今日も、明日も、明後日も

2018/06/30 22:00


 暗い店内にチカチカと瞬くレーザービームのような光。スピーカーから響く大音量の音楽。中央に設置されたランウェイのようなお立ち台の上には、踊り狂う男女の群れ。お立ち台に上れなかった人たちも、それを取り囲むように思い思いに身体を動かしている。
 友人に連れて来られた新宿のとあるクラブの中で、私は暇を持て余していた。私を連れてきた張本人はいつの間にか姿を消していて、踊り狂う男女の群れの中にいるのか、はたまた此処で知り合った誰かとどこかへ消えてしまったのか。それとも単純にお手洗いにでも行っているのか。分からないけれど、いい加減な性格の友人の事だから、私を置いて何処かへ行ってしまった可能性は否定しきれない。
 はぁ、と溜め息をひとつ吐き、バーカウンターで頼んだウーロン茶に口を付ける。何となく踊る気にはなれず、壁際でウーロン茶を飲む、ケータイを開く、という行為を、私はただ延々と繰り返していた。

「ンな所で一人寂しく何やってんの? アンタは踊らないのかい?」

 爆音で響くミュージックを壁際で聞きながら、友人に送ったメッセージに既読が付くのを待っていた私に声を掛ける人物が一人。ケータイの画面へ落としていた視線を上げると、その人物はにっこりと微笑んで私の隣に立った。クラブハウスの闇に溶け込みそうな艶やかな黒髪に、絹のように白い肌。薄暗い店の中でも、彼の顔がひどく整っている事だけは分かった。人懐こそうな顔をした男は、下から覗き込むように私に微笑みかける。

「暇ならちょっと話さないかい? 何やってんの?」

「……友達と連絡が付かなくなっちゃって」

「あぁー。まぁよくある話だよなぁ」

「………………」

「どうせなら踊って待ってりゃいいのに。せっかくのクラブなんだからさぁ、飲んで踊って、楽しまなきゃ損だろ?」

「うーん…………」

「あっ、もしかして俺のこと警戒してる? だぁいじょうぶだって! 俺ァ別にアンタを今すぐどうこうしようなんて思ってねえから!!」

 な? そう言って彼はにっこりと笑顔を浮かべた。私の傍から離れようとしない彼は、見れば見るほど、恐ろしいくらいに整った顔をしているのだと思えてくる。男の人にしては珍しい長髪だが、痛みのない細くて艶やかな彼の髪は本当に綺麗で、ここまで綺麗に髪を伸ばしているのは今時女の人でも珍しいのではないだろうか、と思った。宝石のような瞳は、店内を刺すレーザーのような光を反射してキラキラと輝いている。一言で言えば、絶世の美丈夫。服に隠れた身体も、きっと脱げば逞しい筋肉に覆われているに違いない。

「暇なら俺と遊ばないかい? 別に悪いようにはしねぇからさ」

「――あっ、待って友達と連絡が……付い……」

 彼が私を誘ったその瞬間、私の手にあったケータイが震えた。
 画面を覗き込むと、友人からの「イケメンに声掛けられたから付いて行っちゃった」なんていうメッセージが表示されていた。それから立て続けに、可愛らしいキャラクターが「ごめん」と謝っているスタンプが送られてくる。

「………………」

 開いた口が塞がらないとはこの事か。もしかしたら私を置いて何処かへ行ってしまったかも、なんて思ったりはしたが、まさか本当に私を置いていってしまっていたとは。せめて一言声を掛けるくらいはしてほしい。そうしたら私もクラブを出て家に帰ったのに。
 ひぇぇ、ひでぇ友達だな。私のケータイを覗き込んだ男は驚いたように言った。勝手に見ないでよ、という気持ちを込めて彼の顔をじろりと見ると、彼は私の視線に気付くなりにっこりと微笑んで私を見つめ返した。

「薄情な友達なんて踊って忘れようぜ!」

「………………」

「いやいや、そんな目で見んなって! この時間みんなイイ感じに酔いが回ってて危ないしさぁ、俺と一緒にいたほうがいいと思うケド?」

「そ、それは…………」

「んじゃ、決まりな。俺ァ燕青って言うんだ。アンタは?」

「私は――……」

「ん、なに? 音楽がうるさくてよく聞こえない」

 そう言った彼は、私の顔に自身の耳を近付けた。いきなり近くなった距離に、思わず心臓が跳ねる。心なしか良い匂いがする彼にドキドキとしながら自分の名前をもう一度言うと、彼は「良い名前じゃん」と復唱するように私の名を呼んだ。いきなり名前を呼び捨てにされ、少しだけ馴れ馴れしいな、と思った。けれど、不思議と不快感はなかった。

「夜はまだまだ長いんだ! 楽しもうぜ!」

 そう言って私の手を引いた燕青は、ダンスフロアへと駆けだした――。
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