※学パロ



「あ、天草先生! これ! バ、バレンタインのチョコです!!」

「おや、ありがとうございます」

 試行錯誤を繰り返し、一番見た目が綺麗にできたチョコレートケーキがいま、天草先生の手に渡った。私はこの一個を作るためにバカにならない材料費を出し、いくつもの失敗作を生み出しながら頑張ってきたのだ。
 正直、この腕前には自信がある。今日、この学校で一番良い手作りチョコを作ったのは間違いなく私だ。そう言えるくらいに自信があったはずなのだが、どうしてか天草先生を前にしたら緊張で手が震える。いや、手の震えだけでなく口も回っていない。

 私のこの行いを見守ってくれていた友達は「ナマエ、どもりすぎ」なんて笑っていた。そして、そんな彼女も「ついでだから」と天草先生にチョコを渡していた。と言っても、彼女のチョコは私のような本命ではなく、一目で義理だと分かるものだった。彼女はコンビニで百円出せば買えるような小さなチョコレートを一つ、天草先生の手のひらに乗せる。

「せんせ、私へのお返しは三倍でお願いね」

「三百円のお菓子ですか?」

「……いや、もう一声」

「おやおや、ワガママですね」

 そんなやり取りをする友達と天草先生を見つつ、私は緊張で何も喋れなくなっていた。天草先生を前にすると緊張してしまうのはいつもの事だったけれど、今日はなおさらだ。私も友達と同じくらい軽い調子で渡せたら良かったのに。
 でも、きちんと渡せて良かった。これで勇気を出せずに渡しそびれて……なんて事があったら私は、きっと後悔で夜も眠れなくなっていただろう。やらない後悔よりはやる後悔だ。

「チョコレートは家に帰ってゆっくり食べさせていただきますね」

 そう言ってにこりと笑った天草先生の顔を見て、やっぱり私は先生が好きだ、と再認識した。
 この想いがちゃんと届きますように。できれば、両思いになれますように。

 ◇◇◇

 そんなやり取りをしたバレンタインデーから早一ヶ月が過ぎた。そう、今日はホワイトデーである。バレンタインで伝えた想いへの返事をする日だ。それはつまり、天草先生の気持ちが分かる日だという事。私の心は否が応でも浮き足立っていしまう。
 しかも、今日の私は天草先生から
「ナマエさん、あとで天体観測部の部室に来てくれませんか?」
 なんて呼び出しをされているのだ。人気のない教室にこっそりと呼び出されるなんて、これはもしかしたらもしかするのではないだろうか? 私渾身の手作りチョコを食べて、私の事を「ちょっと良い子かも」なんて天草先生は思ってくれたのかもしれない。
 どうしよう、教師と生徒の禁断の関係になったりして。そんなの、すっごく少女漫画だ。胸のときめきが抑えられない。
 そんなウキウキ気分で部室へとやって来た私のテンションは、教室に足を踏み入れてものの三十秒ほどで地に落とされた。

「はい、どうぞ。バレンタインのときはありがとうございました」

「……え? こ、これなに?」

「教会の手作りクッキーです。これが結構おいしいと評判なんですよ」

 天草先生から手渡されたクッキーはきちんとパッケージ詰めされていて、一見すると市販品のような出来だった。
 パッケージに書かれた親指を立てた天草先生の似顔絵と、その横に書かれた「この味、神に感謝!!」の文字。なんなんだこれは。ふざけてんのか。そして極め付けは賞味期限欄に書かれている「人類救済まで」の文字。いや、ふざけてんのか。もう一度言う、ふざけてんのか。
 最近の教会ってみんなこんな感じなの? 私には天草先生のように信じる宗教がないから分からない。けれど、とりあえずこの教会クッキーが本命の女の子に渡していい代物ではないという事だけは分かった。

「おひとつどうぞ。美味しいですよ」

「あ、はい。いただきます……」

 絶句する私とは対照的にニコニコとした笑顔を浮かべる天草先生に促され、クッキーの包装を開けてひとつをかじる。確かにおいしい。おいしいのだが、今の私はそれどころではない。
 一目で分かる「義理」のお返しで、私の心はズダズダだった。
 もしかしたら、なんて期待していた自分が恥ずかしくなるくらいに、天草先生のお返しは義理で返してくれたものにしか見えなかった。この恋はどう考えても脈ナシだ。あ、泣きそう。だんだんクッキーの味も分からなくなってきた。
 涙が出る前に退散しなければ。そう思って、口の中で粉々に噛み砕かれたクッキーを急いで飲み込む。

「……ク、クッキーありがとうございました。じゃあ、私はこれで……」

「あ、ナマエさんのご友人からもチョコをいただいていましたから、彼女にもこれを渡してあげてください」

 そう言って天草先生は、私に送ったものと同じクッキー(彼女へのクッキーは私がもらった箱詰めのものではなく、小包装のクッキーひとつだけだったが)を私の手のひらに握らせた。

「………………」

「ナマエさんの手作りチョコレート、おいしかったですよ」

「……ありがとう、ございます……」

 取って付けたようなチョコレートへの感想が、私の心をひどく傷付ける。
 そしてなにより、私があげた手作りの本命チョコと、友人があげたコンビニの百円チョコ。それに対するお返しが同じものであるという事実が、私の心をより深くえぐった。

 ◇◇◇

「いや、こんなのあり得なくない!? なに教会クッキーって! 本命チョコも義理チョコもお返し同じってなんなの!? もう! 天草先生ひどすぎない!?」

 一晩泣いたら悲しみはだいぶマシになり、今度は逆に怒りが湧いてくる。泣いて腫れてしまった目を隠すようにオシャレな眼鏡をかけてきた私は、朝一番から友人に天草先生への怒りをぶち撒ける。
 友人は「天草先生やばすぎ」と苦笑するように言いながら、私の頭を撫でてくれた。そして、「あ、そういえばさぁ」となにかを思い出したように口を開く。

「昨日セミ様が職員室で怒り狂ってたらしいんだけど、ナマエ知ってる?」

「セミラミス先生が? 珍しいね。なにかあったのかな」

「なんかね、友達の先輩がその現場見てたらしいんだけど、『我がわざわざチョコをくれてやったというのに何なのだこれは!』って天草先生にブチギレてたらしいんだわ。これ、セミ様もナマエと同じクッキーもらったんじゃない?」

 あのクールで美人なセミラミス先生が怒ったらさぞ怖いのだろう。でも、たぶん天草先生は全然怖がらないどころか、むしろ笑っていさめる事ができるのだろう。その場面が容易に想像できて、思わず笑みがこぼれる。

「セミラミス先生にも教会クッキー返すとか、天草先生の精神力やばすぎ」

「やばいよね! 可愛い顔してえげつねぇー!」

「本当だよね!」

 昨日は失恋したと散々落ち込んでいたけれど、セミラミス先生も私と同じお返しを天草先生からもらっていたと思ったら、ゲンキンにも元気が出てきた。だって、私に気がないから教会クッキーを渡したんじゃなくて、天草先生はただ全員一律にクッキーを渡していただけだという事が分かったからだ。これぞ人類平等。もしかしたら天草先生は、自分の恋人にもあの教会クッキーを渡すタイプなのかもしれない。そう考えたら、あんなお返しくらいで落ち込んでいてはやっていけないと思った。
 私の恋はまだ終わってなんかいない。まだ挽回のチャンスはいくらでもある。手始めに、天草先生のいる天体観測部にでも入ってみようかな。
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -