「子犬! ちょっとイイかしら?」
「うん?」
バリン、と噛んだせんべいが音を立てる。滅多にない休みをだらだらと過ごしていた私の部屋に、ノックもせずに入ってきたエリザベートは開口一番にそう言った。シュン、と自動で閉まったドアに鍵をかけ、ちょっと協力してもらうわよ、と言いながら彼女はずんずんと私に近付いてくる。
鼻と鼻がくっつきそうなほどに顔を近付けてきたエリザベートに、ひえ、と情けない声が漏れた。
「エ、エリちゃん何してるの……!?」
「だ、だからちょっと協力してもらうわよって言ったじゃない!」
「何の!?」
「だ、だから、その…………」
「………………?」
「セッ…………」
「セ?」
「セッ…………クス、を、してもらうのよ! その相手にアンタを選んであげた事、感謝しなさい!? 分かったら大人しくしなさいよ……ッ!」
ぎぎぎ、と私の肩を掴んでエリザベートはその場に押し倒そうとしてくる。が、それに負けないように自分の身体に力を入れる。顔をこれ以上ないくらいに赤く染め、なんで抵抗するのよ、と声を荒げるエリザベートとしばらくの間、拮抗状態が続く。彼女は何をしようとしているんだ。突拍子もない事を言い出すサーヴァントだとは思っていたけれど、ここまで重症だとは思わなかった。
「エリちゃんなんでこんな事しようとするの!?」
「こうすれば声に艶が出るって書いてあったのよ!」
「何に!?」
「く、黒ひげが貸してくれた本によ! な、何か絵ばっかりでキラキラしてるやつ……」
――あのエロおやじ! 私のエリちゃんに何てものを見せているんだ!!
見なくても分かる。エリザベートが見せられたというのは十中八九、成人向けのイケナイ漫画だろう。あれを参考にしたところで、彼女の期待するような効果が得られるとは思えない。あれはそういう展開に持って行くためだけに、都合の良いトンデモ理論が展開されているだけだ。
「エリちゃん、あんなの信じちゃだめだよ」
「でっ、でも! 少しでも可能性があるならアタシはそれに賭けたいのよ!」
「そもそも私も女だからエリちゃんとできませんけど!?」
「ッ!? じゃ、じゃあ生やしなさいよ!」
「無理言わないで! ひぇ……ッ!」
エリザベートとの力比べに負けた私の身体は、ぼふん、と音を立ててベッドに沈んだ。
「ア、アタシにここまでさせておいて帰れだなんて、そんな……は、恥かかせる気!? アタシのマネージャーなんだからアタシの心のケアは怠らないでよ!」
「ええ……そんな事言われても……」
「何よ子犬のクセに! バカーーッ!!」
わああ、と声を上げながら、エリザベートはその大きな瞳から涙をこぼす。私の上にまたがったまま、彼女は嗚咽を漏らして泣いている。
「エ、エリちゃん……」
「どうせアタシに魅力がないって言いたいんでしょ!?」
「そ、そんな事言ってないってば!」
「じゃあ何よ!」
そう言ってこちらを睨んだエリザベートの腰を掴み、思い切り横に倒す。きゃっ、と小さく悲鳴を上げて倒れたエリザベートに覆い被されば、今までと形勢は逆転する。目を見開いて固まるエリザベートの頬をするりと撫で、柔らかい耳に触れると、エリザベートはびくりと身体を震わせた。
「エリちゃん、本当にこういう事できるの?」
「ア、アタシを誰だと思っているのよ……エリザベート・バートリーよ!? で、できるに決まってるでしょ!」
「本当に?」
ふう、と彼女の耳に息を吹きかける。すると彼女は一度大きく身体を揺らし、顔を真っ赤に染め上げてふるふると震えていた。
つつつ、と指を耳、首筋、胸元……と滑らせていけば、エリザベートはこれ以上ないくらいに顔を赤くして、その指の動きにじっと耐えていた。
彼女がキャパオーバー寸前なのは一目で分かった。
「エリちゃんにはまだ早いよ」
「〜〜〜〜ッ!!」
「いたたたた爪立てないで! それにほら、アイドルは恋愛ご法度でしょ?」
「…………あっ」
「ね、これ以外の方法で頑張ろう」
「そ……そうね、そうよね! アタシならこんな事しなくってもトップスターになれるわよね!」
「うん! 頑張ってエリちゃん!」
「ええ、もちろんよ子犬! じゃあ早速ボイトレに付き合ってもらうわよ!」
「あっ、それは勘弁してください」
数少ない休日を彼女の破壊的な、否、芸術的な歌声鑑賞に費やしたくはなかった。何でよこの裏切り者、と叫ぶエリザベートを部屋から追い出し、食べかけのせんべいを一口かじる。バリン、と良い音が鳴った。
私の休日はまだ始まったばかりなのだ。