嘆きの白

 初めて足を踏み入れた、どこまでも続く雪原の地。
 私たちアラミゴ人を長きに渡って虐げたガレマール帝国がどんな国なのか、私は知らなかったし、つい前までは知ろうとも思わなかった。
 そう思っている同胞が多いからこそ、イルサバード派遣団に参加する人は限られていたし、私もリセの頼みじゃなかったら、きっと今、ここにはいない。

 長い空の旅を終えた飛空艇から降り立った私を待っていたのは、凍てつくほどの冷たい空気だった。曇天から雪がしんしんと降り注ぎ、私の髪を徐々に濡らしていく。あっという間に体温を奪われてしまうような気がして、このままだと命を落とすんじゃないか、なんて恐れを抱いてしまった。まだ何もしていないのに。

「ク・ラルカ、大丈夫?」
「え!? う、うん」
「その割に顔色が良くないけど……」

 早速リセに心配されて、何しに来たのかと自責の念に駆られてしまった。けれど、思わぬ人が私を気遣ってくれた。

「無理もないわ。ク・ラルカもこの重苦しいエーテルに影響を受けているのよ。私と同じようにね」
「ヤ・シュトラさんもですか?」

 と言っても、ヤ・シュトラやア・ルン・センナといった魔法に長けた人たちがエーテルの違いを感じるのと、私が寒さに震えるのはまた別問題な気がする。というか、絶対そうだ。

「……いえ、私の場合はきっと、単に寒さに慣れていないだけです」
「そうかしら? あまり自分を過信しないようにね」

 リセとヤ・シュトラに心配を掛けまいと、なんとか笑みを作ったけれど、まるで私たちを拒絶するような冷たい風に、前途多難な予感を覚えずにはいられなかった。





 案の定、テンパードと化した帝国軍と戦う羽目になったけれど、幸いこちらは戦闘能力の高い面子が揃っていて、無事『死なない程度』に軍人たちを倒すことに成功した。
 私たちの一番の目的は、ガレマール帝国の民を救うことだ。暁の血盟の説明によると、テロフォロイの暗躍によって内戦が引き起こされたというのだから、戦う術を持たない民衆だけでなく、軍人も被害者と言える。私たちは侵略ではなく人道支援に来たのだから、相手が剣を向けたからといって殺してしまっては意味がない。

 ただ、正気に戻った帝国人が、果たして私たちを受け入れるだろうか。
 私たちは敵対するつもりがなくても、相手もそうとは限らない。
 そのために、生粋のガレアン人であるマキシマと、帝国からイシュガルドに亡命したルキアがいるのだけれど、すべてが上手くいくとは限らないと覚悟していた。
 後ろ向きに考えてしまうのは、芯から冷えるこの寒さのせいだろうか。あるいはヤ・シュトラの言う通り、エーテルの影響――これもテロフォロイによるものなのか、私には分からなかった。



 辿り着いた集落は、もぬけの殻だった。でも、ルキアやマキシマ曰く、この村はガレマルドの玄関口として栄えていたらしい。つまり、住民は皆テンパードになったか、あるいは何処か別の場所へ避難しているかのどちらかだ。
 そして、ア・ルン・センナの助言によって、私たちはこの集落を『キャンプ・ブロークングラス』と名付け、ここを拠点として生活することになった。まずはテンパードとなった帝国人の治療をしながら、サンクレッドをはじめとする手練れの面々でテロフォロイが棲む魔導城近辺を調査する。その間、アリゼーとアルフィノ、そしてエオルゼアの英雄の三人が、この近くに避難民がいないか探しに行くことになった。

 私はリセと一緒に魔導城の調査に行きたかったのだけれど、体調が悪いのではないかと思われて、キャンプに残るよう言われてしまった。でも、落ち込んではいられない。生活のために拠点の整備をするのも大切な仕事だ。飛空艇からここまでそれなりに距離もあるし、物資を運んでいたらいずれ身体も温まり、気持ちも前向きになるかも知れない。
 ガレマール帝国では青燐水が燃料として使われているものの、この村にある燃料は、いずれも凍結して使えない状態だった。技術者たちが復旧対応に当たっているけれど、もし辛うじて難を逃れている帝国の民がいたとしたら、不自由なく生活出来ているのだろうか。

 様々なことを考えるうちに、いずれ私たちは遅かれ早かれ壁にぶつかるのではないかと思い始めていた。

 世界統一を国是とし、他国への侵略を続けていたガレマール帝国が、いまやテロフォロイによって滅亡しかけている。そんな中、イルサバード派遣団――帝国人にしてみれば『エオルゼア同盟軍』という敵国の軍隊が押し寄せてきたら、それを人道支援だと思う人は、きっと少ないと思う。
 相手の立場になって考えてみたら、私たちは侵略行為だと思われてしまっても仕方のないことをしているのではないか。

 代理総督ゼノス・イェー・ガルヴァスが討たれ、アラミゴが帝国の支配から解放された後、一部の帝国軍人は私たちに申し訳ないことをしたと謝罪してくれた。
 でも、そうじゃない人もいた。寧ろ、罪悪感を抱く人のほうが稀有なのだ。
 ガレマール帝国から外に出たことのない民衆は、自分たちが正義だと信じて疑わないだろう。自分たちが、自分たちの国が正しく、帝国に歯向かう国はすべて敵なのだと。
 アラミゴだけじゃなく、ドマ、ボズヤ、ダルマスカ――帝国が多くの国を侵略し、私たちを苦しめたことなど、この国で暮らす民は知る由もないのだから。



 皆で協力して物資を運び終えて、一息吐いたのも束の間。
 まずは自分たちの生活のため、食料や防寒着などすぐに使うものを前に出そうと、仕分けのため保管場所に戻った私は、先客を目の当たりにした。誰かが同じことを考えて行動してくれたのだと嬉しく思って、声を掛けた。

「あの、手伝いますよ。ひとりじゃ大変――」

 私はどうやら随分と平和呆けしていたようだ。ここにいるのはイルサバード派遣団だけだと思っていたけれど、帝国人がどこかに潜んでいるであろうことは、先程の襲撃からも明らかだというのに。
 物資を持ち運ぼうとしていたその人は、私の声に振り返れば、再び背を向けてそのまま走り去ろうとした。
 ほんの一瞬でも分かった。
 目の前にいる青髪の男の額には、ガレアン族の証である宝石のようなものがあった。それに、腰にはガンブレードが携わっている。
 考えるまでもない。帝国軍人だ。

「ど、泥棒!!」

 咄嗟に大声で叫んでしまった。帝国人は保護すべきと頭では分かっているはずなのに、黙って物資を盗もうとしている姿を目撃してしまっては、そう反応せざるを得なかった。黙って尾行すれば良かったと気付いても後の祭りだ。
 男は物資をその場に投げ捨てれば、私に向かってガンブレードを向けた。
 アラミゴ解放戦争で何度も見た、帝国式のガンブレード。ボズヤの技術を奪い改悪したそれは、本物の在り方ではない忌々しい武器だ。

「ちょっと、どういうつもり? 泥棒どころか強盗?」
「黙れ、この蛮族が!」
「はあ!?」

 蛮族が蔑称だということくらい、私だって知っている。尤も、エオルゼアではどの種族も手を取り合って生きるべきだと皆考えを改めるようになり、かつて蛮族と見做した種族を『友好部族』と呼んで対等に同盟を結ぶようになった。一方、ガレマール帝国では他国の人間をまとめて蛮族と呼んでいる。
 分かってはいても、いざ自分がそう言われたら当然腹も立つ。エオルゼアで蛮族と呼ばれていた種族も、今の私と同じ怒りを抱いていたであろうと申し訳なく思うほどに。
 拳を握り、相手を『死なない程度』に動けなくしてやろうと思った瞬間。

「何事だ!」
「ク・ラルカさん! 大丈夫ですか!?」

 アジムステップから来たアウラ族、マグナイとシリナが私たちの傍に駆け付けて来た。更には彼らの仲間たちもやって来て、帝国軍人の男は舌打ちをした。
 皆が駆け付けて来てくれたお陰で、私もだいぶ頭が冷えて、握った拳を下ろした。マグナイが私を庇うように前に立って、男に向かって告げる。

「まずは武器を預からせて貰う。話を聞くのはその後だ」
「…………」

 さすがに多勢に無勢では勝ち目がないと諦めたのか、男は渋々ガンブレードをその場に投げ捨てた。アウラ族の仲間がそれを拾い、シリナが「ルキアさんとマキシマさんを呼んできます」と言ってすぐさまこの場を後にした。アジムステップの人たちの連携に感心するばかりだ。
 安堵した矢先に、視線を感じて顔を向けると、帝国軍人の男が私を忌々しそうに睨み付けていた。悪いのはそっちなのに、敵意を向けられる謂れはない。ここで挑発に乗っては負けだと、私は肩を竦めて目を逸らしたのだった。



 重苦しい空気の中、ルキアとマキシマ、それにキャンプ・ブロークングラスに残っていた暁の血盟の面々もやって来て、漸く話が進展しそうでほっとした。見れば、エオルゼアの英雄とアルフィノ、アリゼーもいる。避難民が見つかったかどうかはまだ分からないけれど、彼らが戻って来たことにただ安堵していた。彼らが何を見て、どんな思いをしたのかも知らずに。

「ガレアン……!? 恥知らずの売国奴め……!!」

 刹那、帝国軍人の男から飛び出した言葉に、私は面食らってしまった。
 その言葉はルキアとマキシマに向けられている。
 ガレアン族のふたりがいれば、帝国の民と上手くやっていけるのではないか――そう思っていた私がいかに甘かったか、早くも現実を突き付けられた。
 けれど、ルキアはこうなることも覚悟していたのか、軽く息を吐けば、毅然とした態度で男に言い放った。

「……ルキア・ユニウス。『イシュガルドの』神殿騎士だ。貴公は?」
「ユルス・ピル・ノルバヌス。それ以上、侵略者にくれてやる情報はない」
「では、ユルス殿。我々がここにいる目的は侵略ではないことを、まずご理解いただきたい」

 ルキアは決して挑発に乗らず、ユルスと名乗った軍人に淡々と事実を説明した。

「エオルゼアおよび東方諸国は、テロフォロイと名乗る者たちが招いた混乱と戦っている。ガレマルドの民も、同じだろう……。ゆえに、苦境に抗う同胞として、貴公らを支援しに来た。そのために結成された有志の派遣団なのだ」

 でも、相手は聞く耳を持たず、ただただルキアたちを睨み付けている。
 嫌な予感が的中してしまった。
 マキシマと同じ民衆派の人や、それこそ徴兵された属州兵ばかりであれば、人道支援は実にスムーズに進んだだろう。
 けれど、そうではない人のほうが圧倒的に多い。ガレマール帝国領では、私たちは彼らにとって侵略者に過ぎないのだ。

「……分かった。私たちを受け入れられないならそれでいい」

 ルキアは諦めの言葉を口にしたけれど、イシュガルドの教皇代行、アイメリクの右腕を務めるような御方は、相手の何倍も上手だった。

「ただ、ひとつ確認させてくれ。ちゃんと生きていく宛はあるのか? 憂国の軍人である貴公が、盗みを選んだほどだ。相当にひっ迫した事態だとお見受けする」

 図星を突かれたのか、ユルスは苦々しい顔付きで押し黙った。
 誰かの命令で盗みを働いたのか、あるいは仲間たちを助けるための行動だったのか。許されることではないとはいえ、そうしなければならないほど、帝国人の暮らしは追い詰められているのだと、ルキアの言葉で漸く気付いた。

「必要なものがあれば、伝えて欲しい。押し付けられたとでも、奪ってやったとでも思って貰って構わない」

 ルキアは譲歩するものの、相変わらずユルスは心を開く気配もなく、敵意を露わにしたままきっぱりと言い放った。

「お前達との関わり方を決めるのは俺じゃない。俺の上官だ。だから上官と直接話をして貰う。代表者を出せ。多くても三人までだ」

 あまりにも一方的な物言いで、とてもではないけれど交渉とは言い難い。とはいえ、ここで私たちが強気に出たら、それこそ侵略者と区別がつかなくなる。ルキアが譲歩を示したように、まずは相手の要求を呑んで信頼を得るしかないのだろうか。

 イルサバード派遣団の皆が困惑する中、真っ先に声を上げたのはアルフィノだった。

「よければ、私とアリゼーに行かせてくれないだろうか」
「あなたたち……」

 ヤ・シュトラにとっても想定外だったのか、その声には戸惑いが窺える。けれど、アルフィノの意思は固かった。

「ガレマルドの人々にとっては、命と未来を懸けた選択なんだ。私たちも、ちゃんと同じものを懸けよう」
「今度は『来ていい』って言ってくれてるわけでしょ? 願ったり叶ったりだわ」

 アリゼーもアルフィノの意見に完全同意のようだ。それにしても、アルフィノの言葉が引っ掛かる。命と未来を懸けた選択――言われてみればその通りなのだけれど、同じものを懸けるなんて、そんな言い回しが出て来ることに違和感を覚えた。
 避難民を探しに行った三人は、一体何を見たのだろう。何かがなければ、こんなことは言わないのではないか。
 けれど、エオルゼアの英雄もアルフィノとアリゼーに同調して、一緒に行くと宣言した。私が抱いた違和感の謎は解けないまま話はまとまり、ルキアは三人を送り出すことを認めた。

「貴公がそう言うのであれば、異論を唱えるのはやめよう。……くれぐれも、よろしく頼む」
「子どもふたりに、傭兵風情か。侮られたものだな」

 彼らが何を成し遂げて来たのか知らずにそんなことを宣うユルスに、ルキアがここに来て反論するように告げた。

「そちらこそ、侮らないでいただきたい。彼らは十分すぎるほど、我々を代表するに足る者たちだ」

 ユルスをはじめとする帝国の人たちに、今は理解されなくても。英雄をはじめとする『暁の血盟』、そしてイルサバード派遣団の皆の志を分かってくれる日はきっと来る。三人の勇気を目の当たりにし、私も前向きになり始めていた。
 帝国の人たちだって、テロフォロイを打ち破り、魔導城を取り戻したいはずだ。私たちがアラミゴ王宮に対してそう思ったように。

 かくして、ユルスに武器を返して四人を見送ったのだけれど、この後アルフィノとアリゼーに苦難が待ち受けていることを、私たちはまだ知らずにいた。

2024/07/13

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