※モブ(チンピラ)が死にます






「さぁほらマスター! 早くしないと置いていきますぞぉ!」

 数メートル離れた先、私のほうを振り返った黒髭はそう叫んだ。アゴを上げ、独特の角度でこちらを振り向く黒髭のポージングはどこかのアニメでよく見るようなものだったけれど、あれは美少女がやるから格好良く見えるのであって、身長二メートル超えの黒髭にされても全然嬉しくない。可愛くない。むしろ、首の筋肉攣らないかな、と不安になる。

「待って黒髭! どこ行くつもりなの!?」

「どこって……アニメショップに決まっているじゃないですかー」

「あっ、おまえ新宿駅のクエストに行きたがった理由はそれか!?」

「いやーんマスター口わるぅい! 拙者のチキンハートがブレイクしちゃう!」

「そんな顔されても可愛くないから!」

 口元に両手を当て、ぶりっ子ポーズをしながら黒髭はそう言った。だから、そういうのは美少女がやるから良いのであって黒髭にされても嬉しくない。
 私に可愛くない、と言われた黒髭は、「マスターひどいでござる」とシュンとした顔をした。しかし、そのぶりっ子ポーズを止めないあたり、黒髭に反省している様子は見られない。こいつ、実は自分の事を可愛いとか思ってないか? それは勘違いだと早めに気付いてほしい。

「ていうかこの特異点にアニメショップがあるか謎だし……あっても営業してるか分かんないよ!?」

「諦めたらそこで試合終了ですぞマスター!!」

「あっ、だから一人で先に行かないでってば!」

 薄い本が待っているのにゆっくりなんてしていられないでござる。そう言って黒髭はズンズンと新宿の街を進んでいく。少しずつ遠ざかっていく黒髭の背を、私は必死で追いかける。速い。こういう時の行動ばかり早いのが地味にむかつく。

 こうやって私を置いてスタコラ行ってしまう所だとか、私に「薄い本買って」と言ってくる所とか、黒髭が本当に私をマスターだと思っているのか甚だ疑問に思う。くっそ、舐めやがって。そう思いながら、黒髭の背を見失わないように必死で走る。

 そうして走っていると、ふいに「そこのネーチャン」と誰かに声を掛けられる。振り返ってみると、そこには赤いタンクトップに黒いジャージ、金髪のソフトモヒカンという、見るからに「チンピラ」といった姿の男が二人。ズボンを腰履きしているせいなのかは分からないけれど、独特の足を引きずるような歩き方で近寄ってくる彼らに、少しだけ嫌悪感を覚えた。

「そんな走って何してんのー?」

「そーそー、俺らと遊ばねぇ?」

 最悪だ、立ち止まるんじゃなかった。そう後悔しても遅く、彼らは一歩、また一歩と私に近付いてくる。

「ごめんなさい。連れがいますので」

 そういって踵を返そうとした私の腕を、チンピラの一人が掴む。

「ンなつれない事言うなよ! そいつ置いて遊ぼうぜって」

「ネーチャンの胸元のベルトめちゃくちゃエッチだねー。おっぱい強調してんの?」

「ッ! 離して!!」

 私の腕を掴むチンピラの手を振り払おうとしたが、ぐ、と力を込められてしまい、腕を動かす事が叶わなくなってしまった。あんまり暴れるとパンツ見えちゃうよ、と下卑た笑みを浮かべるチンピラにひどい嫌悪感を覚える。――気持ち悪い。この人たちは女を玩具か何かとしか思っていないに違いない。

 離して。もう一度そう言うために口を開いた瞬間、ガァン、という銃声が響くとともに、私の腕を掴んでいたチンピラが地面に倒れた。倒れたチンピラはビクン、と身体を痙攣させる。金髪のソフトモヒカンは赤く染まってしまっていて、一目で息の根が止まってしまったのだと理解した。
 突然目の前で起こった「人の死」に、私の喉はヒュッ、と鳴る。

「なに人のマスターに手ェ出してんだよ」

 銃口から煙の出ている銃を構えながら、黒髭がこちらに向かって歩いてくる。私の腕を掴んでいたチンピラを撃ったのは黒髭だ、と言われなくても理解した。
 ガシガシと手で頭を掻きながら歩いてくる黒髭を見て、もう一人のチンピラは「ヒィッ」と悲鳴を上げて走り去ろうとする。その頭を、黒髭はまた何のためらいもなく打ち抜いた。

「マスターに絡んでおいて生きて帰れると思うなんて甘いでござるなー。ねぇ、マスター?」

 フッ、と銃口から出る煙を吹き消し、黒髭は銃を仕舞う。
 突然目の前で失われた人の命。コンクリートの地面に広がっていく、赤黒い血。動かなくなったチンピラの身体から目を離せないでいる私の背を、黒髭はバン、と叩いた。

「マスター大丈夫でつか? 悪い輩は拙者が退治しましたぞぉ! 褒めてくだちい!」

 黒髭はいつものように、満面の笑みを浮かべてそう言った。いつもと変わらない顔で、いつもと変わらないふざけた口調で、いつもと変わらない様子で、彼は人の命を平然と奪った。
 その時に私は、彼が「酒と女と暴力に溺れた大海賊」であった事を思い出す。

「? ――あっ、もしかしてマスターまだ怒りが収まってない!? そうですなぁ、マスターに触った汚い手は切り落とすくらいの落とし前は付けなきゃですな!」

「……ッ! い、いい! 大丈夫! そんな事しなくていい……!」

「えー、ほんとにござるかー?」

 それは小次郎の台詞だ。そうツッコむような余裕は私にはなかった。震える手で黒髭の腕を掴み、彼がチンピラの死体を冒涜しないように制する。

「ア、 アニメショップ行くんでしょ……?」

「…………。そうだった! 拙者を何百何千の薄い本が待っている……! 考えるだけでヨダレが止まりませんなぁデュフフフwww」

 お宝求めてレッツゴー! そう言って歩き始めた黒髭の後を追う。マスター早くぅ、そう言った黒髭は、もう自分の撃ったチンピラの事などまるで覚えていないかのようだった。

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