トリップしたので推しに会いに行きます
2025/04/29 22:00
【あらすじ:リベ世界にトリップした原作知識あり夢主。推しキャラである蘭を見つけ、逆ナンに成功する】
歩きながら軽く自己紹介をし合い、私は蘭くんによって個室のVIPルームへと連れて行かれる。私は一人で、個室にいたのならいくらフロアを探しても見つからないはずだ、と納得した。探していた推しが見つからなかった理由に納得するとともに、私は「たまたまトイレに立った蘭くんと鉢合わせたのは奇跡だったな」とも思った。
通された個室の中には、コの字型に置かれた革張りのソファが置いてあり、中央のテーブルには大量の氷の中に埋められたシャンパンボトルがあった。蘭くんはお酒を飲んでもいい年齢なんだっけ? と一瞬思うも、私はそれを深く考えないことにした。不良ならお酒を飲むこともあるよね。というか、蘭くんは飲酒よりももっと悪いことをしているし。そんなことを考えながら、私は目の前のシャンパンを見なかったことにする。
そしてその部屋には、推しの弟である竜胆くんの姿もあった。ソファの上でくつろいでいた竜胆くんは、蘭くんの後ろをついて入って来た私の姿を見て、「兄ちゃん、ソイツ誰?」と首をかしげた。
「誰って、オレのこと逆ナンしてきた女」
「はぁ? それで連れてきたの?」
「そうだけど。なに竜胆、まさかオレに文句でもあんの?」
「いや文句とかじゃなくてさぁ……。珍しいじゃん。兄ちゃん女にあんま興味ねぇのに」
「気紛れだよ。ちょっと遊んでやってもいいかなって思っただけ」
蘭くんが笑みを浮かべながらそう言うと、竜胆くんも蘭くんと同じように悪い笑みを浮かべた。
「ハハ、兄ちゃんひでぇー。本人の前であんま『遊んでやる』とか言ってやんなよ。カワイソーじゃね」
「だって事実だろ。なぁ?」
私のことなど置いてきぼりで会話していた蘭くんが、急に振り返って私に同意を求めてきた。まさか会話の矛先が自分に向かってくると思わず、反射的にビクリと体が跳ねる。そんな私の様子を見て、竜胆くんは「あーあ。兄ちゃんのせいでビビっちゃってんじゃん」と笑った。それを受けて、蘭くんは私を見下ろしたまま不思議そうな顔をする。
「なに、オレに遊ばれんの嫌なの?」
「そりゃそうじゃねぇー? フツー女って本命になりたがるモンだろ」
「うるせぇな。竜胆には聞いてねぇよ」
「ソイツの気持ち代弁してやっただけじゃん。なぁ?」
今度は竜胆くんが急に同意を求めてきた。会話に私を混ぜる気があるのか無いのか、この兄弟の会話はテンポが独特すぎて分かりにくい。ただ今回ばかりは二人の視線がじっと私に注がれていて、私の返答を待っていることが分かった。――私が答えないと終わらないやつだ。そう思って、私は恐る恐る口を開く。
「わ、私は蘭くんと一緒にいられるなら何でもいいです……」
だって蘭くんは私の『推し』だし。現実の男性なら、本命にしてくれない人と付き合うのは時間の無駄だ。けれど、それと違って蘭くんは『漫画の世界の推し』である。本命とか遊びとか、そんなこと関係ない。本命になれたらラッキーだけど、たとえ遊びだったとしても、推しと触れ合えるのならそれだけで儲け物である。一晩でポイ捨てされたとしてもプラスにしかならない。むしろ、私はいつでも元の世界に帰ることができる以上、蘭くんとの将来について考える必要がなかった。
そう思っての発言だったのだが、そんなこと知る由もない蘭くんと竜胆くんには、私の発言はとても奇異な言葉に聞こえたらしい。彼らは私の言葉を聞いて、キョトンとしたような表情を浮かべていた。
「すげー、兄ちゃん超好かれてンじゃん。さすがカリスマってやつ?」
「…………」
「……あ、もしかしてオレ邪魔? なら別のハコ行ってくるからさ、あとは二人でよろしくやっててよ」
竜胆くんはそう言いながら軽やかに立ち上げると、さっさと個室から出て行った。出入り口付近に立っていた私とすれ違う瞬間、竜胆くんは私の肩を叩きながら「んじゃ、兄ちゃんのことヨロシクー」と呟く。そんな竜胆くんのことを、蘭くんは無言で見つめていた。
「えっと……ら、蘭くん?」
「……ま、いっか。とりあえず座れよ」
「あ、う……うん」
蘭くんに促されるままソファに腰を下ろす。「何か飲む?」蘭くんのその問いに、私は普段飲んでいるドリンクを答える。蘭くんが声を上げると、スタッフだか取り巻きだか分からない男性がすぐに飛んできた。蘭くんがその人に注文を投げると、男性は急いでドリンクを持ってきた。そのやり取りだけで、蘭くんがこのクラブではかなり良い待遇を受けていることが分かる。さすが六本木とカリスマとでも言うべきか。VIP扱いをされていることが伺えた。男性が持ってきたドリンクを受け取って、私は蘭くんと乾杯する。人生で推しと乾杯できる日が来るなんて思わなかった。かなり幸せだ。