かわいい大好きの続き



「……なぁマスター、これは何のつもりだ?」

 カルデア内が静まり始めた夜更け。私の部屋にやって来たアサシンは、端正な顔を引きつらせながらそう言った。

「な、何ってリヨアサくんですけど……」

「そういう事を聞いてるんじゃねぇよ。問題はリヨのポージングなんだがな」

 アサシンの言ったリヨアサくんのポージング。リヨアサくんは、私のベッドの上で足を肩幅に広げ(肩幅と言えるほど彼に肩はないけれど。ゆるっとした撫で肩が最高にキュート)、両腕を真横に大きく広げている。それはいわゆる仁王立ちで、彼の後ろに位置する私を守るようなポーズだった。

「まるで俺が悪漢みたいじゃないか。……おっと、このセリフ昼にも言ったな?」

「そうだね。夜這いをかけようとするサーヴァントはまさしく悪漢だね」

「………………」

「私を守ろうとしてくれるリヨアサくん最高に可愛い」

 アサシンは、分かったからもう黙れ、とでも言いたそうな表情を浮かべ、それから下を向いて眉間を指で押さえながら、はぁー、とわざとらしい溜め息をひとつ吐いた。

「ほんっとーにこのバカマスターは……」

 俺がどんな気持ちで来たと思ってるんだよ、とアサシンは心底疲れたような声音で呟く。そして数秒動きを止めたあと、突然、彼は勢いよく顔を上げた。

 アサシンのその突然の行動に驚いたのは私だけでなく、ベッドの上で仁王立ちしていたリヨアサくんも、びくりとその小さな身体を跳ねさせていた。

「ていうか! アンタ『二人きりになったらちゅーしてくれる』っつっただろ!? 何でリヨが部屋にいるんだよ! いつになったら二人きりになれるんだよ!?」

 このバカマスター! アサシンはダメ押しのように叫ぶ。アサシンの気迫に押されたのか、リヨアサくんは困った顔をしながら私の顔をちらりと見た。ああ、困っているリヨアサくん可愛い。じゃなくて、えっと。私はアサシンに謝ったほうがいいのだろうか。いや、たぶん謝るべきなのだろう。謝ってほしそうな顔をしている。
 きっと、いま謝らないとアサシンは本気で怒り出すのだろう。それはすごく、困る。アサシンに嫌われたら生きていけない。ていうか、今回の件で全面的に悪いのは私なのだろう。アサシンには申し訳ない事をした。

「ご、ごめんなさい……」

「……本当に悪いと思ってんのかよ?」

「思ってます。ごめんなさい」

 もう一度謝罪の言葉を吐けば、アサシンは、はぁー、とまた大きな溜め息を吐き、私の顔をじっと見る。彼の眉間にはまだシワが寄せられていて、私の謝罪の言葉を信じ切っていない事がうかがえた。
 しかし、ここで目を逸らしてはいけない。そう思い、気圧されながらもじっとアサシンの目を見つめ続ける。そうしていると、彼は「……分かったよ」と小さく呟いた。

「……じゃあもう一回確認な。悪いのは?」

「約束を守らなかった私です」

「ならアンタはこの後どうする?」

「ア、アサシンとちゅーするべき……?」

「いや、ちょっと違うな。『すべき』じゃなくて?」

「…………?」

「………………」

「えっと…………」

「…………………………」

「……あっ、『ちゅーがしたい』!?」

「よしきた!」

 パチン、と指を鳴らし、アサシンはいつもと同じ明るい調子で言った。ハメられた、そんな気分に陥った。「すべき」という義務系が不正解ならば、「したい」という希望系が正解なのかと思ってうっかり言ってしまったじゃないか。いや、ちゅーがしたいのは本心なのだけれど。
 そうしてアサシンは素早く私のベッドに近付き、仁王立ちしていたリヨアサくんの頭をがし、と掴む。頭を掴まれた瞬間、リヨアサくんは「ぴゃっ」という効果音が付きそうなくらいに身体を跳ねさせていた。

 頭を掴むアサシンの腕を退かそうとしているのだろうか、リヨアサくんは腕をバタバタと動かしている。しかし、短い彼の腕ではアサシンの腕を掴めない。リヨアサくんは忙しなく手足を動かし、全身で「離せ」とアピールする事しかできていなかった。

「……ッ!? …………ッ!?!?」

「じゃっ、そーいう事だから! リヨはここで退場してくれ! なっ!」

 そう言ってアサシンはポイ、と、まるでボールか何かのようにリヨアサくんを空中に放り投げる。うわ、危ない! そう思ったけれど、リヨアサくんは空中でくる、と一回転し、床に音もなく着地した。
 その様は、まるで猫のようだった。もしくはフォウくん。ゆるっとした見た目になっても、さすがはアサシン、とでも言うべきなのだろうか。リヨアサくんのそれは、動物のような軽やかな身のこなしだった。

「ちょっとアサシン、リヨアサくんが怪我したらどうするの!?」

「ん? こんなんで怪我するほどヤワじゃねぇよ。実際、大丈夫だったしな」

 呵々、とアサシンは笑った。それにムッとしたのか、リヨアサくんは頬を膨らませ、怒ったような表情を浮かべた。あ、リヨアサくんの怒った顔は初めて見た。可愛い。

「何だなんだ? 呵々、叩かれたって痛くも痒くもねぇなァ」

「……ッ! ッ!!」

 アサシンの足元まで走ってきたリヨアサくんは、アサシンの脛のあたりをぼす、と叩き始める。彼は自分よりもはるかに大きいアサシン相手に全力で戦っている。しかし、悲しい事にアサシンにダメージは与えられていなかった。

「ほら、リヨはどっかに行きな。マスターは俺とちゅーしたいって言ってるんだから邪魔しないでやってくれ」

「……いや、あれ『言わされた』感が強いんだけど。完全に誘導尋問だったよね?」

「細かいコト気にすんなよぉ」

 本当はしたいんだろ? と言われ、返す言葉が見つからない。したくない、と言えば当然それは嘘になる。しかし、だからと言って「したい!」と素直に答えるのも何となく悔しい。
 薄々勘付かれてはいるのだろうが、私が「アサシンの事が大好きだ」と思っているという事への確証を与えたくない。もしアサシンが「私に好かれている」と自信を付けて俺様に迫ってきたら。そんな事になったら、どう考えても死ぬだろう、私の心臓が。そんなの絶対に格好良いに決まっている。何もしていなくても可愛くて、かつ格好良いのに、そのうえ自分を良く見せる事を覚えられたら、もう私は耐えられない。本当に、ダメな気がする。壁ドンとか、そういうの、本当にダメ。

「マスター、リヨを何処かにやってくれないかい? いや、アンタが見せつけたいって言うのなら俺はそれでも構わないがね」

 そう言ってアサシンは不敵に微笑んだ。それは、私が彼の言葉に従うと分かっているからこそ浮かんだ笑みなのだろう。こういう所だよ。顔があり得ないくらい良いからって調子に乗らないでほしい。いや、良いのは顔だけではないのだけれど。
 はぁ、と溜め息を吐いて、リヨアサくんに声を掛ければ、彼は困ったような顔をして私の顔を覗き込んだ。

「今日はもう大丈夫だから、自分のお部屋に帰ってもいいよ」

 今度また一緒に寝てね、そう言ってリヨアサくんに手を振る。リヨアサくんはアサシンと私の顔を交互に見て、やはり心配そうに首をかしげた。帰ってもいいと言われたものの、私が「アサシンが怖いから一緒に寝て」と頼み込んだものだから、アサシンと私を残して自分だけ帰る事に不安があるようだ。

 リヨアサくんがなかなか動かない事に痺れを切らしたアサシンが、しっしっ、と犬猫を追い払うような仕草をする。それを見たリヨアサくんは微妙な表情を浮かべながら、走って私の部屋から出て行った。

「さーて、やっと邪魔者はいなくなったねぇ、マスター?」

「……リヨアサくん可哀想」

「ハァ? ずっと放っておかれた俺のほうが可哀想だろ」

「……ごめんね」

「いいよぉ」

 今の会話、何となくバカなカップルっぽい。私がそんな事を考えている隙に、アサシンは私のベッドの端に膝を乗せる。その瞬間、ベッドのスプリングがギシ、と音を立てた。

 ベッドの上に座る私の顔を、アサシンは四つん這いのようなポーズを取りながら覗き込んだ。じっと私を見つめるアサシンの翡翠色の綺麗な目の中には、私の顔が映っている。アサシンの瞳があまりにも綺麗で、吸い込まれてしまいそうだ、と思った。彼を見つめて、彼に見つめられるだけで、頭がくらくらとして何も考えられなくなる。顔に、熱が集まっていく。
 アサシンは私の部屋に来る前にシャワーを浴びていたのか、シャンプーの良い匂いがした。いつもと違う匂いに心臓の鼓動も速くなる。

 アサシンが片手を私の頬に添えた瞬間、彼の指先が耳に触れ、思わず身体が跳ねた。びくりと身体を跳ねさせた私を見てアサシンは小さく笑う。そう緊張するなよ、そう言ったアサシンの息遣いが肌に触れるくらいに、彼の顔が近付いてくる。
 アサシンの端正な顔が近付いて、もうすぐ唇が触れてしまいそう。近付くたび、彼の匂いが、鼓動が、息遣いが、聞こえて、心臓が痛くなるくらいに早鐘を打ち始める。じわ、と目頭が熱くなるほどだった。

「…………なにすんだよ」

「い、いや……本当ごめん…………何か、は、恥ずかしくなってきちゃって……」

 思わず手でアサシンの口を押さえると、彼はすぐさま不満そうな声を上げた。その声は私の手で口を押さえられているためにくぐもって聞こえた。手のひらに感じた彼の吐息や動く唇の感触がこそばゆい。

 きっと今の私は酷い顔をしているのだろう。全身から汗が吹き出しそうなほどに熱い。絶対に、私の顔はこれ以上ないくらいに赤くなっている。何か涙も出てきた。恥ずかしい。ダメだ、アサシンの顔が良すぎるからまじまじと見つめては死んでしまう。

「ほんっとーにしょうがねぇマスターだなぁ」

 予想外の羞恥心で動けない私を見たアサシンは笑って、慈しむように目を細めながら口を開いた。

「目ぇ開けてるから恥ずかしいんだろ? 閉じてろ閉じてろ。俺に任せろって」

「う、うう…………」

「そら、目ぇ閉じねぇともっと恥ずかしい事するぞ」

「そ、それはやめて……」

 アサシンは私の両手首を掴みながら言う。手首を掴まれてしまったせいで、私はもう次にアサシンを拒む事はできない。ほら、早くしろ。そう言いたそうなアサシンの視線を受けてしぶしぶ目を閉じれば、よくできました、という彼の声が聞こえてきた。

 ――恥ずかしい。なんでこんな思いをしなければならないのだろう。こんなはずではなかったのに。昼間はアサシンが照れていて、私のほうが優勢だったのに。いつの間に形勢逆転してしまったのだろう。そう思った瞬間、私の部屋の扉が開く音が聞こえ、身体が大きく跳ねた。

「ッ!?」

 誰だ、とか、アサシンとキスしようとしていた所を見られてしまった、とか、色々な感情が混ざって混乱しそうだった。驚いたまま、反射的に扉のほうへと顔を向けるも、視線の先には誰もいなかった。――否、私が視線を寄越した先が高すぎた。もっと下の、床の近くまで視線を落とす。そこに、彼らはいた。

「リ、リヨアサくん……と、みんな!」

 リヨアサくんを筆頭に、小さなサーヴァントが数名。リヨアサくんとアイコンタクトを取った水着のリヨマルタはこちらへ小走りで近付き、ぴょん、と跳ねてベッドの上へと乗る。そして、目にも止まらぬ速さでアサシン目掛けてアッパーを仕掛けてきた。

「ぬぉわぁああッ!? あぶねぇッ!!」

 寸での所で避けたアサシンはそう叫ぶ。リヨマルタは確実に、アサシンの顎を砕こうとしていた。腰の入り方が素人ではない。まともに喰らったらただでは済まないだろう、という事が私でも分かる。ゾッ、と背筋に悪寒が走り、火照っていた顔から血の気が引いた。
 避けた反動でベッドから落ちたアサシンにとどめを刺そうとするリヨマルタを慌てて抱き上げても、彼女は私の腕の中でシャドーボクシングのように拳を振るい続けた。彼女が拳を振るう振動で思わず手を離しそうになるが、ここで離したらアサシンに危害が及ぶ。そう思い、必死に彼女を抱く手に力を込めた。

「リ、リヨアサくんなに!? どういう事!?」

 ぴょん、と私のベッドの上に飛び乗ったリヨアサくんにそう尋ねれば、彼は私の顔を見て、こくん、と頷き、体勢を立て直したアサシンから私を守るように両手を上げて仁王立ちをした。

 その姿を見て、彼は私をアサシンから守るため、加勢を呼ぶために部屋から出て行ったのだ、と悟った。彼は自分ひとりではアサシンに太刀打ちできないから、アサシンを倒すための協力者を探しに行ったのだ! なんて健気なんだリヨアサくん! 可愛い。可愛いよリヨアサくん!
 でもリヨマルタはさすがにアサシンが可哀想だ。あとリヨベディもいる。確実に息の根を止めるパーティを組んできたのは頭が良いと思う。主を守る従者の鑑と言えるだろう。だが、それではあまりにもアサシンが可哀想だ。本当に、可哀想になってきた。

「な、何なんだよさすがに泣くぞ……!?」

「ア、アサシン大丈夫……?」

 大丈夫じゃない。そう間髪入れずにアサシンは言った。こんなムードも何もない状況で続きなんてできるかよ、とアサシンは大きな溜め息を吐きながら言い、自分の頭をガシガシと掻いた。そして、もう一度大きく溜め息を吐く。

「……もういい帰る」

「ア、アサシン……」

「この埋め合わせは後できっちりしてもらわねぇと本当に泣くからな」

 そう言いながらふらふらと部屋から出て行くアサシンの背中を、リヨサーヴァントたちは誇らしそうに見送った。敵の撤退を確認、ミッションコンプリート。そう言いたそうな顔だった。

「リ、リヨアサくんありがとう……?」

 震える唇でそう言えば、彼は満足そうに微笑みながら頷いた。私の顔をじっと見つめるリヨマルタとリヨベディの頭を撫でれば、その二人も満足そうに目を細めた。
 ごめんねアサシン。今度は必ず君を甘やかすからね。そう思いながら、私はこの小さなサーヴァントたちの頭を撫で続けた。
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