※書き手は麻雀と雀荘エアプ
※学パロ真名バレあり



『学校から帰ってきたら店のほう手伝ってくれる?』

 お昼休みの時間、携帯端末に届いた親からのメッセージを見て、ハァ、と溜め息を吐く。そんな私を見た燕青は、「なんかあった?」と尋ねてきた。

「親の店手伝えってメールが来てて……。ごめんね燕青、今日の焼肉は一緒に行けない」

「あー、なるほどね。いいって、別に。焼肉なんていつでも行けるし」

「本当にごめん。今度奢るから」

「お、言ったな?」

「……ごめん。やっぱり奢るのはなし。破産しそう」

 そう言うと、燕青は「えぇー」と不服そうに唇を尖らせた。

「そこは男気見せてほしかったなー。せっかく俺がアンタの財布をカラにする程度で許してやろうと思ったのに……」

「いや男じゃないし。ていうか財布カラにする時点で悪質でしょ」

「ちょっと何言ってるか分かんねぇな」

「……燕青」

「嘘だよー、冗談だって!」

 俺がそんな男に見えるってのかぁ? 燕青はそう笑いながら、コンビニで買ったパンを頬張る。それは本日二個目のパンだった。
 燕青は女性的な整った顔とは対照的に、中身はかなり男臭い。年相応にヤンチャで遊びが好きで、それから物凄くよく食べる。彼の身体のどこに入るのか不思議なくらいだ。

 だから、正直なところ燕青にご飯を奢ったら破産させられてもおかしくない気がする。燕青はやるときはやる男だ。絶対に、破産させられる。それか巧妙に計算して、こちらの所持金がピッタリ0円になるような注文をしてくる。たぶん、彼はそういう男だ。

「あ、そういえばアンタの家ってなんの店やってるんだっけ?」

「えーと、居酒屋……的な?」

「ずいぶん曖昧だなぁ」

 あんまり大きな声では言えない店なのだ。いや、別に何かやましい事があるわけではないのだが、思春期の私にはなんとなく気恥ずかしかった。


 ◇◇◇


 ガヤガヤとうるさい空間に、喉が痛くなるくらいに煙草の煙が充満した店内。客の八割がたは男性。中年の男たち四人が向かい合って一心不乱に牌を動かすここは――いわゆる雀荘と呼ばれる、麻雀をするための店だった。

「嬢ちゃーん、梅昆布茶ひとつ持ってきてくれー」

「あっ、はーい! ただいま!」

 客の一人にそう声を掛けられ、元気よく返事をしてスタッフルームへと引っ込む。そうしてグラスに氷を入れてから注文通りのお茶を注ぎ、お客の元へと向かう。

「お待たせしました!」

「おう、ありがとな」

 店内はうるさいから、声を張り上げないとお客に自分の声が届かない。それに加えてこのむせ返るほどの煙草の煙。バイト後はいつも喉が痛くなった。

 お茶を出し終えて奥に引っ込もうとしたとき、店の扉が開く気配がした。パッと反射的に扉のほうへ顔を向け、「いらっしゃいませー」と声を掛ける。

「四人だけど、卓空いてる?」

「あっ、はい! 奥の卓が――……って、燕青!? こんな所で何やってんの!?」

「アンタこそ何やってんだよ!?」

 お互い目を丸く見開いて、驚きの声を出し合う。いや本当に、何やってるんだこんな所で。
 燕青は普段の学生服でなく、オシャレな私服に身を包んでいた。その姿はとても高校生には見えず、彼の整った容姿と落ち着いた雰囲気のせいか、二十代前半のお兄さんにしか見えなかった。こんな所で出会わなければ恋の一つでも始まってしまいそうなくらいに格好良かったのだが、まあすべてが台無しだ。

 そして燕青が引き連れているのは、燕青と同じ中国人と思われる屈強な男性たち。武闘派な風貌の彼らは、とてもじゃないがカタギの人間には見えなかった。

 えっ怖。燕青ってヤクザと繋がりあるの?

 そう思わずにはいられない雰囲気で、思わず思考が停止する。燕青はすれ違いざまに固まる俺の肩にポン、と手を置き、「まあいいか、とりあえず奥の使わせてもらうなー」と言った。

「え、いや燕青ちょっと! ここ高校生不可だけど!?」

「固い事言うなよナマエ! つーかアンタも高校生だろ!」

「うぐ……ッ!」

「大丈夫ダイジョーブ! 黙ってりゃバレねえよ。年齢確認された事ねぇもん、俺」

 そう言って燕青が笑うと、燕青の友人(?)と思わしき男性の一人が「お前の夜遊びを『旦那様』が知ったらどう思うんだろうな」と意地悪そうに言った。それを聞いた燕青は口を尖らせながら「……絶対チクんなよ」と返す。

 え、旦那様ってなに? 燕青の家ってヤバい家なの?
 彼らの繋がりがあまりにも見えなさ過ぎて、私の頭には疑問符が大量に浮かぶ。そういえば燕青の事、私はあんまりよく知らないかも。

 そうは言っても、燕青は大切な友人の一人。彼の家がたとえヤのつく自由業だったとしても、私は燕青と友達をやめたりするつもりはない。

「……まぁ今日は仕方ないか。奥の席どうぞ」

「ん、サンキュー」

 彼らを卓に案内し、席に着いた彼らを見届けてから、燕青にドリンクメニューの載ったパウチ加工されたメニュー表を出す。燕青はそれを一瞬だけ見て、すぐに口を開く。

「ビール四つ」

「燕青、未成年でしょ」

「バレねーって」

「未成年ダメ、絶対」

「………………。じゃあ、ビール三つとウーロン茶」

 燕青はひどく不満そうな顔をしながらソフトドリンクを注文する。燕青がアルコールを諦めてくれて良かった。ウンウンと頷きながら注文を復唱し、ドリンクを持ってくるべく一度奥へと下がる。
 背後では、「あの燕青が負かされるなんてなー!」という笑い声が聞こえていた。

 ◇

 それから何時間か経ち、終電もなくなりそうな時間になった頃、燕青がふらりと私のそばに来る。

「なぁナマエ、バイトって朝までやってんの?」

「ううん。そろそろ終わり」

「じゃあちょっとコンビニ行かねぇか? 勝ったから何か奢ってやるよ」

 そう言って、燕青は得意げに三万円を眼前に掲げる。そして彼は「どうよ」と不敵に微笑んで見せた。

「勝ったの!? すごい!」

「へへー、だろ? 俺様はなんでもできちまうからなぁー!」

「流石だね! じゃあ着替えてくるからちょっと待ってて」

 そう言ってスタッフルームへと引っ込み、身に着けていたエプロンをロッカーの中へとしまう。そして財布と携帯端末だけをバッグに突っ込み、親に「ちょっと出掛けてくる」と声を掛ける。他の客に混ざって麻雀をしていた親は、「気を付けてねー」と間延びした声を返した。

「お待たせ、燕青。もう行ける」

「全然待ってねぇよ。ずいぶん早かったな」

「まぁね」

 そんな会話をしながら店を出る。夜も遅いせいか辺りは真っ暗で、ヒュウ、と冷たい風が吹いた。

「最近は朝晩が冷えてきたよな」

「そうだね。ウチはもうヒーター出したよ」

「マジで? 早くねぇ?」

「寒がりなの」

「なら俺が温めてやろうかぁー?」

「冗談」

「なんだよツレねぇな」

「……燕青、もしかして酔ってる?」

「呵々」

「わ、笑って誤魔化した……!?」

 他愛のない話に花を咲かせていると、すぐさま近所のコンビニへと辿り着く。暗く寝静まった街の中で煌々とした光を放っているコンビニは、遠くからでもよく目立った。

「何にしようかなー」

 自動ドアをくぐり、明るい店内へと足を踏み入れる。燕青はレジ前に一目散に歩み寄り、そこに置かれた食品類をまじまじと見つめた。

「お、もうおでん売ってんじゃん!」

「いいね、おでん。今日寒いしちょうどいいかも」

「じゃあコレにしよーぜ! 店員さんレジお願いしまーす!」

 そう言って燕青は手慣れた様子でおでんを注文する。たまごとー大根とー昆布とー、と、燕青は次々と具材を読み上げ、お会計は先ほど見せてくれた一万円札で支払っていた。

「はい、これナマエのぶん」

「ありがとう燕青」

 燕青からおでんと割り箸を受け取り、コンビニを出る。近所に公園もベンチもないため、コンビニの入り口横に二人並んでしゃがみ込んだ。
 深夜のコンビニ前にたむろしているのはヤンキーだというイメージがあったため、少しだけ悪い事をしているような気がしてワクワクした。もっとも、高校生禁止の雀荘に二人していた時点でそれなりに悪い事をしているのだが。

「はーッ、賭けに買った金で食うおでんウメーッ!」

「他人のお金で食うおでんウメーッ!」

 燕青のマネをしてそう言えば、燕青は私の顔を見て笑った。
 大根はダシの味が良く沁みていて、人生で一番美味しく感じた。

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