ときどき微糖



 フリルがあしらわれたワンピースを身に纏い、丁寧に巻かれた美しい桃色の長い髪を靡かせ、華奢な脚で闊歩する姿は育ちの良さを感じさせる。外を歩けば、誰もが目に留めるであろう美少女である。そんな美少女が、ラウラの横に腰掛けて小首を傾げてみせた。

「ねえ、ラウラから見ても私はハルマに見えるわよね?」

 この、何とも答え難い言動の数々がなければ、誰からも愛される存在になり得たであろう。追放メギドであり、今はヴィータに転生している彼女の何がそうさせているのだろう、とラウラは不思議に思うばかりであった。マルバスが何故自らをハルマと称するのか、その理由に繋がる彼女の過去を知る者は、ここにはいない。

「マルバスさんはメギドでは嫌なのですか? 私のようなごくごく平凡なヴィータから見れば、充分美しい存在だと思いますが」
「ちょっと、質問に答えなさいよ! 私はハルマじゃないと嫌なの!」
「ええと……私は無知なので、今度ハルマの方にマルバスさんの事をお訊ねしてみますね」
「はぐらかさないでよ、もう! 周りじゃなくて、ラウラはどう思うかって聞いてるの!」

 シバの女王とメギド達のお茶会の場にて。女王の付き人として同席していたラウラは、突然マルバスに捕まり、こうして詰問される羽目になってしまったのだが、シバに助けを求めようにも他のメギド達と談笑していて、それを邪魔するのも気が引けた。つまり、己がマルバスの機嫌を取らなければならない。機嫌を取る――つまりこの場では客観的な事実を述べるのではなく、個人的な意見を言えば良いのだ。

「私個人としては、ですが、マルバスさんはハルマに遜色ないほど美しい方だと感じます」
「『遜色ない』ってどういう意味よ〜!」
「……マルバスさんはハルマです」
「そうよね! 王宮に仕えるラウラが言うんだから間違いないわ!」

 ラウラは冗談で言ったつもりなのだが、マルバス本人はまるで言質を取ったかのように、瞳を輝かせながらラウラの手を握った。それはもう、逃がさないとばかりに。

「ラウラ、私知ってるのよ? ラウラは女王とハルマのことだけを様付けしてるって」
「そうでしたっけ」
「そうよ! だから、私のことも様付けして!」

 これが普通の人間に突然言われたとしたら、いつも無表情を貫くラウラも顔を引き攣らせるような事なのだが、相手が愛らしい少女、それも女王と共闘するソロモン王が使役するメギドとなれば、少しだけ話が違った。ラウラなりの線引きとして、相手によって敬称を変えているのは事実ではあるものの、偶にはいいだろう、とこくりと頷いてみせた。

「マルバスさま」
「ふふっ、なあに? ラウラ」
「この茶会が終了した後は、如何なさいますか?」
「そうね〜……ええと、一緒にお買い物に行きたいわ!」
「マルバス! ラウラさんを困らせてはいけませんっ!」

 自分の言う事を素直に聞くラウラに、マルバスはすっかり上機嫌だったが、少し離れた場所からマルコシアスがやって来て釘を刺すと、唇を尖らせて不貞腐れてしまった。そんな姿も愛らしいが、折角のお茶会を嫌な気分で終わらせてはならないと、ラウラはマルコシアスに声を掛けた。

「マルコシアスさん、私は大丈夫です」
「ラウラさんも甘やかさないでくださいっ! あなたはシバの女王の付き人なんですよ?」
「はっ、はい、すみません……」

 まさか自分まで叱られるとは思わず、ラウラは驚きで目を瞬かせつつ条件反射で謝罪の言葉を口にした。マルコシアスの年齢はラウラの知るところではないが、仮に相手が追放メギドではなくごく普通のヴィータだと仮定したとしても、己よりは年上であろう。年長者の言う事は素直に聞くべきである。
 とはいえ、機嫌を損ねた少女には少しでも元気を取り戻して貰いたい。ラウラは純粋にそう思って、マルバスの耳元で囁いた。

「お買い物、いつか私もお供させてくださいね。マルバスさま」
「……! ええ、勿論よ! あ、ラウラに似合うアクセサリーなんかも私が選んであげるわ! 荷物持ちはソロモンにさせるわね!」

 機会があればいつか、と抽象的な言い方をしたつもりだったのだが、マルバスは本気にして乗り気になってしまっていた。ラウラは苦笑しつつも、すっかり機嫌を良くしたマルバスの屈託のない笑みを見て、メギドと友好を深めるのも悪くない、と密かに思うのであった。

2019/04/15


[back]
- ナノ -