち、三日連続で遅刻ですよ! それにそのスカート! 御禁制です!」

「ゲッ、風紀委員!」

「『ゲッ』とはなんですか! もう、悪い口! 御禁制ですよ!?」

 人ひとりが通れるか通れないかくらいまで閉じられた校門の前に立っているのは、影の風紀委員こと源頼光さんだった。いや、頼光さんこそその制服どうなってんの。おっぱいが大きすぎるから服が持ち上げられてちょっとお腹見えちゃっているし。それは御禁制じゃないの?
 そう思ったが、それを言うともっと事態がややこしくなる事を学習している私は大人しく口を噤む。

 頼光さんは私たちの膝上一五センチまで上げられた制服のスカートを睨み、「禁制!」と言った。

「早くスカートを直しなさい。でなければ学校には入れられませんよ」

 頼光さんがそう言うと、私と一緒に遅刻していた親友が「ラッキー、学校入れないんなら帰っちゃおうかな」なんて言ったものだから火に油。怒り狂った頼光さんに朝からお説教されるハメになってしまった。


 ◇


「――って事があってさぁ! 朝からブルーだから慰めてよぉ、せんせぇー」

 学年室に呼び出された私は、私を呼び出した張本人である天草先生に朝の出来事を洗いざらいぶちまける。慰めて、そう私がねだると、天草先生は困ったような表情を浮かべた。

「……それは、校則を守らないナマエさんたちが悪いのでは?」

「だってぇ、スカートは短いほうが可愛いでしょう? 女の子は好きな人にはいつだって可愛いって思われたいものなの」

「うーん……私は服飾には疎いので、短いほうが可愛いかどうかは分からないのですけれど」

「だよね。じゃなきゃそんなダサいジャージ着られないもん。そのジャージとか、どこに売ってるの?」

「………………」

「冗談だよー、先生! 怒っちゃやだ! 私は天草先生のこと大好きだもん」

「……はぁ。ありがとうございます」

 あ、その反応は絶対に信じてないな? 私は天草先生の事がこんなにも大好きなのに。そう言ってもきっとまた冗談だと思われて流されてしまうだろうから、それは言わないでおいた。

「それで、今日はどうして遅刻したんです?」

「よくぞ聞いてくれました! 見てこれ、友達とプリ撮ってきたの。可愛くない?」

 バッグから財布を取り出し、お札ポケットにしまってあるプリントシールを天草先生に見せる。これは今朝ゲーセンで撮ったばかりの新鮮なものだった。

 今朝行ったゲーセンには、親友がハマっている本名不明の謎のイケメンが働いているという。絶対騙されているって、そんな男怪しすぎるでしょ、と忠告する私を無視してまで親友が熱を上げるイケメンとは一体どんな男なのか。売り言葉に買い言葉で怪しいその男を見に行ったら、例のイケメンはタイミング良く働いていた。嬉しそうに駆け寄る親友に気付いたイケメンは手慣れた様子で彼女と接していて、やっぱりコイツ怪しい、と思った。
 警戒心を剥き出しにする私とは対照的に、そのイケメンはニコニコとした笑顔で「どうせ来たんなら撮っていけば」なんて言って私たちにプリ代を奢ってくれたのだ。そんなイケメンの粋な計らいによってこのプリは撮られたのだが、そのイケメンに対する私の評価は「胡散臭い男」のまま変わらない。早く別れればいいのに。

 ――おっと、話が逸れた。いま私は天草先生と話をしているんだった。

「………………」

 じっとプリを見ていた天草先生がふいに視線を上げ、私の顔を見る。天草先生に突然見つめられ、思わず心臓が跳ねた。――うわ、先生思ったよりまつ毛長い。
 童顔な天草先生はぱっと見では私たちと同年代のようにも見えるけれど、同じ学年のどんな男子より格好良い。そんな先生に見つめられ、心臓が高鳴らないはずがない。

「え、え? 突然見つめちゃってなに?」

 ドキドキしながらそう尋ねると、天草先生は私を見つめたままゆっくりと口を開いた。

「――写真とずいぶん顔が違いますね」

「えっ? え、なに、写真詐欺って言いたいの?」

 天草先生の突然の失礼な発言に開いた口が塞がらない。いや、まぁ確かにプリと現実の顔は違いますけど。プリに写る私のほうが現実より肌は白いし目も大きくなっていますけども。いや、まぁそれは一緒に写る親友も同じなんですけどね。というか、プリに写った人間はみんなそうなるから。
 確かにプリの修正機能は詐欺と変わりはない。でも、だからと言ってわざわざそんな事を言うのはちょっとひどくない? さっきまでの私のトキメキを返せ。そう思っていると、天草先生は「いえ、そうではなく」と私の言葉を否定した。

「ナマエさんはそのままでも十分可愛いですから。わざわざこんな写真など撮らずとも良いのでは?」

「え」

「学校を遅刻してまで遊びに行くのは感心しませんし。次からはおやめなさい」

「ちょ、ちょっと待って。今なんて言った?」

「学校を遅刻するのはやめなさいと」

「いや、その前! 私の事可愛いって言った!?」

「さぁ、どうでしょう」

「えぇー!? ちょっと待ってよ先生!」

「そろそろ授業に戻りますよ」

「やだ! もう一回言ってくれないと戻らない!」

「おや、じゃあ私も言いません」

「ず、ずるい! なにそれ!!」

 ほら、早く行きますよ。そう言って天草先生は学年室の扉に手を掛ける。このままだと天草先生は私を置いて授業に行ってしまうだろう。それはいやだ。

「ちょっと待ってよ!」

 慌てて椅子から立ち上がり、天草先生のあとを追う。すると先生はにっこりと微笑んで「ちゃんと授業に出てくださいね」なんて言った。
 そんな風に言われたら頷くしかないじゃないか。しぶしぶ了承すると、天草先生はまたにっこりと微笑んで、まっすぐ廊下を歩き始めた。

「………………」

 天草先生、もしかして本当は私が先生の事が好きだって気付いているんじゃないの? 先生に構ってほしいからわざと素行の悪いギャルを演じているんだって、知っていて私の事をもてあそんでいるんじゃないだろうか。
 ああ、なんて罪な男なんだろう。それでも、私は天草先生の言う事を聞いてしまうだろう。こんな風に私を従えられるのは天草先生しかいない。これが惚れた弱みというやつなのだろうか。

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