BLOG
カテゴリ
#fld_表示#
▼追記 <いつ書いたのか覚えてない話まとめ>
***

1

 バシャン、と水の零れる音がした。その音は主の手に持っていた湯呑から茶が零れたために鳴った音だった。零れた茶は主の着物にかかり、濡れた着物を変色させていた。
「……主、お怪我はありませんか?」
「わ、私は大丈夫……」
「火傷でもしたら大変です、いますぐ脱ぎましょう」
「えっ、え!?」



***

2

土は土に、灰は灰に、塵は塵に。
鉄から生まれたお前は鉄に還るのだ。
間違っても、お前は「人」ではない。
それを勘違いしてはならない。
人と似たような姿を手に入れたとて、お前は鉄だ。
己の主と、想い人と、同じあの世に行けると思うな。
お前は鉄だ。
魂を、肉体を得たからと思い上がるな。
鉄から生まれたお前は鉄に還るのだ。
それをゆめゆめ忘れるな。



***

3

「ぅあ、や、だ……離して!」
「ッは、ぁ、あるじ……ッ!」
「あああ! やだ! はなせ!!」
「あるじ、ある、じ……あるじぃ……」
「話を聞け!」
 パシン――。私の手が長谷部の頬を打った音が響いた。思っていたよりも大きく響いたその音に、強く叩きすぎてしまったか、と一瞬不安になった。が、眉をハの字に下げた長谷部は恍惚とした表情を浮かべているように見えて、それが杞憂だったことを悟る。
「あ、あるじ……」
「…………」


***

4

「こんなにボロボロじゃあ、愛されっこないよなあ……」
 加州清光が主に慰められている声が聞こえる。傷を負ってボロボロなのはお前だけではないというのに、何を言っているのだろうか。検非違使との戦闘で部隊はことごとく傷を負い、主に撤退命令を出されてしまったことを、見た目を気にするより先に気に病むべきではないのか。



***

5

「どうして! どうして俺の知らない間に勝手に出掛けるんだッ!!」
 アパートのドアを開けた瞬間、中で待ち構えていたであろう長谷部の罵声が飛んでくる。ひっ、と悲鳴を上げるよりも先に私の腕を掴んだ長谷部に引き倒され、床に打ち付けた身体が悲鳴を上げた。私の悲鳴は、バンッとまるで破裂音のような重く大きな音を立てて閉まるドアによってかき消された。
「ッ〜〜! いったいなぁ! なにするの!?」
「うるさい! いま聞いているのは俺だ!!」



***

6

「あ、主……その、お話が」
「ん? 長谷部どうかした?」
「お、俺は、主をお慕いしています。あなたの人生の一部になりたいのです。きっと今以上にお役にたってみせます。だから、どうか俺を主の人生の伴侶に選んではくれないでしょうか?」
「あ、ごめん私女の子が好きなんだ」



「…………なんでへし切長谷部さんがここにいるわけ?」
 安定との手合せを終えて自室に戻ってきたら、何故か俺の部屋にへし切長谷部がいた。初期刀である俺を差し置いてさっさと主の近侍の座についたこのヒトを俺は何となく避けてきていたし、このヒト自身も他の刀剣と仲良くする様子もなくずっと主のそばにいたから、こんな風に誰かの部屋にいるとは思えなくて自分の目を疑った。というか、なんで俺の部屋にいるの?
「…………あ、主が」
「…………」
「男よりも女が好きだと仰ったんだ」
「はあ!?」
 なにを言ってるんだろうこのヒト。見た感じからしてとても落ち込んでいるのであろうことは容易に想像できるけれど、全然理由になってない。え、なに、女が好きだと俺の部屋に来るの? 全然意味が分からない。
「どうして、どうして俺は女じゃないんだ……」
「……なればいいんじゃないの? 女に」
「女の体で主を十分にお守りできると思ってるのか!?」
 なにこのヒト本当怖い。こんな情緒不安定な性格してるの? なんで主はこんなやつを近侍にしてるの? 本当怖いし今すぐここから立ち去りたい。都合良く安定が部屋の前を通りかかってくれないかな。そうしたら俺は何かしらの理由をつけて安定に付いて行くから。ヘルプ安定。
「仕方がないから女の格好だけでもしようと思うんだ」
「…………だったら次郎太刀さんとか、短刀の乱のところに行けばいいじゃん。なんで俺なの?」
「お前が一番主に可愛がられているだろう!?」



***

7

「主、お茶ください…………」
「はぁ!? あなた近侍でしょ!? お茶くらい自分で入れなよ!!」
「ひどいです主……俺は演練のあとでボロボロだと言うのに……」
「えっちょっと泣かないでよ! 分かったよ私が入れれば良いんでしょ!? やめてよ!! ちょっと!」

 目の前で繰り広げられるやりとりを見て開いた口が塞がらない。長谷部が自分の主にお茶を要求するだと……? 先ほどのやりとりをしていた高校生くらいの若い審神者ちゃんがバタバタと走り去っていくのをぽかんと見つめる私は、さぞ間抜けな顔をしているに違いない。
――いま現在私がいる場所は審神者同士が交流する場所で、鍛刀や刀装を作る際の意見交換をしたり、審神者同士の部隊を戦わせて己の実力を見直す事ができる場所だ。そこに集まる審神者は老若男女問わずいるし、近侍として連れられている刀剣も様々だった。しかし、しかしだ。自分の主にお茶を要求する長谷部は初めて見た! 例の長谷部は走り去る審神者ちゃんを勝ち誇った顔で見つめていた。嘘泣きか。まぁあの子は何となくいじめたくなる感じの可愛さだものね、その気持ちは分からなくもないよ。そんな事をぼんやりと考えていると、私の近侍である長谷部がこちらへ駆け寄ってくるのが視界の端に映った。
「主、お飲み物をお持ちしました」
「そんな事頼んでないのに……うちの長谷部は良い子だね……」
「……? 勿体無いお言葉です」
 私の長谷部の従順さに思わず涙が出そうだ。花が咲くような笑顔で差し出されたそれへと口をつければ、よく冷えていて、人がごった返していて蒸し暑いこの空間ではとても有難かった。飲み物のチョイスも私の好み通りで、本当によくできた近侍だと思う。


2015/10/09 22:22
- ナノ -