狂気の棲み処


 ファウンデーション、ユーラシア、コンパスによる、ミケール捕縛作戦当日。クラウディアはモビルスーツに搭乗し発進したブラックナイツの仲間たちを見送った後、自らも搭乗し、指示が出るまで待機していた。尤も、指示が来るのは確定事項であり、ただ予定通りにその時が来るのを淡々と待つのみであった。

『クラウディア、アタシたちが楽しんでる間、お留守番よろしくねぇ〜』
『了解、リデル。時間が来たら合流するね』

 脳内に届いたリデラードの軽口に苦笑交じりで返せば、クラウディアは宮殿の司令部にいるオルフェとイングリットに意識を飛ばした。

『クラウディア・フォルトナー、いつでも発進可能です』
『承知した。イレギュラーがあれば、シュラに指示を仰ぐように。いいね?』
『わかった』

 オルフェの言葉に頷けば、クラウディアはコクピット内で戦況を把握しながら、予定時刻の到来を待った。
 コンパス陣営のモビルスーツが、軍事緩衝地帯のエルドア地区に近付いていくのを確認する。ルナマリア・ホークの専用機ゲルググは待機のようで、クラウディアは少しだけ彼女に仲間意識を覚えてしまった。

 合同作戦とはいえ、ファウンデーションを信用出来ないユーラシアの希望により、軍事行動を行うのはコンパス陣営のみである。ブラックナイツはあくまで一般市民の避難誘導を行う体で軍事境界線上に配置されており、クラウディアはイレギュラー時の予備人員である。
 それが、『表向き』の作戦であった。

 ユーラシアの強い要望により、あくまで軍事作戦はエルドア地区のみで行われる。いかなる理由でも軍事境界線を越えることがあれば侵略行為と見做すと、ユーラシアはファウンデーション、コンパス両方に釘を刺していた。コンパスにのみ軍事行動を許可したとはいえ、それでも完全に信用していないのは明白であった。
 何かおかしな行動を起こせば、直ちに宣戦布告する――ユーラシアの将校は敵意を露わにしており、女王アウラやオルフェ、イングリット、そしてラクス・クラインも同席する司令部には、既に緊張感が漂っていた。

 そして、ついに作戦が開始された。
 エルドア地区の砦跡を拠点にしているミケールを捕縛するため、アークエンジェルよりムウ・ラ・フラガ率いるムラサメ隊が出撃する。ブルーコスモスも即座に察知したのか、すぐさま対空ミサイルが放たれるも、ムラサメ隊によって撃ち落とされ、被害は食い止められた。

 ファウンデーション軍は市民の避難誘導を行いながら、ブルーコスモスが逃亡しないよう国境の守りを固めており、ユーラシア軍も軍事緩衝地帯で待機している。
 ムウと共に、シン・アスカ、アグネス・ギーベンラート、アークエンジェルのヒルダ・ハーケンの三名も、続々と現れるブルーコスモスのモビルスーツ隊を相手に戦闘を開始した。
 その間、キラ・ヤマトが敵の攻撃を潜り抜け、指揮所にいるミケールを抑えるという作戦――この時点では、この作戦は『誰にとっても』恙なく進んでいた。

 だが、ブルーコスモスによって寄せ集めのパーツで作られた『デストロイ』が突如現れてから、戦況は不穏と化した。
 デストロイは巨大なビームを放ち、森を突き抜けてエルドアの市街地に攻撃が炸裂した。着弾地点は瞬く間に炎に包まれる。

「下がれ!」

 キラは咄嗟にムラサメ隊に命令したが、デストロイから二発目のビームが発射され、回避出来なかったモビルスーツが攻撃を喰らい落下する。

「まだあんなもんを!」

 市街地が燃え盛る中、シンはコクピット内で怒りの声を上げる。
 だが、この惨劇はまだ序章に過ぎなかった。



 当然、着弾地付近にいた民衆はパニックに陥った。市街地から逃げ出し国境に押し寄せる民を、ファウンデーション軍が冷静に避難誘導する。だが、数多もの民衆が押し寄せ、まさに混乱の最中にあった。
 その様子を、シュラは『ブラックナイトスコード シヴァ』の中から見下ろしながら、ただ静かに待機していた。民衆を助けるのはあくまで表向きの説明であり、ブラックナイツの真の作戦は別にあるからだ。

 シュラのコクピット内のモニターに、特徴的なリュックを背負った避難民の姿が捉えられる。それを拡大して解析すると、リュックの中では赤い光が点滅していた。その点滅は徐々に早くなり、そして。

「――ああっ!」

 シュラが叫ぶと同時に、避難民が背負っていたリュックが爆発した。同じリュックを背負った者が他にも複数いて、ファウンデーション軍を巻き込んで次々と爆発していく。
 辺りは瞬く間に爆炎に包まれ、民間人や軍人はおろか、戦車までも吹き飛ばされる。
 シュラは司令部に届くよう、わざとらしく驚いてみせたものの、これも真の作戦の一環であった。

 この爆発は他の市街地でも起こっており、ブルーコスモスと戦闘中のシンやヒルダも、遅れて状況を理解した。

「なんだ!?」
「あいつら、市民を!」

 ミケール捕縛作戦と全く関係のない場所で次々と起こる爆発が、民間人が背負うリュックから起こっていることをモニターで把握し、ヒルダが怒りの声を上げるも、彼らも既に真の作戦に巻き込まれ始めていた。



 その頃、宮殿の司令部では、状況を理解したオルフェが立ち上がり、憤った。

「なんと卑劣な!」

 モニターを見つめるラクスは、あまりにも非道なやり方に愕然としていた。ブルーコスモスが一般市民に爆弾の入ったリュックを無理矢理背負わせ、強引に下ろそうとすれば爆発するように仕組まれていると考えれば、辻褄は合う。そうとしか考えられない事態であった。

『車両および歩兵部隊は下がれ!』

 オルフェたちの元にも、現地で爆発を逃れたファウンデーション軍に命令するシュラの声が届く。オルフェは即座にシュラ、およびブラックナイツの面々へ指示を出した。

「エルドア市街地の負傷者を、至急救助させよ!」
「了解」

 シュラの返答と同時に、オルフェは厳しい顔付きでユーラシア将校へと顔を向けた。

「よろしいですね?」
「……止むを得ん。エルドア地区に限り、救助活動を許可する」

 本来ファウンデーション軍は、ユーラシアの希望によりエルドアへの立ち入りは認められていなかったが、この惨状を目の当たりにして断るわけにはいかず、ユーラシア将校はオルフェの要望を受け入れた。
 そして、オルフェは間髪入れずに待機中の部下へと指示を出した。

「クラウディア、緊急事態だ。ブルーコスモスが市街地を爆撃している。直ちにエルドア地区へ向かい、人命救助を」
『……了解。善処を尽くします』

 通信で届いた困惑混じりの少女の声に、ラクスは更に胸を痛めた。争いが起きなければ、まだ若い少女を戦場に繰り出すこともないというのに、どうして同じことが繰り返されるのか。無力な己に何が出来るのか――そんなラクスの悲痛な想いとは裏腹に、クラウディアはシュラたちへ声を出さずに語り掛けた。

『時間通りだね。指示が出たから今から皆のところに行く』
『了解。君はまず人命救助を優先し、司令部へのアピールを。合流については私から指示を出す』

 シュラはあくまでクラウディアには表向きの作戦内容で動いて貰うことを優先させた。司令部、というよりもラクスに己たちの真の作戦を知られないためにも、ひとりはそういった役回りが必要だと判断してのことである。
 ――汚れ仕事は、己たちだけで充分だ。
 シュラは仲間たちに告げる。

『作戦発動だ』

 漸く真の作戦が開始され、仲間たちは次々に声を上げた。

『ああ、任せとけ!』
『了解』
『皆殺しっ!』

 無論、この作戦の真意はクラウディアとて知るところではあるが、彼女を除いたブラックナイトスコードは、エルドアに向かって一気に発進したのだった。



 ブラックナイツの暗躍も知らぬまま、キラとシンはエルドア地区で戦闘を続け、漸くデストロイを破壊したところであった。これでやっとミケールが潜伏している砦跡へ乗り込むことが出来るようになり、作戦は継続される――はずだった。

 突如、キラとシンが搭乗するフリーダムとジャスティスの真上に、一機のブラックナイトスコード ルドラが現れる。
 それに乗るのは、ブラックナイツのグリフィン――表向きには民間人救助のためにエルドアに立ち入ることを許された立場である。
 だが、グリフィンは市街地など見向きもせず、キラの乗るフリーダムだけを見下ろす。そして、獲物を捕らえる獣の如くキラの精神へと干渉し、静かに呟いた。

「闇に堕ちろ、キラ・ヤマト――」

 一瞬のことであった。キラの乗るフリーダムは、突然ここから飛び去ってしまった。

「……隊長?」

 即座にシンが違和感を覚えて呟いた。ミケールはすぐ傍にいるというのに。シンはミケールが繰り出したであろうブルーコスモスの残党を倒しながら、見当違いの方向へ向かうキラに通信で声を掛けた。

「隊長、どうしたんですか?」
『ミケールを確保する! シン、援護を』
「……は? だって……え?」

 今シンが戦っているのはミケールの部隊に違いなく、目の前の砦跡にミケールがいるのは明白であった。だが、キラが嘘を言っているとも思えない。キラを信頼し切っているシンは、何か理由があるのかと思いつつも、困惑するばかりであった。

『奴が逃げる!』

 荒ぶるキラと呆然とするシンの間に、ムウが割って入る。

『どうしたキラ! 境界線に近付いてるぞ! 何してる!?』

 此度の作戦は、あくまでエルドア地区内でのみ行われていた。国境線を超えてユーラシア領に侵入することがあれば、侵略行為と見做す――それがユーラシア側の主張であり、それはこの作戦に参加する誰もが把握していることであった。にも関わらず、キラは境界線を越えようとしていた。
 グリフィンが繰り出した精神攻撃によって、存在しないミケールを認識して追い掛けているからだ。



 その頃、同じように前線で戦うアークエンジェル艦内でも、キラの異常な行動を察して混乱に陥っていた。

「ヤマト隊長機、一〇五チャーリーへ転進。ユーラシア領内へ向かっています」
「何ですって?」

 通信士の言葉に、アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアスは信じられないとばかりに声を上げた。だが、モニター上では間違いなくフリーダムが、エルドア地区からユーラシア国境へと向かっている。
 有り得ないことが起こっている。マリューは咄嗟にキラへ通信を繋いで声を掛けた。

「どうしたの!? キ……ヤマト隊長!」
『ミケールを発見。捕獲する!』

 マリューもシンやムウと同様、キラの言葉が信じられなかった。ミケールはエルドア地区の砦跡に潜伏しているのは周知の事実であり、アークエンジェル内でもミケールがモビルスーツに搭乗して逃走するような動きは確認出来ていない。コンパスだけでなく、ファウンデーション軍やユーラシア軍との戦いを避けて、国境線まで逃亡するなど、どう考えても不可能であった。

「フラガ大佐、状況を報告!」

 マリューは一体キラに何が起こったのかとムウに問い掛けたが、彼とてその答えは持ち合わせていなかった。



『警告! フリーダム、貴機はユーラシア連邦領域に接近しつつある。速やかに進路を変更せよ!』

 国境に配置されているユーラシア軍が警告を発する中、ファウンデーション宮殿内の司令部もパニックに陥っていた。

「何故ユーラシアに……?」

 キラの異常行動にオルフェが深刻な表情で呟くと、ユーラシア将校はラクスに向かって怒りを露わにした。

「どういうことだ、総裁!」

 当然、経緯を知る由もないラクスとて混乱していた。とにかくキラを止めなければ。それが出来るのは己しかいない。ラクスは一縷の望みに賭けて、通信でキラに訴えた。

「フリーダム! 直ちに引き返してください! キラ!」

 だが、現地にいるユーラシア軍の容赦ない命令が、通信越しに司令室に響く。

『警告射撃開始!』
「待ってください!」

 ラクスの叫びも虚しく、ユーラシア軍は一斉にキラの乗るフリーダムに向かって砲撃を浴びせた。キラはそれを易々と躱すも、彼の目にはユーラシア軍がミケール率いるブルーコスモスに見えていた。グリフィンの精神攻撃によって。

『隊長!』
『キラ、やめろ!』
『駄目よ、キラくん!』

 シン、ムウ、マリューが通信越しに叫んでキラを止めようとするも、キラの耳には届かなかった。

「終わらせる――ここで!」

 フリーダムは国境を守っていたユーラシア軍にビームを放ち、次々と墜としていく。
 それはどんな理由であれ、侵略行為以外のなにものでもなかった。

 宮殿の司令室でラクスが凍り付く中、ユーラシア将校が立ち上がって激昂した。

「これは明確な侵略行為だ!」

 針の筵と化した司令室内で、ラクスは悲痛な声で何度もキラに叫び続ける。

「キラ! キラ! 聞こえないのですか!?」
『ミケールだ! ここであいつを逃がすわけにはいかない!』

 キラから返って来た言葉は、ラクスにとっても信じ難いものであった。ミケールはここから離れたエルドアにいて、今キラが戦っている相手はユーラシア軍だ。どう考えても間違えるわけがないのに。
 愕然とするラクスをよそに、オルフェはユーラシア将校に必死で弁明していた。

「これは当方の意思ではない! ヤマト隊長の独断です!」
「初めからそのつもりでコンパスを引き込んだのだろう!? ならば、こちらも対抗手段を取る!」

 だが、ユーラシアにしてみれば、ファウンデーションは端から信用出来ない相手であり、コンパスならばとエルドア地区での戦いを許可したのだ。それがこの有様では、ファウンデーションとコンパスが裏で手を組んでいるとしか考えられなかった。
 もう話し合いは不可能だと判断し、オルフェはラクスへ険しい顔を向ける。オルフェが何を言いたいのか、ラクスとて分からないほど愚かではなかった。

「かくなる上は……姫」
「待ってください! 必ず訳があるはずです! ヤマト隊長は――」
「明らかにせん妄状態にあります。あるいは……反逆」
「有り得ません!!」
「残念ながら、現状はそう告げている」

 オルフェはそう言うと、戦況を映し出すモニターへと顔を向け、フリーダムを示す識別信号を指差した。今も攻撃を続け、ユーラシア軍が次々と爆破されていく様子が露わになる。
 呆然とするラクスに、オルフェは毅然とした態度で告げる。

「コンパスが事態を収拾出来ないなら、我らにお任せください。これまでの外交努力がすべて無に帰すのですよ! 人的被害が出てしまっては本末転倒……たったひとりの暴走によって!」

 このままでは、ファウンデーションとコンパスが侵略したと判断したユーラシア軍によって、復興しつつあるファウンデーション王国は報復を受け、多くの罪のない民衆が命を落とすことになる。
 それだけでは済まず、コンパスも同罪と見做されて、プラントも戦火に巻き込まれるのは時間の問題であった。

「……分かりました。止めてください……キラを……」

 すべてファウンデーションによって仕組まれた罠だと知らぬまま、ラクスは悲痛な声で呟いた。オルフェは改めて確認するように、はっきりと問い掛ける。

「ヤマト准将への攻撃を許可する、という意味ですね?」
「……はい」

 その言葉は、通信越しにキラのコクピットにも届いていた。グリフィンの精神攻撃が解けて正気に戻った瞬間という、最悪のタイミングで。
 ブラックナイツの作戦は、これからが本番であった。ラクス・クラインを同志として迎え、邪魔者をすべて排除する。そのためならば手段を選ばない一方的な殺戮が、間もなく始まろうとしていた。

2024/08/11

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