小道のルーシー・ロケット



 王宮に仕える住み込みのメイドとはいえ、一応、休日や自由時間は存在する。この日、日中のみ自由時間を得たラウラは、想い人のカスピエルではなく、別の異性と待ち合わせをしていた。

「おっ、待たせたな、ラウラ」
「いえ、大して待っていないので大丈夫です、メフィストさん」

 王都の繁華街にて。先に待ち合わせ場所に到着していたラウラの前に現れたのは、カスピエルの友人と解釈しても問題はないであろう男であった。

「それにしてもラウラが誘いに乗ってくれるとは思わなかったぜ」
「そうですか? メフィストさんが私を誘ってくださったことの方が驚きですが」
「いや、カスピエルみたいなヤツと付き合ってたら、愚痴のひとつやふたつもあるだろ? 今日は俺が何でも聞いてやるからよ」

 メフィストは軽い口調で言いながら、付いて来いとでも言いたげに首を動かせば歩を進めた。特に拒否する理由もないラウラは、メフィストの斜め後ろの位置を保って付いて行く。

「ありがとうございます、メフィストさん。ただ、私、それといった愚痴がないのです」
「またまたぁ。ありゃ恋多き男だし、腹の立つこともあるんじゃねぇの?」
「確かにありますけど、同僚やメギドの皆様にお話を聞いて貰っていますから」
「メギドの皆様って……あ〜、女子とは仲良くやってるもんな」

 メフィストは適当に相槌を打ちつつ、眉間に皺をよせてどうしたものかと思考を巡らせた。メフィストがわざわざラウラを遊びに誘った目的は、愚痴を聞いてやるのとは別のところにある。それを上手く隠しつつどう話を進めれば良いか――そんなメフィストの胸中を、ラウラも何となく察してはいた。カスピエルと恋仲にいる女をわざわざ誘ってこうして二人きりになるなど、絶対に何らかの理由があることくらい、予め承知した上でこの場にいるのだ。

「ところで、メフィストさん。これから何処に行かれるのですか?」
「あ!? え〜っと、それはだな……」
「メフィストさんが私なんかを連れ出すなんて、普通に考えて有り得ないですから。目的は何ですか?」
「オイ、えらく直球だな……」

 さすがに全く考えなしの馬鹿女というわけではなかったらしい、とメフィストは若干頬を引き攣らせた。腐っても王宮側――つまりハルマ側に立つヴィータであり、下手に取り繕うよりはいっそ正直に言ったほうがいい。そう決めてしまえば話は早かった。

「……ラウラ」
「はい」
「頼む! お前の強運を俺に貸してくれ!」
「……はい?」



 メフィストから話を聞き終えた後のラウラは、怒るでも幻滅するでもなく、まるで幼い子どものように純真無垢な瞳で笑みを湛えており、さすがのメフィストも逆に慄いてしまった。

「カジノ、私一度行ってみたかったんです!」
「そ、そうか? まあラウラにはちと早いが……」
「そうやって子ども扱いして、カスピエルさんも私を一度も賭場に連れて行ってくださった事がないんです」
「そりゃ、王宮にバレたらタダじゃ済まねぇだろうしな……」

 メフィストの企みとは、賭け事の場にラウラを同伴させる事であった。というのも、周囲のメギド達の噂話から、ラウラが強運の持ち主であるという情報を入手したのだ。メフィストはラウラの事を大して知らない、というかさして興味もないのだが、彼女があまり良い境遇で生まれたわけではないにも関わらず、運命のいたずらか巡り会わせか、シバの女王に拾われて王宮のメイドとなり、今やエルプシャフト騎士団と共に伝令を務め、危険な目に遭ってもなんだかんだで生き延びているのだから、確かに強運と言えよう。
 その噂が真実であるか確かめるためにラウラを同行させて、その強運に肖ることが出来るか試す――これもまたある意味賭けであった。

「確かに、知っている人に見られたら、色々と面倒な事になるかもしれません。私もたかだか一度火遊びをしたくらいで、王宮をクビになっては困りますし……」
「いや、クビにはならんだろ。ラウラ、すっげぇ役に立ってるって話だぜ?」
「そんな話が出ているのですか? さすがに話を盛りすぎだと思いますが……」
「ま、堅苦しい王宮にいるんだからよ、たまには羽根伸ばしたってバチは当たんねぇよ」

 先程まで乗り気だったというのに、自分の立場が危うくなると思うや否や急に弱気になるラウラに、メフィストはなんとかこのまま賭場へ誘おうと上手く持ち上げつつ、鼓舞するようにラウラの肩を軽く叩いた。

「では、知っている方がもしいましたら、身を隠すなど色々対処法を考えてみますね」
「……つーか、女って化粧で変わるだろ? ラウラも化粧次第で雰囲気も大人っぽくなるんじゃねぇか?」

 メフィストはふとラウラの顔を覗き込んで、何気なく思った事を口にした。小綺麗な格好ではあるものの、己たちの召喚者と大して変わらない年頃の娘にはまだ幼さが残っている。ここはひとつ、大人の女性足り得る化粧でもすれば、だいぶ誤魔化しがきくのではないか。そう気付いたメフィストは、ラウラの承諾も得ずに強引に手を引いて賭場とは違う方向へ歩き出した。

「あのう、メフィストさん?」
「ラウラが大人の女に変身出来るよう、俺が色々と見立ててやるよ」
「いいんですか? わざわざそんな労力を……」
「これでいい感じに変われたら、カスピエルもラウラ一筋になるかもしれねぇだろ?」
「そ、そうでしょうか!? メフィストさん、是非お願いします!」

 他の男の名前を出して釣るのは些か不本意ではあったが、上手く雰囲気を変えることが出来れば、万が一賭場で知り合いに会っても気付かれる可能性は少なくなり、本人も羽を伸ばせて良い気分になり、そして己はラウラの強運の力を借りてぼろ儲け出来る。そう物事が上手くいく事はないのだが、この時のメフィストは絶対に上手くいくと完全に舞い上がっていた。
 次の瞬間、思わぬ方向から声を掛けられるまでは。

「おい、メフィスト。勝手に俺の女連れて何しとんねん」

 方向転換したのが運の尽きであった。ラウラを改造すべく化粧品店が並ぶ繁華街へ向かおうとするメフィストの目の前に、マゼンタの長髪を靡かせた男が立ち塞がる。

「カスピエルさん!? 奇遇ですね、私これから……」
「いやいや、ラウラが浮気なんてせえへんのは分かっとるから、何も言わんでええで。問題はお前やメフィスト」
「いや〜奇遇だな! ちょっと色々と事情があって」
「ジブン、何企んどるんや」
「人聞きの悪いこと言うなって」

 自分の女に手を出されたと勘違いしているのか、いや、そもそもカスピエルがそこまで女に執着するとも思えないが、などと思考を巡らせるメフィストだったが、カスピエルの行動原理は大体ソロモンに繋がっている事は重々承知している。何らかの形でメフィストがラウラに迷惑を掛ける=メギドが王宮に迷惑を掛ける=ソロモンに迷惑が掛かる、という図式が脳内で成立した瞬間、もうカスピエルを撒いてラウラを連れ出すことは不可能に近いと半ば諦めるしかないメフィストであった。

「いや、企むっつうのは誤解だぜ! カスピエルに一途になって欲しいラウラの為に、俺が一肌脱いでラウラを大人の女にしようとな……」
「は? どういう意味や? 純真無垢な女の子騙してほんま何しでかそうとしとんのや」
「怒んなって! ただ単に化粧でも覚えさせてやろうと……」
「ほう? ほんなら俺が同伴しても問題ないな?」

 メフィストは絶対に悪巧みをしようとしている、と信じて疑わないカスピエルは、いつの間にかラウラの横に立ち肩を抱いていた。当のラウラもすっかりカスピエルに視線が向いており、メフィストは早々に本日の賭け事を諦めるしかない事を悟ったのであった。

「メフィストさん、賭け事のお時間には間に合いそうですか?」
「あーっ!! ラウラ! 余計な事言うな!!」
「は? メフィストお前ほんまに何やらかそうとしてたんや!?」

2019/08/28


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