「……アンタ、なんか雰囲気変わってねぇ?」

 いぶかしげな表情を浮かべながら、アサシンはわずかに首をかしげる。アサシンのその視線の先には、以前の藤色のカソックと金色のストラではなく、新調した黒色のカソックを身に纏ったいかにも聖職者然とした長谷部の姿があった。
 アサシンのその問いを受けた長谷部は、ふふん、と得意げに鼻を鳴らす。

「修行に出て自分がいかに主にふさわしい良い刀かを自覚できたからな」

「……ふーん、それは良かったじゃねぇか」

「ああ、そのおかげで寛大な心を持つ事ができるようになったな。主は必ず俺のもとに戻ってきてくださるのだから、たとえ全身に刺青の入った不良男と浮気しようが気にならなくなった」

「あ? アンタ俺に喧嘩売ってんのか?」

「なんだ、お前には自分が間男だという自覚があったのか」

「自分が本命だって勘違いしてんの? はッ、ウケる。自意識過剰も甚だしいなー」

「……やるか? 貴様」

「いいぜ、かかってこいよ」

 殺気と敵意の交差するこの地獄のような空間で、私の胃はキリキリと痛みを訴えていた。長谷部が極となって落ち着いた分、ふたりの関係が改善されるかと思っていたが全然そんな事はなかった。

 今までも一触即発の空気だったけれど、いつ流血沙汰に発展するか分かったものじゃないこの空気に、とてもじゃないが身が持たない。戦闘が始まれば私には為す術はなく、どちらかが倒れるまで戦闘は終わらないだろう。ここはひとつ、穏便な方法で決着を付けてほしいところだ。

「け、喧嘩なら拳じゃなくてラップでお願いします……」

 重すぎる空気の中、こみ上げる胃液を抑えて口を開く。あまりの空気に思わず敬語になってしまった。
 私がそう言うと、睨み合っていたふたりの視線が一気に私へと集まり、ビク、と身体が跳ねた。

「マスター、そりゃ誰の影響だ?」

「ヒプノ〇スマイク……私はマテンローの女……」

「主、『マテンロー』とは誰です?」

「ジャクライ先生とヒフミとドッポ……」

「まさかの複数形」

 また浮気してンのかよ、そんな風に言いたげな溜め息をアサシンは吐いた。反対に、長谷部は片手で眉間を押さえうつむく。
 一触即発のピリピリした空気はなくなったが、それとはまた別の重い空気がこの部屋を包んだ。――なんだかまた私が悪いみたいな空気になっている。
 え、なんか居心地悪い。

「マテンローはシンジュク・ディヴィジョンの人たちで……」

「新宿? え、俺のこと? 新宿のアサシン?」

「いや違いますけど……」

「なんだよ。新宿は俺のシマだから荒らすなって言っといて」

「それは無理」

 私がそう言うと、アサシンは「ハァ〜〜?」と不服そうな声を上げた。

「新宿と言えば俺じゃん! ンな浮気の仕方はねぇだろこのバカマスター!!」

「黙れスンドゥブのアサシン。主が困っているだろう」

「……いい加減しつこいぞそのネタ」

「間男の名なぞいちいち覚えていられるか」

「………………」

「………………」

 ビリ、とまた皮膚を刺すような殺気が部屋に充満する。正直もう泣きそうだった。
 決着はラップで付けてください……。蚊の鳴くような声で呟かれた私の言葉が、はたして彼らの耳に届いたのかどうか分からない。ただただ、胃の痛みを我慢する事しか私にはできなかった。




 *****

私は女なのでラップができません。
「俺はアサシン・オブ・シンジュク! 買うぜお前からの大ヒンシュク! 超えてみせろよこのライム!」まで考えて力尽きました。

↑これを友人に見せたら「このクソラップ公開するのやめなよ…」ってボロクソに言われました。フォロワーが減るとまで言われて傷付いたのでラップバトルで勝負を決めたいと思います。

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