見逃したつもりのサイン/リヴァミカ

※ミカサ乙女注意報!

「兵長、書類持ってきました」
やや低めの、けれども綺麗な声が部屋に響く。声のした方に振り向くと、ミカサが立っていた。そのミカサにどこか違和感を覚えながらも、短く礼を言う。
「…兵長、喉渇いてませんか」
「ん?…いや、大丈夫だ」
「…そうですか、…失礼します」
わずかに落ちたトーンを訝しみながら、また机に向かう。ミカサに渡された書類は珍しく分厚く、リヴァイは思わず目を瞬かせた。地下街出身であるリヴァイはあまり学がなく、ほとんど書類が回ってくることはない。回ってくるものなど作戦の確認がほとんどである。しかしミカサが持ってきたものは104期生の詳細が載ったものであった。その中に直属の部下であるエレンやミカサを見つけ、ふと顔が緩む。
ミカサは審議所でこそリヴァイを殺しそうに睨んでいたけれど、その後に会った時は深々とお辞儀をして、「ありがとうございました」と潤んだ声で言った。詳しい事は知らないが、ミカサがエレンに執着しているのは知っている。まるで大切なぬいぐるみをとられまいとする子供のように。けれどミカサは、そこまで子供ではない。
「…家族、か」
ミカサは家族だと言うが、それはミカサにとってのエレンと同義ではないはずだ。こんな世界に生まれてしまったばっかりには仕方がないことなのだろうが、彼女には幸せになってほしいと、らしくもなく思った。
「…そういえば、」


*

「ミカサ」
「…兵長、」
廊下を歩く少女を呼び止める。振り返ったミカサは所在なげにマフラーを握り、なんですか、とつぶやいた。
「…お前、髪が伸びてきたな」
「…切る暇がなくて…。邪魔なら、今すぐにでも」
「いや、違う。そういう事を言いたいんじゃない」
相も変わらず一直線な子供だ。まだ16なのだから、髪くらい伸ばしたいだろうに。
「切らなくていい。くくれば邪魔じゃないだろ」
「…、でも、そんな、髪留めなんて」
1年経ったとは言え、ミカサはまだ新兵だ。休暇などそうそうない。困ったようにうつむくミカサに、リヴァイは紙袋を差し出した。
「…え、」
「やる」
ミカサはすこし目を輝かせて、紙袋を開けた。花の飾りがついたものと、シンプルなモスグリーンの髪紐。リヴァイが購入したのは2つだった。
「…これ、」
「緑のほうは普段していろ。花がついたやつは…お前に好きなやつができたときに、そいつの前でつけてやれ」
言うと、ミカサは一瞬だけ顔を歪めた。けれどすぐにいつもの無表情に戻って、「大切にします、ありがとうございます」と頭を下げた。


*

「…夢か」
最近よく見る夢がある。夢の中でリヴァイは軍のような組織に身を置き、自分の身の丈の10倍もありそうな生き物を相手に戦っているのだ。恐ろしいものであるはずなのに、それはどこか懐かしく、再び見たいと思わせる。そしてまたリヴァイは眠る度に、その巨大な生き物に次々と人が殺されてゆく夢を見るのだ。
そんな恐ろしい世界え、リヴァイがとても愛おしく思う少女がいた。その少女は、漆黒の髪を顎のあたりまで伸ばし、リヴァイよりも少し高い背ですらりと無駄のない体つきをしている。夢を見るたびに感じる言い知れぬ感情に、きっとリヴァイはその少女が好きだったのだろうと思った。だからこんなにも抱きしめたいと思うのだと。
「…誰なんだ、お前は」
所詮夢である。実在しないはずなのに、リヴァイはその少女が実在すると思っていた。恐ろしく大きな生き物も、きっと実在したのだ。――そう、自分が頻繁に見る夢はきっと、俗に言う前世の記憶とやらなのだろう。
「リヴァイ兄さん!朝ですよ、起きてください」
「起きてる」
リヴァイの部屋の扉をこうも無遠慮に開けられるのは、悪友であるハンジと弟のエレンだけであろう。専業主婦よろしくエプロンをつけたエレンは、出張でいない両親のかわりに食事を作ってくれている。リヴァイはきっとエレンがいなければ、まともに生活することすらままならないに違いない。
「どうしたんですか、ぼーっとして」
「エレン、お前は夢を見るか?」
「夢くらい見ますよ。ほら、はやく顔洗ってきてください」
ぐいぐいと背中を押され、洗面所に向かう。冷水で顔を洗うと、寝ぼけていた頭が一気に冴える気がした。
「おはようございます、リヴァイ兄さん」
食卓にはリヴァイ好みの和食が並んでいる。これが平和というのだろう。
「…おはよう」

朝食を食べた後、エレンが幼馴染のジャン・キルシュタインと一緒に学校に行ったのを見送り、リヴァイもすこし遅く家を出た。すると駅に向かう信号で、夢に見る少女が立っていた。その瞬間、自分と少女の時間だけが止まったように感じたのを今も覚えている。
「…っ」
考えるより先に飛び出していた。記憶よりも華奢な手首を掴んで、すこし背の高い少女を見上げる。
「…へいちょう?」
桜色の唇から洩れた言葉は、自分にまったく馴染みのないものだった。けれどきっと、彼女も自分と同じような夢を見ているのだ。そう確信した。
「…、っ、」
彼女はリヴァイのことを知っているのに、リヴァイだけが知らない。彼女はリヴァイのことを呼んでくれたのに、リヴァイは呼べないのだ。

『ミカサ』

突然、声が降ってきた。
「みか、さ」
「…兵長…!」
降って来た名前を呼べば、少女は泣きそうに顔を歪めて、そのままリヴァイを抱きしめた。
「リヴァイ兵長…!!」
「…ミカサ」
「…リヴァイ兵長、リヴァイ兵長…、わたし、わたしは…!」


*

「リヴァイ兵長」
軽く体を揺さぶられて、リヴァイは目を覚ました。
「…ミカサ?」
「はい」
「…お前、そんなに髪が短かったか?」
「…兵長?何を言ってるんですか」
呆れ顔で溜息をつかれて、すこし切なくなる。疲れてるんですか?と心配そうにミカサが聞いてきたが、大丈夫だと手を上げた。
「…?ミカサ、お前」
「なんですか?」
何かが違う。何かが足りない気がしてしまう。
「…リヴァイ兵長?」
「…いや、いい。気のせいだ」
そうですか、と踵を返したミカサの髪に、何かきらめくものを見た気がした。
しかし会議室に着くと、モスグリーンの髪紐をしている。やはり疲れているのかと目頭を揉もうとしたそのとき、ミカサの首に真っ赤なマフラーを認めて、目を見開いた。何回も感じていた違和感の正体がやっとわかった。そうか。
ミカサはリヴァイに会いにくるとき、真っ赤なマフラーをしていなかったのだ。

会議が終わったあと、足早に行くミカサを引き止めた。
「ミカサ!」
「…なんですか」
「…お前、なんでマフラーしてなかった」
「…」
見上げた瞳が揺らぐ。唇が弱弱しく震えて、だって、と声が漏れた。
「…なんで、あのとき、あんなこと言ったんですか…、」
「あのとき?」
「髪留めをくれたときです…、好きなやつが出来たときに、なんて、」
ミカサの綺麗な漆黒が、どんどん潤んでゆく。真っ赤なマフラーを指の関節が白くなるくらい握りしめて、ポケットから花の髪留めを取り出した。
「なんで、気づいてくれないんですか。わたしが好きなのはあなたです、…兵長」
やはり彼女は子供だ。不器用な、子供だ。
「…泣くな」
スカーフをするりと外して、ぽろぽろと白い頬を滑り落ちる涙を拭ってやる。そうして花の髪留めを手にとり、やわらかなその髪につけた。
「…お前に泣かれると、…抱きしめたくなる」
「…、…ださい」
「ん?」
「…抱きしめて、ください」
泣きながら言う彼女を強く抱きしめる。彼女のほうが上背があるせいで抱き着くようになってしまったが。けれどミカサはそれで満足だったようで、リヴァイの意外に広い背中に手を回してきた。
「…兵長、…っ、リヴァイ、さん」
「なんだ」
「好きです、っ」
「…それでお前はどうしたいんだ、なあ、ミカサ。泣いてるだけじゃ分からねえぞ?お前は赤ん坊じゃないんだから、ちゃんと言えるだろ」
「…リヴァイ、さん」
「…ああ」
「…キス、してください」
「ああ」
顎に手を添えて、軽く触れるようなキスをした。顔を離すと、ミカサは顔を真っ赤にしているのが見える。ああ、本当に愛おしい子供だ。

『わたし、幸せでしたよ』

夢の中の少女の声が、聞こえた気がした。



――

BGM:きみにとどけ、変わらないもの

ミカサが予想以上に乙女になってしまいました…!へいちょに会うときだけマフラー外すミカサが書きたかったんです!
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