「なぁマスター。アンタは俺が嫉妬深い事、知っていたかい?」

 レイシフト中にはぐれた他メンバーを探すために歩いていた時、アサシンがそうぽつりと呟いた。彼の言葉の真意が掴めず、「どうしたの?」と聞き返す。するとアサシンは小さく首を傾げた。その拍子に、彼の長い髪がさらりと風に揺れる。

「いやなに、マスターが一体どれだけ俺の事を理解しているのかと思っただけさ。と言っても俺自身、自己が曖昧で自分の事など何ひとつ分からないんだがね」

「……アサシンはアサシンだよ。そんな悲しい事言わないで」

 私がそう言うと、アサシンは小さく笑って「マスターは優しいねぇ」と言った。そして、彼はするりと私の手を取った。私の手の甲を親指で撫でられ、思わずかぁ、と顔に熱が集まる。
 レイシフト中はイチャついたりしないって約束したのに、と抗議の声を上げようとした時、アサシンの瞳が冷たい色を宿し、少しも笑っていない事に気が付いた。新宿で出会った「彼」の事を思い出し、背筋にぞわりと悪寒が走る。

「ア、アサシン? どうしたの?」

「マスターは、この戦いをつらいと思った事はあるか?」

「──え?」

「戦いに犠牲ってヤツは付き物だ。なのにアンタはそれを悲しむ。俺たちサーヴァントの意見も尊重して、アンタは俺の前の主のような愚かな失敗は犯さないだろう? 優しすぎるアンタには、つらいんじゃないかと思ってね」

 アサシンにそう言われ、思わずドキリとする。確かに、この戦いをつらくないと言えば嘘になる。けれども、私は戦わなくてはならないのだ。マシュのためにも、カルデアの職員さんたちのためにも、──人類のためにも。私がやらなければならないのだ。今さら投げ出す事なんてできない。
 そんな意味も込めて、頭を左右に振る。つらくないと言えば嘘になってしまうから、声には出さずに否定の意思だけを伝える。するとアサシンは、ふ、と小さく笑った。

「嘘は良くないぜ、マスター? アンタが無理して頑張っている事も、本当は苦しんでいる事も、俺はちゃあんと知ってるよ。マスターは十分頑張った。いや、むしろ頑張りすぎているくらいだ」

 例え記録に残らなかったとしても、俺だけはアンタの頑張りを知ってるから。そう言われ、思わず涙がこぼれる。どうして涙がこぼれたのか分からなかったけれど、一度決壊してしまった涙腺は止まらない。

「ご、ごめん。どうしちゃったんだろ私──……」

 誤魔化すように笑ってそう言った私を、アサシンは黙って抱きしめる。触れる彼の体温が温かくて、また涙があふれた。

「マスター、つらいならもう止めたっていいんだぜ? 俺は人理焼却が阻止された後に召喚された身だ。世界に思い入れなんかないし、俺はただアンタの力になりたくて此処にいる」

「………………」

「もう、二人でどこか静かな場所に逃げてしまおう。人類の救済も、栄華も、全部どうだっていい。このまま進んだらアンタは死んでしまっかもしれない。そうなる前に、二人で逃げちまおうぜ」

「……アサシン、それは」

「分かってるよ。ただ、マスターが誰かのために傷を負うなんて俺には耐えられない。嫉妬深いって言っただろ? もう、アンタに傷付いてほしくない。アンタが世界を守ってきたように、今度は俺がアンタを守ってやるよ」

 アサシンのその言葉は、ひどく甘美な誘惑だった。この責務から逃げられるのなら、いっそ逃げてしまいたい。私だって人間なのだ、楽なほうへと流れたいと思うのは当然の事。彼の手を取って、戦いとは無縁の生活に戻りたい。
 けれど、やはり私にはそれはできない。私はみんなのために戦わなくてはならないのだ。私がここで逃げたら、みんなの頑張りが、ドクターの努力が、すべて無駄になってしまう。

「……ごめんね、アサシン。私はまだやれる。その誘いは嬉しいけど、私はまだ頑張れるから」

 そう言って、アサシンの胸を押して彼からの抱擁を解く。一瞬だけアサシンは悲しそうな表情を浮かべたけれど、すぐにいつもの笑顔に戻って「マスターらしいな」と笑った。

「この先、マスターには沢山の苦痛が待ち構えているだろう。それでも、アンタは進むんだな」

「うん。……進まなきゃいけないから。アサシンはそんな私に無理して付き合わなくてもいいよ。嫌なら、悲しいけど契約を切ってくれたっていい」

「まさか、そんな事はしないさ。俺はいつまでも、マスターのそばにおりますよ」

 そう言って微笑んだアサシンに抱いた違和感を、私は見過ごしてしまった。

 彼の放った言葉の意味を、彼が前の主に抱いていた後悔を、この時の私は忘れていた。
 そして彼に捧げた聖杯の事も、この時の私は問題視していなかった。



──今度の主は、俺が絶対守るから──
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