Keep Your Word



「あんずは何も悪くないよ! 大体、試すような事をする会長に問題があるでしょ。それに朔間先輩がそんなキツイ事言うなんて……優しい先輩だと思ってたのに……」
「えっ、樹里ちゃん、優しい先輩だと思ってたんだ」
「優しさゆえの愛の鞭とも取れるけど……」

 まだ終わらない夏休みの真っ只中、ガーデンテラスにて。
 他校との合同ライブである『サマーライブ』は無事成功に終わったものの、舞台は玲明学園のユニット『Eden』の独擅場であった。夢ノ咲代表のTrickstar、そして実質彼らのプロデューサーであるあんずにとっては、苦い経験となったのだった。

「ごめんね、あんず。会長に言われるがままに手を出さずにいたけれど……私には出来る事がたくさんあったはず」
「ううん、樹里ちゃんは悪くないよ。樹里ちゃんは私と違って生徒会と繋がりが深いし、会長命令なら逆らえない」
「こっそり動くくらい出来るよ。きっと、私も会長に試されていたのかも。友達を助けることも出来ないって烙印を押されたかも……」

 弱音を吐く私を見て、あんずが心配そうに顔を覗き込んできた。駄目だ、マイナス思考は卒業しないと。大体、今日は私があんずを励ますためにこのガーデンテラスで待ち合わせたのだから。

「まあ、どちらにしてもこれから挽回していけばいいよね。あんずも、私も」
「……うん! 一緒に頑張ろう、樹里ちゃん」
「じゃあ、そろそろ食べよっか」

 私達が座る席の机上には、フルーツがふんだんに乗ったパフェがふたつ並んでいる。一応、私の手作りだ。プロが作るような美しく見映えの良いものではないけれど、悪くはない……はずだ。

「――美味しい!」
「良かった〜、あんずの口に合わなかったらどうしようかと思った」
「……もしかして、樹里ちゃんの手作り?」
「うん。あんずほどじょうずには出来ないけどね」
「ううん! 色合いもバランスが良いし、喫茶店に出て来るパフェみたい」
「褒め過ぎだって、それならあんずの作るものは全部プロ級だよ」

 過剰に褒めているわけじゃなくて、あんずの技術に関しては本当にその通りで、私は単に事実を述べているだけだ。あんずはどうも褒められ慣れていないのか、頬を朱く染めてはにかんでいる。そんなところも可愛い、なんて思いながら私もパフェを口に運んでいると、こちらに駆けて来る足音が聞こえた。

「あんず〜! 樹里〜!」
「桃李くん!」

 あんずと私の傍にまで来れば、満面の笑みを浮かべてみせた桃李くんに、私たちもつられて笑みを零した。陽光に照らされて桃色の髪が輝いて見えて、本当にこの世に天使は実在するのだと思わされるくらい美しく見える。

「鼻の下が伸びてますよ、樹里さん」
「ひっ!!」

 ご主人様がこの場にいるということは、当然従者も傍にいる。尤も、気配を消しているのか何なのか、今の今まで気付かなかったけれど。私が抜けているのかと思ったけれど、あんずもびっくりしているから、私に落ち度はないだろう。

「おや、お二人で仲良くお茶会ですか?」
「うん。弓弦くん、このパフェ樹里ちゃんが作ってくれたんだ」
「ほう、わたくしにこのような労いをしてくださった事は一度もありませんが……」

 興味深そうにあんずと私のパフェを見遣って、微妙に棘のある台詞を吐くものだから、私もつい不機嫌になってしまった。

「あのさ、弓弦――っと、伏見。いい? アイドルとプロデューサーは立場が全然違うから。一部のアイドルに対してだけ労うなんて、特別扱いになっちゃうでしょ。極力皆に対して平等に接しないといけないんだから」
「あんずさんだけを労うのは特別扱いにはならないのですか?」
「プロデュース科は私達たった二人だけだからいいの。ていうか、私の名誉のためにこれだけは言わせてもらうけど、絶対鼻の下伸ばしてなんかないから! ね、あんず?」

 弓弦を一瞥した後あんずに向き直って訊ねると、あんずはこくこくと頷いてみせた。

「あんずさん、気を遣われなくても結構ですよ。樹里さんは可愛らしい後輩を見るとすぐにデレデレしますから……」
「弓弦くん、あんまり樹里ちゃんを苛めたら駄目だよ」
「おや、苛めるとは聞き捨てなりませんね。わたくしは事実を述べているだけなのですが」

 まるで子供を叱るように諭すあんずに、対抗する弓弦。とはいえ、弓弦の顔には笑みが零れていて、単なる冗談で言っているのが見て取れた。

「ったく、夏休みも相変わらずだな……ていうかおまえら、ボクが生徒会の仕事に明け暮れている間に仲良くパフェなんか食べてたのか〜!」
「え!? あ、ごめん!」

 桃李くんが私たちのパフェを見て、愛らしい顔を怒りの形相に変える。その迫力に圧された私は、反射的に謝罪の言葉が口をついた。すると、その様子を見ていた弓弦とあんずがそれぞれ声を上げる。

「樹里さん、プロデューサーたるもの、安易に謝らないでくださいまし。坊ちゃまを甘やかしているからそういう反応をしてしまうんですよ」
「あの、樹里ちゃん! 一緒に桃李くんのパフェを作ろう!」
「は? あの、あんずさん。何を仰られているのですか?」

 非難の目を私へ向けて来る弓弦とは正反対に、嬉しそうに挙手するあんず。一体私はどうしたらいいのか……と途方に暮れかけた時、誰もを頷かせる女神の声が響く。

「まあまあ、弓弦くん。桃李くんも頑張ってるし、たまにはご褒美でパフェをご馳走するくらい良いと思う。私、樹里ちゃんと一緒にパフェ作って来るね」
「やった〜!!」

 有無を言わさないあんずの言葉に、桃李くんの嬉しそうな声が上がった。弓弦はやれやれ、と呆れ顔で溜息を吐きつつも、これ以上制止はしないようだ。
 私はあんずに手を引かれて、食べかけのパフェもそのままに、食堂へと向かったのだった。





「ありがと、あんず。伏見に勝てるのは、この学院にはあんずしかいなさそう」
「そんな事ないよ。それに弓弦くん、樹里ちゃんが可愛くてつい苛めちゃうんだと思う」
「いや、対等に見てくれてたら、あんずに対してみたいに普通に接してくれると思うけどね……」

 私達以外誰もいない食堂にて。あんずはフルーツを切り分け、そして私は生クリームを泡立てつつ雑談をしていた。私が弓弦への愚痴を吐いていると、あんずは少し押し黙った後、タイミングを見計らうかのように辺りを見回して、誰もいないことを改めて確認すれば、ぽつりと呟いた。

「樹里ちゃん、ごめんね」
「え? 何が?」
「プロデューサーが一部のアイドルを特別扱いしたらいけない、っていう話をしていた矢先に、こうして桃李くんのためにパフェを作ることになっちゃって」
「いや、これは不可抗力っていうか……こうしないとあの場は収まらなかったじゃん? 逆にあんずにお礼を言いたいくらいだけど」
「でも、樹里ちゃんの意思とは逆のことを強いてしまったから」

 別に自分から率先して相手に尽くしているわけではないし、今回は話の流れからいって致し方ないと思うのだけれど、あんずは何かが引っ掛かっているようだ。
 私はあんずを傷付けたり、あんずに対して意見を押し付ける気は全くもって無い。むしろあんずからは学ぶことばかりだ。私からあんずに何らかの意思を押し付けて萎縮させるなんて有り得ない。
 けれど、私にその自覚がないだけで、現にあんずを萎縮させてしまっている気がする。

「……ええと、私はあんずに自分の意思を押し付けたことは一度もないと思ってるんだけど……もし、そう思わせてしまったなら、ごめん」
「ううん! そういう意味じゃなくて……」
「『一部のアイドルを特別扱いしたら駄目』なんて、口では何とでも言えるけど、実際はそんなこと出来るわけないじゃん? 現に私だって全然出来てないし」
「あ……」

 そう、所詮は口だけだ。ご立派なことを言っているように見えるかもしれないが、私自身、『fine』の皆や生徒会の人たちへの恩がある以上、どうしても彼らの肩を持ってしまうことが多い。

「一応、大義名分としてそういう気持ちでありたいっていうだけで、実際は特別に思う人たちがいたって別にいいと思うんだ」
「樹里ちゃん……」
「私にとっては『fine』がそうだし、あんずにとっては『Trickstar』がそうだよね?」
「……!」

 あんずは手を止めて、大きな目を更に見開いて私を見つめた。
 やっぱり、私が失言をしてしまっていたんだ。
 決してあんずを傷付けるつもりで言ったわけじゃなくて、自分に言い聞かせるように言っただけだ。けれど、あんずは私と同じプロデューサーなのだ。私が私自身に言い聞かせた言葉は、あんずへ言っているのと同じだ。

「転入したばかりで右も左も分からない時に助けてくれた人達は、自分にとって恩人になるわけだから、そういう人達のことをずっと大切に思い続けるのは、間違ってないと思う。例え周りがに何を言われたとしても」

 さっきは朔間先輩は言い過ぎだ、なんて怒ってしまったけれど、今、こうして言葉にしてみて、朔間先輩がどうしてきつく言ったのか分かった気がする。
 時には心を鬼にしないと、ちゃんと相手に届かないこともある。
 プロデューサーだって人間だ。プログラミングされた機械のように平等にアイドル科の生徒と接することなんて、初めから不可能なのだ。ただ、なるべく平等に接するという心掛けが必要というだけで、絶対にそうしなければならない、と誰かに強制するのは違うと思う。

「樹里ちゃん、ありがとう」
「いや、私は何もしてないって。さっきの話に戻るけど、それこそ会長は私があんずに協力するかどうかテストしてたかもしれないよ? 私が会長の真意に気付けなかったとしたら、それこそプロデューサー失格だし」
「それは考え過ぎだよ、きっと樹里ちゃんに頼らずに自分で答えを見つけないといけなかったんだと思う」
「きっとあんずだけじゃなくて、誰が同じ立場でも答えは見つけられなかったんじゃないかなあ……」

 お互いにお互いを庇うものだから、堂々巡りになってしまって、ふとどちらともなく笑みが零れた。

「パフェ作り、再開しようか」
「うん! ……あ、弓弦くんの分はどうしよう」
「聞いてみよっか」

 スマートフォンを出して訊ねてみると、『お気遣いは不要です』と淡白な返事が返って来た。

「いらないって」
「そっか……弓弦くんだけに作らないのもなんだか申し訳ないね」
「ね、逆に全員分作るほうがこっちも気が楽なんだけど」
「桃李くんを甘やかすなって言った手前、自分も食べたいとは言えないのかも」
「そういう類の気は遣うのかな、あの男は……」

 あんずの言葉に同意できず、苦笑しながら適当に流して、再びパフェ作りを再開した。
 ともかく、あんずのもやもやが晴れてくれて良かった。大体、あんずは良い子すぎるのだ。私みたいに、口では『皆平等に』なんて大層ご立派なことを言っていても、心の中では『やっぱりfineは特別』なんてずるい事を思っていたって良いのだ。それを表に出さなければ良い話だ。
 まあ、私の場合は表に出さずともバレてしまっている気がしないでもないけれど、それこそ私がついさっき口にしたように『入学したばかりの頃に助けてくれた人達への恩を忘れずにいて、何が悪いのか』と開き直ってしまえばいい。

 あんずにとって『Trickstar』が特別な存在なのは、皆分かっていると思う。そして、その気持ちは決して周りに否定されることではないし、否定する権利は誰にもない。

 そもそも、Trickstarは夢ノ咲学院代表として『SS』に出場するのだから、特別扱いされるのはむしろ当然の流れだ。他の生徒でごちゃごちゃと言う奴がもしいたら、あんずに特別扱いされたいなら、Trickstarのように結果を出してみろと私が代わりに言ってやりたいくらいだ。

「あんず」
「ん?」
「他校は玲明だけじゃない。合同ライブはそのうちまたあるから、その時こそ皆で協力して頑張ろう! ちゃんと挽回すれば、会長や朔間先輩も見直してくれるはず」
「樹里ちゃん……ありがとう! 私、もう迷わない。Trickstarの皆と一緒に頑張る!」
「それに、私も手伝うから。私もさ、部外者だけどもやもやしてるんだ。何もできなかった自分にね」

 あんずが「そんなことない」と言おうとしたけれど、私は人差し指をあんずの口許に当ててそれを制止した。大体あんずは私に気を遣いすぎなのだ。私よりずっと結果を出しているのだから、寧ろどんどん意見して貰って構わないのに。まあ、優しい性格だから強く言えないのは分かっているけれど。
 だからこそ、私は受け身のままじゃ駄目だ。あんずを支え、あんずの心が折れそうになった時に寄り添い、肯定するために、もっと積極的にならなければ。
 私自身、もう同じことを繰り返さないために。

「あんずが嫌って言っても手伝うからね?」
「嫌なんて言うわけないよ! でも、樹里ちゃんも忙しいし……」
「私も後悔したくないんだ。『あの時ああすれば良かった』っていうのは、もう終わりにしたい」
「……分かった! 樹里ちゃんのこと、頼りにさせて貰う!」

 私たちは今までお互いに遠慮し過ぎていたのだ。分かっていたはずなのに、どうしても見えない壁があった。
 でも、私ももうあんずの悲しい顔は見たくない。誰しも時には落ち込むことだってあるけれど、女神には心からの笑顔でいて欲しいのは、私も、きっと他の皆も同じだと思うから。

2019/08/11


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