砂糖水にローズマリー



「ラウラっていっつも地味なカッコだよね〜。お洒落とかしないの?」

 王宮のお茶会で顔を合わせたサキュバスは、悪気もなく屈託のない笑みを浮かべながら突然そんな事をラウラに向かって言ってのけた。対するラウラはというと、特段気にするでもなく淡々と質問に答えた。王宮のメイドという立場ゆえ、というよりもサキュバスの発言はただの事実なので、不快な思いは特にしなかったのだ。

「はい、これでも一応王宮に仕える使用人ですので、華美な格好は避けています」
「え〜? そんなコト言ってたら、カスピエルに飽きられちゃうよ?」
「あ、飽き……」

 悪戯な笑みを浮かべて言うサキュバスに、ラウラは一瞬だけ硬直してしまったが、すぐに平常心を取り戻し、冷静に言葉を返した。

「あの、サキュバスさん。そもそもカスピエルさんは飽きる以前に、私のことを好きでもなんでもないかと思うのですが」
「ええっ!?」

 予想外の答えだったらしく、サキュバスは大きな目を更に見開いて驚愕の声を上げる。

「どうして!? だってラウラはあんなにカスピエルの事が好きなのに!」
「私が一方的にお慕いしているだけで、見返りを求めているわけではありませんから」
「そんなの駄目! どうしてそうやって諦めちゃうの?」

 最早茶会のために用意されたスイーツもそっちのけで、納得いかないとばかりに唇を尖らせて迫るサキュバスに、ラウラは困惑の表情を浮かべた。どうしてと問われても、相手に見返りを求めるほど自分に魅力があるわけではないからだ。そう、例えば目の前にいる、無邪気で、でもほんの少しだけ妖艶な雰囲気も感じさせるような少女でもない限り。

「サキュバスさんのような美貌を私も持っていたら、少しは違っていたかもしれませんけど」
「サーヤのこと、そんな風に思ってくれてるんだ? でもラウラだって可愛いよ」
「ありがとうございます」
「って言いながら、可愛いって思ってないよね? うーん、どうしたらラウラに自信を付けさせてあげられるかなあ」

 眼前まで近づくサキュバスに凝視されて、ラウラは気おされそうになってしまった。彼女のようにぐいぐい来るタイプの女性は周りには居らず、何と返せば満足して貰えるのかさっぱり分からず、困惑するばかりであった。

「そうだ! ねえ、ラウラの都合の良い日に、一緒にお買い物しよう!」
「えっ? は、はい、構いませんが……」
「決まり〜! サーヤが絶対、ラウラをもっと可愛い女の子にしてあげる」

 大きな双眸を細めて妖艶な笑みを浮かべながらそう呟くサキュバスに、ラウラは同性だというのに不覚にも顔が熱くなるのを感じ、どうして良いか分からずただ、惑わすような彼女の視線から目を逸らすのであった。





「ラウラ、超可愛い〜! やっぱりサーヤの見立てはばっちり!」
「あのう、少々スカートの丈が短すぎではないでしょうか」
「これくらい普通だよ?」
「シバさまに見られたら怒られそうです……」

 シバの女王から暇を与えられ、サキュバスとの約束を果たすために王都の繁華街へ繰り出したは良いものの、あちこちの洋服店を梯子してはまるで着せ替え人形の如く様々な服を試着させられ、ラウラは目が回りそうになっていた。だが、サキュバスの選択した服はどれも普段己が着ることはまずないであろう、露出度の高い服や明るい色合いで装飾の多い服が殆どで、まるで童心に返るかのように、気分が高揚しているのを感じていた。

「いっつも『シバの女王』の事ばかり気にしてるけど、そんなんじゃラウラは何も好きな事出来なくなっちゃうよ?」
「ですが、カスピエルさんに関しては、シバさまにどれだけ反対されても好きな気持ちを貫いていますし」
「障害があるほど燃えるってヤツ? ラウラって見た目に反して意外とガッツあるよね〜。ていうか、危険な恋よりも、好きな服を着るほうが余程簡単なのに……」
「言われてみれば、確かにそうですね」

 不思議そうに小首を傾げて様々な問いを投げ掛けるサキュバスの言葉に、ラウラは知らず知らずのうちに徐々に感化されつつあった。確かに、女王の反対を押し切ってまで好きな男を追い掛けるよりも、多少派手な服を着るほうが遥かに難易度は低い。『多少』と表現してしまうあたり、完全にサキュバスの影響を受けつつあることに、ラウラはまだ気付いていない。

「……この服、買います」
「やったぁ! ラウラもやっとお洒落に目覚めてくれたね」
「シバさまに怒られたら、これはサキュバスさんが選んでくださった服なのですが……と泣き落としを使ってみます」
「へえ、ラウラって穏やかに見えて結構狡猾かも? カスピエルの影響かな?」
「ええっ!? 狡猾なんて酷いです、私はサキュバスさんに選んで頂いた服を失いたくない一心で……」
「カスピエルが狡猾な事は否定しないんだぁ〜?」
「え!? そ、それはその……ちょっと回答に困ります……」

 かくして、あくまでメギドとの交流という体でサキュバスの誘いを受け入れたものの、すっかり翻弄されてしまったラウラだったが、少しでも彼女のように奔放で魅力的な女の子になれるよう頑張ろうと密かに心に誓った。

「じゃあ次はぁ……化粧品とアクセサリー、どっちがいいかな?」
「えっ!? まだ梯子するんですか!?」
「うん、ラウラはもっともっと可愛くなれるよ? サーヤに任せて!」

 前言撤回、この小悪魔な奔放さは天性の美貌と絶対たる自信がなければ無理だ、と早くも諦めの境地に至りつつ、それでもサキュバスと一緒にいて純粋に楽しいと思ってしまうあたり、ラウラもすっかり彼女の虜になっているのであった。

2019/05/01


[back]
- ナノ -