――私はナイチンゲールが好きだ。
ナイチンゲールは強くて責任感があって美人で、バーサーカーであるが故にあまり話を聞いてくれない時もあるが、根はとても優しい女性だった。そして何より、ナイチンゲールはおっぱいが大きい。
前述したようにナイチンゲールはバーサーカーであるため、初めて彼女に出会った時は「クリミアの天使」と呼ばれていた彼女の名とのイメージとは大きく違っていた。けれど、私は彼女のそのギャップに惚れてしまったと言っても過言ではない。とにかく、私はナイチンゲールの事が好きなのだ。
同性に対してこんな感情を抱いてしまった事が苦しい。私のこれは「憧れ」とか「友情」とか、そんな優しいものじゃない。一言で表すのなら「劣情」。天使と呼ばれた彼女を抱き締めたいし、キスだってしたい。もし可能ならば、その先だって。
廊下ですれ違えば私はナイチンゲールを目で追ってしまう。目が合えば心臓がドキドキと脈打つ。声を掛けられたら、天にも昇るような気持ちになってしまう。当然、どれも劣情からくる興奮状態に陥っているだけだと分かっている。
自分がひどく醜いもののように感じる。周りの人たちは当然のように異性を好きになって、異性と付き合って、幸せを実感している。どうして私はナイチンゲールを好きになってしまったのか。せめて私が男であったなら、そう何度思った事だろう。
「ひとまずはこれで大丈夫でしょう。ゆっくり休んでください」
「うん……ありがとうナイチンゲール」
「礼には及びません。すべての病人を癒す事が私の使命ですから」
私の額に冷水で絞ったタオルを乗せたナイチンゲールは、優しくにっこりと微笑む。天使のようなその表情に、思わず胸が苦しくなった。――この胸の苦しみが病気のせいであったらどんなに良かっただろう。
私のこの胸の痛みは病気のせいなんかじゃない。いや、同性にこういった感情を抱く事こそが病気なのだとしたら、間違いなく私は「病気」なのだろう。しかし、この「病気」には特効薬がなければ、効果的な治療法もない。治す事のできないこの感情に、胸の痛みは増していくばかりだった。
「……ナイチンゲール」
「どうしましたか?」
「…………ナイチンゲールがちゅーしてくれたら風邪治る気がする……」
「そんなはずないでしょう」
即答。間髪入れずに、照れる事もボケる事もツッコむ事もなく、普通に、至極当然のように、「そんなはずない」と正論を返されてしまった。
もしも彼女が「何を言っているんですか」とでも言ってくれたのなら、私はすぐさま「冗談だよ」と言う事ができたのに。私の心も、私の発言も、全部ウソとしてなかった事にできたかもしれないのに。
こうも真っ向から否定されると私の気持ちの持って行き場がない。冗談にも告白にもなれなかったこの中途半端な言葉はどうしたらいいのだろう。
「……ごめんなさい」
穴があったら入りたい気分だ。何となくナイチンゲールの顔を見ていられなくて、布団にもぐりながら彼女に謝罪の言葉をかける。
私のあの発言はもしかしたらナイチンゲールに取ってセクハラだったかな。ナイチンゲールに嫌われちゃったらどうしよう。
ああでも、もし嫌われちゃったとしても、彼女は私が病気でいる限りは優しくしてくれるのかもしれない。それならいっそ風邪なんて治らなければいいのに。私がずっと風邪をひいたままなら、実質彼女は私専用の看護師になるのに。あ、もしかしてこれもセクハラか?
そんな事を布団の中でぐるぐると考えていると、布団の上からぽん、と私の身体にナイチンゲールの手が置かれた。
「私が病気になるわけにはいきませんから。キスはあなたの風邪が治ってからです」
「ッ!?」
予想していなかったナイチンゲールの発言に驚いて勢いよく布団から飛び出せば、ナイチンゲールは私を見てにっこりと微笑んでいた。
「早く治してくださいね」
もしかして、いや、もしかしなくても、これは私の風邪が治ったらナイチンゲールは私にキスをしてくれるのだと思っていて良いのだろうか!?
さっきまで病気が治らなければいい、なんて思っていたけど撤回します。言葉ひとつですぐに元気を取り戻すなんて自分の単純さにはほとほと呆れるが、彼女の笑顔はどんな薬よりも効く。
今すぐ治すからちょっと待ってねナイチンゲール!
恋の特効薬(ちゅーしてナイチンゲール!)