まばゆい光に包まれ、目を開けていられない。
そしてその光が徐々に収まってくると、今度はきゃあきゃあと騒ぐ人の声が聞こえ始めた。目を開くと、見知った顔が私を嬉しそうに見つめていた。
「ナマエさん! ナマエさんもこちらに召喚されたんですね! 私の事覚えてますか!? 沖田です! スーパーキュートな沖田さんですよぉ!」
「お、沖田さん!? それに土方さんも……! こ、ここはどこなんですか……?」
「ふふん、驚くなかれ! ここはカルデ――」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。ここが新撰組だ!」
沖田さんの言葉を遮って土方さんが叫ぶ。間髪入れずに沖田さんは「土方さんは黙っていてください!」とツッコミを入れ、深い溜め息を吐きながら「土方さんが喋るとややこしくなるんですから……」と呟いた。
いや、結局ここはどこなんだ。全然伝わってこない。土方さんと沖田さん、そのお二人に会えた事は非常に嬉しいのだけれど、別に私はお二人の漫才を見たいわけじゃない。それよりも、なるべく早めに状況把握をさせてほしい。
「初めましてナマエさん。俺がこのカルデアのマスター、藤丸立香です」
土方さんと沖田さんの後ろから出てきた黒髪の少年は、私に右手を差し出しながらそう言った。カルデア。マスター。聞きなれない単語が飛び出す。とりあえず、立香と名乗った少年は私に握手を求めているのだろう。何も理解はできていないが、反射的に右手で彼の手を握り返せば、彼は嬉しそうにはにかんだ。
その様子を見ていた沖田さんも、ニコニコと笑顔を浮かべている。
「ナマエさんもマスターに呼ばれてここに召喚されたんですよね? また一緒に頑張りましょう!」
「…………えっ?」
*
彼らから説明を聞いて、私がここに喚ばれたのは何かの間違いだったんじゃないか、という気持ちが強くなっていった。ここには土方さんや沖田さんだけでなく、かの有名な織田信長や宮本武蔵、牛若丸、さらには源頼光や坂田金時までいると言う。
彼らには「英雄」と呼ばれるに相応しい功績と知名度がある。ここは私のような、何の功績もない一兵士が喚ばれて良い場所じゃない。きっと私がいた所で何の役にも立たないだろう。唯一使い道があるとすれば、敵陣に突っ込んで玉砕する事くらいだろうか。
「折角ここに喚ばれたんだ。剣の腕が鈍ってねぇか、俺が見てやろうじゃねぇか」
そう言って私の首根っこを掴んで引き摺り出した土方さんは、一変の躊躇なく私をボコボコにした。同じ「誠」を背負った者とは言え、鬼の副長とただの一兵士である私とでは力量に差がありすぎる。私の抵抗などあってないようなもので、それは稽古というよりは一方的な蹂躙と言っても過言ではなかった。
それが、一層私の自信を喪失させた。
聞いた所によると土方さんはバーサーカーとして召喚されていたらしい。狂化スキルによって手加減ができなくなっているんだと思います、とボロ雑巾のようになった私を介抱しながら沖田さんは言った。
土方さんに手加減されなかった事が問題なのではない。あのレベルの力を持った英雄たちがこのカルデアにはゴロゴロいる、という事実がただただ恐ろしかった。味方である彼らがあれだけ強いのだ。そのマスターである立香さんの闘ってきた相手、つまり私たちの敵も、同等の力を持っていたに違いない。
立香さんから案内された自室で、私は恐怖に震えていた。怖い。私にはきっと敵陣に突っ込んで玉砕するしか能がない、その考えは変わらないが、私の玉砕も敵の前には無に等しいものかもしれない。効果があれば良いのだが、もし完全な犬死に終わってしまったら。そう考えると震えが止まらないのだ。
新撰組として闘っていたあの頃、敵が「人間」であったあの頃が、どんなに良かったか。私がいかに狭い世界で過ごしていたかのか、井の中の蛙であったのかと、サーヴァントとして召喚されて初めて知った。
ぎゅ、と自分で自分を抱き締めるように両腕を掴む。そうした瞬間、自室の扉が音もなく開かれ、扉から顔を覗かせた土方さんが「入るぞ」と言って私の許可を得る前に部屋へと入ってきた。
「……何だ、さっきはその……悪かったな」
私のベッドの端に腰を下ろし、バツが悪そうに土方さんは呟いた。
「沖田の野郎に謝りに行けって散々言われてな。俺ァお前の顔にも傷付けちまったんだな……顔の作りは悪くなかったのに。済まなかったな」
「い、いえ……土方さんのせいではありません。弱い私が悪いんです……」
「……お前、まだンな事言ってんのか?」
ぴく、と土方さんのまぶたが動いた。それから土方さんの眉間にしわが寄り、その整った顔を恐ろしい顔へと変貌させた。
「弱いなら強くなれるよう鍛錬しろ。弱くとも自分の持てる力すべてを振り絞って敵を斬れ。骨を断たれても、せめて敵の肉を斬るくらいの反撃はしろ」
「………………」
「お前は女だ、家で男の帰りを待つ道もあった。だが、それでも新撰組に入隊する事を選んだのはテメェだろ。泣き言をほざくな」
静かに、それでいて力強く、土方さんはそう言った。土方さんの放った言葉に反論ができない。新撰組に入る事を選んだのは確かに私だ。薩長死すべし、そう言って「人」を斬るだけならまだマシだった。今度の生では、敵は人ではなく英雄、またはそれに匹敵する者たちだ。
じわりと目頭が熱くなり、視界が滲む。
「で、でも……私には荷が、重すぎます……」
「そうか。テメェは戦場から退きたいって言うんだな?」
「………………」
「局中法度を犯す奴は切腹だ。……そう言いてぇ所だが、そうだな、テメェの顔は失くすには惜しい。それに斬ったら沖田にまた何か言われるしな。闘わなねぇならせめて士気の向上に役立つくらいの事はしろ」
「…………え?」
ぐい、と土方さんの指が私の肩を掴み、そのまま乱暴にベッドの上に転がされる。先ほど土方さんにボコボコにされた時にできた傷のひとつに彼の太い指が食い込み、鋭い痛みが身体に走った。
「闘わねぇなら兵士の慰み者になるくれぇはできんだろ? 局員の女と違ってナマエは曲がりなりにもサーヴァントだ。ちっとくれぇ乱暴に扱っても壊れたりはしねぇだろ」
襟元を緩めながら土方さんはそう言った。はだけた襟元から覗いた土方さんの首筋から胸にかけての身体は、筋張っていてひどく雄々しい。それに加えて、この整った顔。
土方さんに抱かれてきた数々の女の人たちはこんな景色を見ていたのか、と場違いにもそんな事をぼんやりと思った。
*
土方さんは容赦なく、一変の躊躇もなく、私を身悶えするだけの肉人形にした。やめて、いやだ、ごめんなさい。そんな私の言葉など聞こえないように土方さんは私を責め立て、絶頂という名の地獄に叩き落とした。
もうあんな事言いません、私は闘えます。そう言っても、土方さんは「ただの『女』は黙ってろ」と聞く耳を持ってはくれなかった。
私をひどく乱暴に責め立て、好き勝手に慾を撒き散らした後の土方さんは少し冷静になったのか、フゥ、と息を吐いてベッドの上に腰掛けた。動けない身体で、必死に手繰り寄せたシーツに包まる私を彼は見下ろす。
「悪くはなかったな。次もまた頼むぞ」
「ぅ、あ……」
「お前が相手なら沖田の野郎も嬉々として抱くかもしれねぇな。いや、女同士じゃそんな事しねぇか」
「私、は……」
ぐ、と唇を噛み締める。
「いや、です。私は、まだ……闘えます……」
「……そうか。それでこそ新撰組だ」
一瞬驚いたように目を見開いた後、ふ、と小さく笑って、土方さんは大きなその手で私の頭を撫でた。
慰み者として飼い殺される屈辱。それを思えば、一度は折れた志を奮い立たせる事のほうがずっと簡単に思えた。
私は新撰組。鋒刃増に堕ちる覚悟はとうの昔にしていたはずだ。
動けるようになったらまた稽古をつけてやる、そう言いながら土方さんはベッドの下に投げ捨てられた衣服をゆっくりと身に付け始める。
「まぁ、しばらくは動けねぇだろうがな。何たって、この俺に抱かれたんだからなァ」
ニヤリと、土方さんは悪どい笑みを浮かべてそう言った後、どんくらいで動けるようになるかミモノだな、と言い残して部屋を後にした。それが悔しくて無理に立ち上がろうとしたら、腰に鈍い痛みが走って、私の身体は柔らかい布団に沈んだ。
【鋒刃増(ほうじんぞう)】
無数の剣が刃を立てて並ぶ道、刃の葉を持つ林があり、無数の剣の生えた木を昇り降りさせられる地獄。