愚図る星たち

 アルフィノとアリゼー、そしてエオルゼアの英雄を見送ったものの、時間が経つにつれて不安は募る一方だった。
 そもそも、明らかに私たちに敵意を露わにしている相手の言うことを素直に聞いて本当に良かったのか。あの三人なら何が起こっても大丈夫だと思うけれど、もし帝国軍が一般市民を盾にして、私たちを攻撃するようなことがあったとしたら。
 ただ、そう考えているのは私だけではないらしい。ルキアが魔導城の偵察に行っているサンクレッドたちに即座に連絡を取り、既に彼らを尾行しているのだという。グ・ラハ・ティアの魔法『バニシュ』によって姿を消すことが出来ると聞いて、本当に暁の血盟はとんでもない人たちが揃っていると驚愕した。彼らがいるなら、私が心配する必要はないのかも知れない。そう思っていたのだけれど。

「ク・ラルカ殿、共有がある」
「ルキアさん! アリゼーたちの居場所が掴めたんですか?」
「ああ、そうなのだが……」

 いつも毅然としているルキアの歯切れが悪く、この時点で嫌な予感がした。

「まさか、何かトラブルが?」

 恐る恐る訊ねる私に、ルキアはなるべく動揺を露わにしないよう努めながら、神妙な面持ちで告げた。

「テルティウム駅にて、アルフィノ殿とアリゼー殿が人質に取られた」
「え!?」
「尾行を依頼したサンクレッド殿から、外そうとすると爆発する首輪を付けられていると連絡があった」

 あの三人なら大丈夫だと思っていた。それは私だけじゃなく、他の皆も同じだろう。
 きっと、アルフィノとアリゼーの優しさが利用されて、こんな事態に陥ったのだ。エオルゼアの英雄もこんな形で人質に取られたら、力任せに助け出すことも出来ない。
 今すぐ助けに行きたい。でも、私が行ったところで無意味どころか、かえってアルフィノとアリゼーの身を危険に晒してしまうだろう。
 あっさり見送ってしまった自分の無力さ、そして帝国軍への怒りに、つい拳を握り締めてしまった。倒すべき敵は私たちも帝国軍も同じはずなのに、どうして上手くいかないのか。
 そんな私の手に、ルキアが優しく触れる。まるで、武力では何も解決できないとでも言うように。

「ヤ・シュトラ殿やウリエンジェ殿の魔法があれば、民を傷付けずにふたりを救い出すことは可能だと考えている。だが……」

 いくら魔導城の偵察と言っても、今は緊急事態だ。アルフィノとアリゼーの命には代えられないだろう。でも、ルキアの口振りでは、すぐに動くつもりはないみたいだ。

「……まずは帝国の民の現状を知るべきだろう。英雄殿には暫く第I軍団の言うことに従うよう、サンクレッド殿に伝えて貰っている」

 結局のところ、私は何も分かっていなかった。何故自分がここにいるのかを。
 テロフォロイという共通の敵を倒すために手を組もう――そう考えているのは私たちだけで、向こうは突然国境を超えて来た私たちと協力するなんて御免だろう。
 この壁をなくさなければ、本当の意味で帝国の民を救うことにはならない。
 強引にアルフィノとアリゼーを助けるのは、きっと暁の血盟ならいつでも出来る。でも、今それをしてしまっては歩み寄りが一切出来なくなる。
 タイミングを見計らう必要がある。ルキアはそう言いたいのだ。

「……はあ、私、全然だめですね。頭に血が上って、今すぐにでもふたりを助けたいと思ってしまって……」
「そう思うのも無理はない。今はアルフィノ殿とアリゼー殿が一日も早く解放され、第I軍団の協力を得られることを祈ろう」
「そうですね! その間、私も出来ることをします」

 私の返答に、ルキアは優しく微笑むと、この場を後にした。他の皆にも現状を共有しに行くのだろう。
 今の私たちに出来ること。それは、治療を受けて正気を取り戻した帝国の人たちと交流すること、そして、皆が無事帰って来た時に安らげる場所を作ることだ。



 イシュガルドの機工士とリムサ・ロミンサの職人によってストーブが完成した時は、皆で心から喜んだ。室内だけでなく野外にも設置されて、やっと寒さに凍えず普通の生活が出来ると安心した。
 普通の生活――避難民の人たちは、今頃どうしているのだろう。あのユルスという男が盗みを働いたあたり、燃料が十分にあるとは考えられない。

「争ってる場合じゃないのにな……」

 ストーブの火を眺めながらぽつりと呟くと、ふと横に人の気配を感じた。振り向くと、イシュガルドの貴族が愛想の良い笑みを浮かべていた。確か、エマネランという名前だ。

「本当だよな〜、頭の固い軍人が考え直してくれれば、皆こうやってあったまれるのにな」
「うん……でも、向こうは私たちを追い出す気だよね。どうすれば交渉出来るのかな……エマネランはどう思う?」
「え!? オレのこと知ってるのか!? いや、参ったな……モテる男は辛いぜ」

 質問の答えはおろか、何故かエマネランは得意気に笑みを浮かべながら、私の背中に手を回そうとした。意図が分からなくてぼうっとしていると、身体に触れられるより先に誰かが突然乱入して来た。
 エマネランの手首を掴んで止めたのは、シカルドという名の海賊だった。賊と言っても、れっきとしたイルサバード派遣団の一員で、どうやら悪い人ではないらしい。ストーブを完成させた職人も、彼が連れてきた人たちだ。

「貴族様がこんなところで女漁りかよ」
「はぁ!? オレはただク・ラルカちゃんと今後のことを話し合おうと……」
「話し合うのに背中に手を回すバカが何処にいるんだよ! あぁ、ここに居たか」
「こんの海賊野郎……!!」

 突然始まったバトルに呆気に取られていると、このストーブを創ってくれた機工士と職人が声を掛けて来た。

「またやってるのか、あのふたり……」
「いつものことなんで、放っておいていいっすよ」

 呆れがちにそう告げる彼らに、どうやら本当で仲が悪いわけではなく、寧ろ『喧嘩するほど仲が良い』という関係なのだろうと判断し、エマネランとシカルドの喧嘩は放置することにした。

「そうなんだ……って、それより! ストーブが完成して本当に助かります、ありがとうございます!」
「これくらい朝飯前だ、存分に温まってくれよ」
「嬢ちゃん、アラミゴから来たんだろ? あそこに比べたらここの寒さは堪えるだろ」

 皆、私のことを知ってくれているし、私も皆のことを知っている。世界を救うというひとつの目的で、多くの国の人たちが集まって、一緒に暮らすなんて今でも不思議な気持ちだ。
 リセが掲げた共和制――特定の誰かが支配するのではなく、様々な種族が手を取り合って自分たちの住処を護っていく――それがもっと大きな規模で叶いつつあることが、私も本当に嬉しく感じている。
 どんなに年月がかかっても、ガレマール帝国ともそういう関係になれれば、戦争なんてなくなるのに。そんなことを考えていると、思わぬ人が声を掛けて来た。

「ク・ラルカ殿。あなたにも取り急ぎ報告を」
「マキシマさん! 何があったんですか?」

 ルキアから話を聞いた時と同様、悪い報せなのかと一瞬身構えてしまったけれど、今のマキシマからそんな雰囲気は感じ取れない。寧ろ、朗報のように思える。

「帝国軍がアラミゴに保護を申し出て来たとの事です」
「帝国が!?」
「第X軍団……多くの属州兵を抱えていた軍団です」

 マキシマのその言葉で、すべてを察した。属州兵を抱えて『いた』。過去形ということは、属州――アラミゴをはじめとする、帝国が支配していた国の人たちが反旗を翻し、統率が取れなくなったのだろう。

「じゃあ、第X軍団の人たちにここに来て貰ったら、第I軍団との交渉も出来るかも……」
「いえ、さすがにそれは現実的ではないでしょう。飛空艇でここまで来るにも日数がかかり、何より彼らも心身ともに疲弊しているはず……」
「うう……そうなると、第I軍団に話しても信じてくれなさそうですね」

 第X軍団がエオルゼアに降伏したと言ったところで、第I軍団の人たちは信じないだろう。リンクパールで声を聞かせることは可能だとしても、録音だ、なりすましだ、と難癖を付けられたら意味がない。真実だと証明することは残念ながら出来ない。
 けれど、マキシマは問題ないとばかりに、頼りがいのある笑みを浮かべてみせた。

「その点は問題ありません。第X軍団長から、第I軍団長あてに言伝を預かりました」
「言伝? でも、それだけじゃ……」
「恐らくは軍団長のみ把握している暗号のようなものかと思われます」

 マキシマの表情は明るい。つまり、元々帝国軍人だった彼にとっては、確証のある内容なのだろう。
 第I軍団長と話し合いの場を設けることさえ出来れば、停滞していた現状は一気に進展する。
 アルフィノとアリゼーが解放される日は近い。そう思うだけで、私の心は前向きになった。あとは、ふたりを助け出すタイミングを見計らうだけだ。

 あのユルスという男が、英雄を連れてキャンプ・ブロークングラスに戻って来たのは、それから間もなくのことだった。



「つまり、物資をすべて置いて、領外へと撤退すること……それが貴公らの要求だな?」

 ルキアがユルスの申し出を反復する。やっぱり向こうは話し合う気などさらさらないらしい。ただ見ていることしか出来ないのがもどかしい。でも、エマネランやシカルド、アジムステップの人たちもこの場にいる。『何か』があれば、応戦することは可能だ。勿論、そんなことは起こって欲しくないけれど。

「そうだ。撤退のときには、飛空艇をひとつ置いていけ。お前たちが去ったことを確認したら、アルフィノとアリゼーの首輪を外して、それに乗せる」

 ユルスは一方的にそう告げたけれど、本当にその通りにしてくれるかは分からない。このまま身柄を拘束し続けて、ふたりの故郷のシャーレアンを脅すことだって出来るのだから。
 ルキアはまだ頷く様子はない。そもそもこちらは第X軍団という切り札を持っているのだ、慎重に事を進めようとしているのだろう。
 そんな中、マキシマがリンクパールで誰かからの通信に応答した。
 このタイミングは、きっと『彼ら』だ。
 私の予感は的中し、マキシマはルキアに、というよりここにいる全員に聞こえる声で告げた。

「偵察隊が、アルフィノ殿とアリゼー殿を保護しました。首輪の解除にも成功したそうです」

 皆声には出さずとも、安堵と歓喜の表情を露わにしていた。

「これに伴う死傷者はなし。見張りも、全員眠らせただけで済みました」

 キャンプ・ブロークングラスの空気が一気に変わる。
 私たちは帝国軍の要求を呑まざるを得ない状況ではなくなった。漸く『話し合い』が出来る立場になったのだ。
 ルキアはユルスに向かって、きっぱりと言い放った。

「聞いた通りだ。貴公らと我々は、これでまた対等にテーブルにつける」

 果たしてユルスは承諾するのだろうか。そもそも盗みを働いたのも彼の独断ではないだろうし、アルフィノとアリゼーを人質にしたのも、きっと彼ではなく軍団長なのだろう。
 でも、私たちには切り札がある。
 ルキアは早速それを切り出した。

「その上で、改めて相談したいことがあるのだ。我々の元に届いた、ある情報について、クイントゥス殿も交えて話がしたい」
「……それは不可能だ」

 けれど、ユルスは軍団長に連絡することもなく、そう断言した。

「交渉が失敗した場合についても、既に指示は受けている」

 一瞬のことだった。突然、キャンプ・ブロークングラスを銃撃が襲う。

「強襲……ッ!?」

 辺りを見回すと、魔導アーマーと歩兵部隊がこちらに向かって銃弾を放ちながら掛けて来るのが見えた。

「こちらからも、来ます!」

 シリナがそう叫んで、私たちは完全に囲まれてしまったことを理解した。
 暁の血盟の賢人たちは、アルフィノとアリゼーの救出でテルティウム駅にいるから、ここに戻って来るまでにまだ時間を要する。
 いくらエオルゼアの英雄が戻って来たとはいえ、私たちだけでここを守り切らないといけない。更には相手を殺さず、誰ひとりとして犠牲者を出さないように。
 果たして、それが出来るのか。

「我ら、ガレマール帝国軍第I軍団……祖国の頂を護る者……」

 見れば、ユルスも柄に手を掛けてガンブレードを抜こうとしていた。
 この状況では話し合いなど無理だ。そう諦めて、私も手に力を込める。

「皇帝陛下亡き今も、この地は尊き帝都なれば……同胞戻り来るまで、身命尽きようとも、蛮族を排せよ!」

 自分の国を護りたいのは分かる。私だってそうだった。
 でも、死んだら意味がない。民がいなければ、国というものは成り立たない。民には軍人だって含まれる。ユルスだって、こんなことで死んでいい人間じゃないはずだ。
 私たちは殺し合いに来たわけじゃない。ただ、テロフォロイを倒して平和を手に入れたいだけだ。
 それなのに、どうしてこんなに上手くいかないのか。

「こんなところで死んでどうする! この、分からず屋ッ!!」

 苛立ちのあまり声を荒げてしまった瞬間。

「双方、待て……ッ!」

 刹那、突風が私たちの周りを襲う。それは決して誰かを傷付けるものではない、寧ろ『目を覚まさせる』魔法に思えた。

「話を聞けって言ってるんだ……馬鹿……!」

 魔法を放ったのはア・ルン・センナだった。
 どうやら戦闘を始めようとしていたのは私だけではないらしい。ルキアも、アジムステップの皆も、エマネランやシカルドも、皆各々武器を下ろし、平常心を取り戻した。
 ユルスはまだ警戒を解いていないけれど、冷静になったルキアが、ア・ルン・センナと頷き合えば、本題を口にした。

「先程、グランドカンパニー・エオルゼアより、緊急の連絡が入った。アラミゴに、第X軍団を中核とする一団が来訪。会談を希望して来たそうだ」

 その言葉は、ユルスだけでなく、キャンプを取り囲んでいる第I軍団の人たちにも届いているはずだ。

「曰く、彼らは帝都解放を目指して共闘を呼び掛けるも、第IV、第V、第VIII、第XII軍団とは交渉決裂……大半の軍団が独自路線を突き進み、交信すらままならぬ中で、第X軍団自体が属州兵の大量離反を許し、事実上、継戦能力を喪失……」

 ルキアの説明に、徐々にユルスの顔が曇っていく。
 帝国がエオルゼアに下るなど、帝都ガレマルドに生きる人たちには理解出来ないし、受け入れられないのだろう。
 でも、これが現実だ。
 アラミゴとドマは帝国の支配から解放されたし、他の属州も反乱の兆しを見せている。

 帝都で暮らす人たちは、外の世界を知らない。
 帝都の外で起こっている現実は、彼らの心を傷付けることになる。
 それでも、私たちにも譲れない意志がある。ルキアはまっすぐにユルスを見つめて、そんな現実を口にした。

「以て、グランドカンパニー・エオルゼアに、保護を申し入れて来たという」
「嘘だ、騙されるものか……ッ!」
「いいや、事実なのだ、ユルス殿。第X軍団長から、第I軍団長に宛てた伝言も預かっている」

 マキシマが、恐らく軍団長だけに分かる暗号のようなものだと言っていた言葉のことだ。

「『イルは立たず』と」

 ルキアがそう告げると、ユルスはその意味を知ってか知らずか、軍団長に通信で問い掛ける。

「……聞こえてましたか、クイントゥス様。俺たちは……どうすれば……」

 そう問うユルスは、まるで目的を失った旅人のように見えた。意味のない戦いを続けていたことに気付いた軍人、と称するのが正しいのだろうけど、それではあまりにも残酷だ。私ももし、アラミゴで解放軍として戦って来たのがすべて無駄に終わったとしたら、耐えられないのは想像に容易い。
 軍団長クイントゥスが、ユルスに何と告げたのか、私には分からなかった。

 正しさは時に人を深く傷付ける。それでも、私たちは前に進まなければならないのだ。

2024/07/20

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