のたくる野火
苦しみにもがき、暴れるユルスたちをなんとか落ち着かせようとしたものの、こちらの呼び掛けに応じることはなく、今思えば何かに操られているかのようだった。
ウリエンジェが魔法で皆を眠らせてくれたお陰で混乱は収まったものの、彼曰く、魔導城からのエーテル放射によって、護符を持っていない帝国の人たちだけがテンパードと化したのだという。
これまでテンパードになった人たちを介抱したことはあっても、それに至るまでの瞬間を目の当たりにしたことはなかった。普通に喋っていた相手が突然こんなことになるなんて。想像が付かなかったわけではないけれど、実際に目の前で起こると、思っていた以上にショックだったし、自分の無力さを痛感させられた。
テンパードになったユルスたちは今、ア・ルン・センナをはじめとしたエオルゼアの魔導士たちによって治療中だ。私のように治癒の心得を持たない派遣団に、出来ることはない。唯一出来るのは、皆が無事目を覚ますのを願うくらいだ。
エーテル放射が起こるまでは賑やかだったキャンプも、今はもう閑散としている。治癒が出来ない仲間同士で、ストーブの前でぼうっとしていると、ふと背後に人の気配を感じた。
「ク・ラルカ。落ち込んでる?」
「……リセ!」
別行動だったとはいえ、物凄く離れた距離にいたわけではないというのに、久々に再会したような錯覚を覚えた。顔馴染みのリセの笑顔に、なんだか泣きそうになってしまった。
リセはそんな私の手を握れば、神妙な面持ちに代わって力強い視線を向けた。
「落ち込んでる暇はないよ。テロフォロイをこのままにしてはおけない……新たな被害が出る前に、皆で戦おう!」
ついにその時が来たのだと、息を飲んだ。
私たちはあくまで帝国民をテロフォロイの魔の手から保護するために、ここガレマルドに来た。けれど、テロフォロイを倒さない限り、同じ悲劇が繰り返される。テンパード化を解いた後も、心身ともに回復するまでに時間を要し、追い付かなくなる可能性だってある。
もしも帝国の人たちが、このまま死に至ったら。
やっと互いに歩み寄れたというのに、そんなこと、あってはならない。
もう私たちは対立する敵ではない。もう他人じゃない。少なくとも、ユルスをはじめとする、この地にいる皆は。
「……私も戦う。手遅れになる前に、ひとりでも多くの人を救いたい」
「ありがとう、ク・ラルカならそう言ってくれると思ってたよ」
「リセのお陰だよ」
互いに笑みを浮かべると、私たちは皆を集めて、早速作戦会議を始めた。
魔導城に乗り込むため、まずは『エンセラダス魔導工廠』を押さえる。陽動班がテンパードと交戦を始めたら、突入班が物資を送る列車に乗り込んで、いよいよ城内へと潜入する。
先陣を切って戦うのは『暁の血盟』だ。ゼノスやファダニエルと対等に戦えるのは、彼らしかいない。その間、私たちは道中でテンパードと化した帝国軍の人たちを、出来る限り救助する。
責任重大だ。でも、暁の血盟がいれば大丈夫だという安心感があった。
彼らのお陰でアラミゴは帝国から解放されたのだ。彼らに不可能なんてない。私はそう信じていた。
ピピンたちがエンセラダス魔導工廠へ向かった後、私はリセやアジムステップの皆と共に、フォルム・パーテンズで待機していた。北国の風が今はやけに冷たい。というのも、リセがアラミゴの民族衣装を纏うことを決め、私もそれに倣って防寒着を脱いだからだ。確かに、着込んでいたら身動きも取り難い。リセも私も魔法や遠距離攻撃の武器を使うわけじゃないから、とにかく動きやすいのが一番だ。
「ク・ラルカも解放戦争の時と同じ格好でいてくれて、心強いよ」
「リセだけに寒い格好させるわけにいかないし……っていうか、見てるだけで寒い!」
「大丈夫、動けばあったかくなるよ!」
私はきっちりと肌を覆っている装備だからまだ良いものの、リセは完全に薄着だ。
けれど、深紅の衣装はこの真っ白な雪原を溶かすかのように綺麗で、思わず見惚れてしまっていた。リセの美しさは、その強く優しい心から放たれるものなのだと感じていた。
「……やっぱりリセはかっこいいなぁ」
「なに、急に! ク・ラルカだってかっこいいよ」
「そうじゃなくて! 内から醸し出す芯の強さ、っていうか……」
褒め合い状態のなか、アジムステップのアウラ族、マグナイが私たちの間に割って入って来た。
「ならばこの場で一番美しいのは余輩であろう!」
「てめえは黙ってろっての!」
呆れ顔で窘めるサドゥの横で、シリナが苦笑を浮かべていると、ふと遠くから私たちの名を呼ぶ声が聞こえた。顔を向けると、アリゼーをはじめ、『暁の血盟』の皆がこちらに向かって歩を進めているのが目に入る。
「……いよいよだね」
そして、作戦はつつがなくスタートした。
作戦が上手くいき、『暁の血盟』がゼノスとファダニエルを倒せば、帝国の人たちが救われるだけでなく、世界中の『塔』も消えて、平和が訪れるだろう。
きっとこれが、最後のミッションだ。
すべてが上手くいけば、私はアラミゴに戻るだろうし、戦後処理は上に立つ人たちがやることだ。アラミゴはラウバーンがその任に当たるだろう。
この時の私は、そう思い込んでいた。作戦は上手くいく、あるいは今回テロフォロイを仕留め損ねたとて、彼らと戦う機会は何度でもあるのだと。
すべてが上手くいくと思い込んでいたのは、果たして傲慢だったのか。
暁の血盟の面々が最奥へと進めるよう、リセたちと共にテンパードと化した帝国軍の足止めをしたのも束の間。
あとは気を失った帝国兵たちを、かつて魔導城だったここ『バブイルの塔』の外へと運び出し、手当てをする――はずだった。
何が起こったのか分からなかった。
倒れていたひとりの帝国兵が目を覚まし、そして。
「ラルカ!! 危ない!!」
咄嗟にリセが私に覆い被さって、床に倒れた瞬間。
鼓膜が破れそうなほど、大きな爆発音が鳴り響いた。
敵襲だ。そう思った私はすぐさまリセに声を掛けた。
「リセ! 大丈夫!?」
「なんとかね。それより、一体なにが……」
リセと共に起き上がった瞬間、誰かが大声で叫んだ。
「こいつら、自爆しようとしてるぞ!!」
「俺たちを道連れにする気だ!」
リセの顔が一気に凍り付く。きっと私も同じ表情をしていたに違いない。
「どういうこと? またテンパードになったの……!?」
「考えるのは後だよ! 早く止めないと、手遅れになる……!」
とにかく自爆しようとしている兵士を力尽くで止めなければ、帝国の民はおろか、私たちまで無駄死にする。
リセの言う通り、何も考えずにただ拳を振るうことだけを考えて動いたけれど、頭の片隅に、暁の血盟がテロフォロイを取り逃したという可能性が浮かび上がっていた。
それも想定内のはずだった。
でも、テンパードになった人たちは、私たちを攻撃するものだとばかり思っていた。まさか敵を道連れにするために自爆するなんて、私には想像も付かなかったのだ。
暁の血盟の皆と合流して、バブイルの塔を脱出したものの、全員無事とは言い切れない状態だった。自爆によって命を落とした帝国兵や、それに巻き込まれた人も多くいて、治癒魔法では助けられない人もいるのは明白だった。
ひとまずエンセラダス魔導工廠まで戻り、これから帝国の人たちをキャンプ・ブロークングラスへ運ぼう――そう思っていたのだけれど。
「キャンプ・ブロークングラスはどうなっているのかしら」
アリゼーがぽつりと呟いて、まさか、と嫌な予感がした。キャンプを発つ前に、ユルスたちがテンパードになった時は、魔導城からのエーテル放射がきっかけだった。
帝国兵が自爆を命じられたであろうあの瞬間も、同じようにガレマルド全域にエーテル放射が行われたのだとしたら。
ただの考え過ぎだと思いたい。でも、もしそうだとしたら、いくらルキアやマキシマでも抑えられない。なにせ戦える面子はここバブイルの塔に集まっている。今キャンプにいるイルサバード派遣団より、受け入れている帝国人の数の方が多いのではないか。
「……まさか、ユルスたちも同じように?」
もしキャンプでも戦う術を持つ兵士が自爆を行おうとしたら。
真っ先に被害を受けるのは、戦えるルキアやマキシマよりも、力を持たない帝国の民だ。
私の言葉に、アリゼーは即座に頷いた。
「まずいわね、行きましょう!」
「私も行こう。治癒が必要になるだろうからね」
アルフィノも駆け付けて、取り急ぎ三人でキャンプ・ブロークングラスに戻ることにした。
そういえば、戻って来た『暁』の中に、エオルゼアの英雄の姿はなかった。
キャンプまでの道程を走る中、私はふたりに問い掛けた。
「ところで、あの人は……」
すぐに察したアリゼーが、簡潔に説明してくれた。
「月に向かったゼノスとファダニエルを追って行ったわ」
「月? あの?」
「そう」
きっぱりと言い切るアリゼーに、思わず空を見上げてしまった。遥か昔、空に浮かぶ月に行ける技術が存在したのは聞いたことがあるけれど、今はそう簡単に行けるものではないことも知っている。あの魔導城にはどんな技術が詰まっていたのかと考えていると、アルフィノが補足してくれた。
「『バブイルの塔』の最奥には、月への転移装置があったのだよ。私たちはテンパードとなった帝国の民を救うために残ったが……」
帝国軍が開発していたのか、またはファダニエルの手によるものなのか。どちらでもいい。問題はそこじゃない。
「あの人ひとりに世界の命運が懸かっているってわけか……」
きっと、初めからそう仕組まれていたのだ。敢えて帝国の民を犠牲にして皆を足止めし、エオルゼアの英雄が単身で月に乗り込むように。
こうなることは、暁の血盟の皆だって望んでいなかったはずだ。皆、あの人と共に戦いたかったに違いない。
「……アリゼー、アルフィノ。あの人が戻って来たら何もやることがないってくらい、私たちで乗り切ろうね!」
私ごときがこんなことを言うのはさすがに偉そうか、と思ったのだけれど、アリゼーもアルフィノも笑みを浮かべて、同意してくれた。
これ以上誰も死なせない。どうか皆、無事でありますように。そう願いながら、キャンプ・ブロークングラスに戻った私たちの目に飛び込んで来たのは、暴れ回る帝国兵たちの姿だった。
「貴公ら、良いところに!」
そう叫ぶルキアの声が聞こえ、私は一気に駆け出した。アルフィノもアリゼーも武器を構え、いつでも魔法を行使できる状態だ。
「ルキアさん! ご無事で!」
「ク・ラルカ殿! 戻って来て早々すまないが、大変なことになった」
「バブイルの塔でも同じことが起こって、私たちだけ急ぎ戻って来たんです」
ルキアと顔を見合わせて簡潔に状況説明すれば、もう、やることは決まっていた。
魔法を操れない私に出来ることは、申し訳ないが力尽くで帝国軍の動きを止めることだけだ。殺さないように、力加減をして。
「これが最後、こんなことはもう……!」
必死に自分自身に言い聞かせながら、このキャンプで一緒に過ごした、治療を受けていた帝国兵に拳を振るう。やっと手を取り合えたのに、またこんなことになるなんて。皆は操られていて、自分の意思じゃないことは分かっている。だからこそ、辛いのだ。
でも、今この瞬間を乗り切れば、もう誰もテンパードになることはない。ファダニエルの手によって蛮神『アニマ』にさせられたヴァリス帝は、暁によって倒された。だから、ここでテンパード化を解けば、もう二度とこんなことは起こらないのだ。
心を殺して、何人かの兵士を倒したものの、背後から気配を感じて咄嗟に避けた。
私を攻撃しようとした相手を見て、覚悟はしていたけど、少しだけ胸の奥が痛んだ。
ユルスが私に向かって銃剣を振り被っていたからだ。
「なんで……やっと分かり合えたと思ったのに……」
本人の意思じゃない。頭では分かっているのに、何故か心が付いていかない。
「……早く目を覚ましてよ! 馬鹿ッ!!」
もう体力も限界に近付きつつあって、私の攻撃が空振りする。もう駄目かも――そう思った瞬間。
「ク・ラルカ! 大丈夫かい!?」
ユルスの後ろでアルフィノが魔法を行使し、阿吽の呼吸でアリゼーも攻撃魔法を放つ。
ふたりの攻撃を受けて、ユルスは呆気なくその場に倒れた。
死んではいない。アルフィノもアリゼーも手加減はしっかりしているのは、魔法の知識がなくても分かっている。
「良かった……ありがと、ふたりとも――」
「ラルカ!?」
私の意識はそこで途切れた。アルフィノもアリゼーも、前線で戦って蛮神と対峙して、私よりずっと戦い続けているというのに、こんなところで倒れるなんて情けなさ過ぎる。
でも、これで漸くガレマルドに平和が訪れる。万が一エオルゼアの英雄が、テロフォロイを仕留められなかったとしても、チャンスはいくらでもある。アラミゴ解放戦争だって、容易にはいかなかったのだから。
そう思っていた私は、楽観主義ではないはずだ。私だけじゃなく、きっと皆も同じように思っていたに違いないからだ。
まさか蛮神ゾディアークと化したファダニエルを倒すことで、『終末』が訪れるよう仕向けられていたなど、誰も予測できなかったのだから。
2024/09/07
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