※学パロ
学校のトイレに備え付けられた鏡で前髪を整えながら、友達がふと言葉をこぼした。
「ずっと思ってたんだけどさぁ、メイヴ、男に媚びててウザくない?」
同じく鏡の前でリップクリームを塗っていたもう一人の友達が、間髪入れずに「分かる!」と言った。
「つーかさ、メイヴって男とっかえひっかえしてるじゃん? この前、教育実習で来てたセンセーともヤったって噂だし」
「嘘、マジで? 見境なさすぎでしょ」
「ビッチすぎだよねー、マジキモい」
そう陰口を叩きながら笑いあう友達二人が、私にはまるで宇宙人のように感じられた。メイヴちゃんの事なんて何も知らないくせに、どうしてそんな事を言えるのだろう。
自分の悪口を言われたわけではないのに、まるで自分が言われているかのような、悲しいような気持ち悪いような、複雑な気持ちになった。
「ねえ、アンタもそう思うよね?」
突然そう問いかけられ、ビクリと身体が跳ねる。――まさか、言葉が出ないこの私に同意を求めてくるなんて!
彼女たちは、私が否定するなんて欠片も疑っていないような目で私を見ている。ここで同意しなければ、私はきっと彼女たちに『空気の読めない女』と思われてしまうのだろう。最悪、ハブられるかも。
ずっと仲良くしてきた友達に嫌われたくはない。けれど、どうしても私はメイヴちゃんの悪口を言う気にはなれなかった。震える唇を、ゆっくりと開く。
「……そんな事ないよ。メイヴちゃんの悪口言わないで」
私の言葉を聞いた友達は、嘲笑するような表情を浮かべ、「はぁ?」と呟いた。
「えー、それマジで言ってんの? 私はあの女きらーい。てか、学校なんて勉強するためにあんだから男漁りしてんなって感じ」
「自分の事カワイイとか思ってんだろうねー」
私が「悪口言わないで」と言ったにも関わらず、なおも悪口を続ける彼女たちの言葉に、ひどく悲しい気持ちになった。
ひどい。ひどいよ。どうしてそんな事を言うの。メイヴちゃんは何も悪い事なんてしていないのに。
「でも、実際メイヴちゃんは可愛いし……」
「気取ってる所がイヤなんだって。ウチらみたいなブスの事、絶対見下してるよ」
えー、アンタだってカワイイじゃーん。何言ってんの、眼科行きなよー。
そんな低次元の馴れ合いのような会話をしながら、彼女たちはトイレから出て行った。私を置いて出て行った彼女たちの背中を見ながら、ぎゅう、と拳を握る。
――どうして分かってくれないのだろう。
実際にメイヴちゃんは可愛いのだ。可愛い女の子が自分を可愛いと思っている事のいったい何が悪いのだろう。むしろ、私はそれを長所だと思う。メイヴちゃんくらいに可愛い子が自分の可愛さを否定していたら、卑屈な感じがして逆にイヤな気分になりそうだ。可愛らしい子には、常に堂々としていてもらいたい。こんな風に陰口を言われても、自分の可愛さを見失ったりなんてしないでほしい。
悲しくて悔しくて、涙がこぼれそうだった。制服のスカートの裾を握って耐えようとした瞬間、閉まっていたトイレの個室のドアが開く。
ハッとして個室側へと目を向けると、そこにいたのは渦中の人物、メイヴちゃん本人であった。
「メ、メイヴちゃん……!」
「あなた、バカなんじゃない?」
メイヴちゃんは真っすぐ私の前まで歩いてきて、問い詰めるようにぐい、と顔を寄せる。
「泣きそうな顔するくらいなら適当に話を合わせておけば良かったじゃない! 女に悪口言われたくらいで私の美しさが損なわれるワケじゃなんだから、好きに言わせておけば良かったのよ!」
「で、でも……」
私がそう言うと、メイヴちゃんはハァー、と大きな溜め息を吐き、「女なんかどうでもいいのよ。私が求めているのは勇敢な男だけなんだから」とあっけらかんとした様子で言った。
「それでも、私はメイヴちゃんの悪口なんて絶対に言いたくない……」
私がそう言うと、メイヴちゃんは一瞬だけ驚いたように目を丸く見開いたあと、長いまつ毛に縁取られたその可愛らしい目をにんまりと細めた。
「――あなた、私の事が好きなのね?」
そう言ってメイヴちゃんは、その白絹のように綺麗な指で私の頬を撫でる。メイヴちゃんの爪は、マニキュアを塗っていないのに桜貝のようなピンク色をしていた。
「私は男にしか興味ないんだけど……。そうね、そんなに私が好きなら特別に私の恋人に加えてあげてもいいわよ!」
「……。私はメイヴちゃんの正妻になりたい……」
「ふふ、欲望に忠実なのは良い事ね! 確かに私は独り占めしたくなるくらい魅力的だわ。でもね、私は誰のモノにもなるつもりはないの」
ふに、とメイヴちゃんの細い指が私の唇に触れる。そうして彼女は私を上目遣いで見つめ、血色の良い唇の端をニィ、と吊り上げた。
メイヴちゃんのその表情、仕草、吐息に至るまですべてが蠱惑的で、私の心臓はバクバクと早鐘を打つ。
緊張で固まる私を見て、メイヴちゃんは「ふふ」と笑った。
「まぁでも、私に並ぶくらいのイイ女になったら考える事くらいはしてあげてもいいわ」
そう言ってメイヴちゃんは、ほんの一瞬、触れるだけのキスを私にした。
「――……ッ!!」
固まる私をよそに、メイヴちゃんはまた「ふふ」と笑ってトイレから出ていった。
メイヴちゃんは出ていく姿も、まるで春に吹く風のように、穏やかでうっとりとしてしまうようなものだった。
トイレの外から、休み時間の終了を告げるチャイムの音が聞こえてくる。それでも私は、メイヴちゃんの唇が触れた嬉しさで胸がいっぱいで、その場から一歩も動く事ができなかった。