※真名バレあり
※序/2017年12月26日ネタ




 十二月二十六日、その前夜。人理焼却の危機は過ぎ去ったとして、役目を終えたサーヴァント達はひとり、またひとりと契約を解除して去っていった。

「――最後は燕青だね」

 最後に残った燕青は、神妙な表情を浮かべて黙り込んでいる。一文字に結ばれた薄い唇に、わずかに潜められた形の良い眉。少しだけうつむいているおかげで、彼の長いまつげが血色の良い頬に影を落としていた。

「燕青」

 私が彼の名を呼ぶと、燕青は「なぁマスター」とぽつりと呟いた。

「……俺のドッペルゲンガーの能力を使えば、奴らの目を誤魔化せるんじゃないか? ほら、霊基までイジれるし、俺は記憶にねぇけど、新宿でも俺の変装にアンタらは気付けなかったんだろ? 誰にもバレやしねぇよ」

 燕青。私がもう一度そう燕青の名を呼ぶと、彼ははぁー、と大きく溜め息を吐き、ガシガシと自身の頭を掻いた。そして、すまん、と小さく呟く。

「分かってるよ。ルール違反だって言いてぇんだろ?」

「……私にはどうしようもない事だから」

「別にマスターを責めたいわけじゃねぇよ。ただな、俺の生前……っつーと語弊があんのかな? 俺ァ架空の存在だから。なんて言うんだろ、俺がサーヴァントになる前の出来事? それを、言わなくってもどうせアンタは知ってんだろ?」

「……うん。燕青の事知りたかったから、ちゃんと調べた」

「はは、ありがとな。――俺は『生前の俺』が前の主の最期を見届けられなかった事、すごく後悔しているんだ。殺してでも止めるべきだったって、そう後悔して、幾度も眠れぬ夜を過ごしてきた」

「………………」

「俺はまた主を最後まで見守れないんだって思ったら、なんかもう遣る瀬無くて、どうしようもなくて……もう、笑うしかねぇよな」

 そう言って自嘲気味に燕青は笑う。その表情がひどく切なくて、悲しくて、私の胸も締め付けられるように痛んだ。じわりと熱くなった目頭を悟られないように、燕青の胸に自身の顔をうずめる。私に触れる燕青の肌は温かく、彼が「生きている」事が実感できて、また少しだけ切なくなった。

「――私は死んだりしないよ。大丈夫」

「……誰もンな物騒な事言ってねぇよ」

「だから『また主を止められなかった』とか、気に病んだりしないで」

「………………」

「私はね、燕青と出逢えて良かったって思ってる。きっと燕青以上に優しくて格好良い人はいないと思う。最高の仲間だったよ」

「……マスター」

 私がそう言うと、燕青はぎゅう、と私の背に回した腕に力を込めた。燕青の力に負けじと、私も彼を抱く腕に力を込める。ぎゅうぎゅうと、お互いに強い力で抱き締め合う。それは苦しいくらいだったけれど、これはお互いがお互いを思い合う力の強さなのだと思ったら、少しも苦しくないと思えるような気がした。
 そして間もなく燕青は震える唇を開き、絞り出すような声を出す。

「……俺も、アンタに出逢えて良かった。主なんてもう持たないと、そう思っていた俺を、アンタは変えてくれたんだ。俺を信頼してくれてありがとう。俺を仲間だと呼んでくれて、本当にありがとう。マスター」

 ――燕青の発したその言葉は、まさしく別れの言葉に他ならなくて。
 ああ、燕青とはもうこれでお別れなんだ。こうして彼と抱き合えるのもこれが最後なんだ。そう思ったら、熱くなっていた目頭からぽろりと一粒の涙がこぼれ落ちる。とめどなく溢れる涙を皮切りに、離れたくない、という感情も溢れだす。ああ、いやだ。離れたくない。燕青とお別れなんてしたくない。

「燕青、やっぱり私――……」

 そう言いながら顔を上げた私の唇に、ふに、と燕青の人差し指が当てられる。そして、困ったように眉を下げた燕青は「しぃー」と言って、私を黙らせた。

「それ以上は言うな。俺もアンタも、つらくなるだけだ」

「………………」

「愛しているよ、マスター」

「……私も。私も燕青の事、愛してるよ」

 ありがとな。そう微笑んだ燕青は私に口付けを落とし、泡のような光になって消えていった。燕青の立っていた場所には何もなくなってしまったけれど、私の身体に残る温かさだけは、いつまでもそこに残っているような気がした。

 いつかは訪れる別れ。きっとこんな日がやってくるだろうとは思っていたけれど、それでも、彼と一緒にいる時間は永遠に続くんじゃないかと、私は心の何処かで期待していた。魔法のような、そんな奇跡が起こるんじゃないかと、バカみたいに期待していた。

「……燕青。いつかまた、きっと逢おうね」

 その時にたとえ燕青が私を憶えていなくても。それでも、きっと私はまた燕青と信頼を積み重ねられると信じている。その日まではどうか、お元気で。


 思慕-サウダージ-
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