是として生きる

 私の人生は、決して順風満帆とは言えなかった。

 物心がついた頃には、生まれ育った国は既によその国に占領されていて、支配下に置かれた私たちは、その日一日を生き延びるだけで精一杯だった。
 圧政を逃れようと、両親は幼い私を連れてこの国から逃げ出して、その果てに安全な土地へと流れ着いた。
 貧しくても、暴力を受けたり最悪殺される事のない生活は、私にとっては幸せだった。
 でも、年を重ね、外の世界を少しずつ知った私は、このままではいけないと思い始めた。

 成長した私は、自分たちがここ『エオルゼア』で暮らす人々にとって、難民である事を知った。
 私が生まれ育った国『アラミゴ』は、遥か北方の国、ガレマール帝国に占領され、属州と呼ばれて支配されていた。私はアラミゴという国が、本当はどんな国だったのかは知る事も出来ないし、両親も多くは語らなかった。
 そんなある日、興味本位でアラミゴ人の難民キャンプ――『リトルアラミゴ』を出て、外の世界に飛び出した私は、早速魔物の餌食になりかけたのだけれど、偶然通り掛かった冒険者に助けて貰い、そこから私の人生は大きく変わり始めた。

 冒険者の名は、イダ・ヘクスト。彼女もアラミゴ出身だと知った私は、これは運命の導きに違いないと信じた。
 それからの私は、イダのような冒険者になるためにリトルアラミゴを飛び出して、エオルゼア三国を駆け巡りながら鍛錬に励んだ。冒険者稼業で手に入れた報酬は、迷わずリトルアラミゴの皆に分け与えた。尤も、皆を養えるほどの額ではないけれど。

 私に影響を与えたイダが、やがて本名の『リセ』を名乗り、アラミゴ解放軍を率いてアラミゴを独立に導くなど、この時は夢にも思っていなかった。





「まさかク・ラルカがアタシに憧れて冒険者になったなんて、今でも信じられないよ」

 アラミゴをガレマール帝国から解放し、独立へと導いたリセは、『イダ』として初めて出会った時と何も変わっていない。自分がアラミゴの長になる事だって出来たのに、リセは共和制を訴えて、今は様々な種族が手を取り合ってアラミゴを守っている。

「本当運命の出会いだと思ったんだよ! イダ……リセに憧れて、リトルアラミゴを飛び出してからこんなにも人生が変わるなんて、私も今でも信じられない」
「そう言って貰えると、アタシも嬉しい」

 かくいう私はというと、両親に黙ってアラミゴ解放軍に加わって、なんとか生き延びて今に至る。ラールガーズリーチを拠点に、アラミゴの復興に全力を注いでいる。
 両親も馴染み深いこの地で暮らすほうが良いと思ったのだけれど、エオルゼアへ逃げて来たことを引け目に感じていて、まだアラミゴに戻る気はないみたいだ。自分で言うのもどうかと思うけれど、娘の私が解放軍として良い働きをしたのだから、別に責任を感じなくても良いのに。当時は、生き残るために必死だったのだから。

「……で、リセ。遊びに来たわけじゃないでしょ? 多忙の中わざわざ私に会いに来るなんて、頼み事があるとしか思えないし」
「あはは、お見通しか……でも、ク・ラルカに元気を分けて貰いたかったのもあるんだよ」

 リセは忙しい――というのも、この世界は今にも終末が訪れかねない状況だからだ。
 見上げた空は晴天とは程遠い。世界中に突如として出現した『塔』が禍々しい光を放っているのは、ここからでも肉眼で捉える事が出来る。
 なんでも、テロフォロイなる連中があの『塔』を用いて、大地のエーテルを吸い上げて、世界の終末を起こそうとしている……らしい。塔には『超える力』の加護がないとテンパードにされてしまうら、ただの人間に出来る事などないのが現状だ。せいぜい、終末が起こらない事を願うくらいだ。

「ク・ラルカ。皆でガレマルドに乗り込もう」

 想像の斜め上を行くリセの言葉に、私はさすがに耳を疑った。

「……え? 今なんて?」
「ガレマルドの人たちは、ゼノスとファダニエルにテンパードにされてる。『暁の血盟』や皆で乗り込んで、助けに行こう!」

 リセは前のめりになれば私の手を逃がさないばかりに掴む。これはもう、首を縦に振らないといけない雰囲気だ。

「勿論、断っても構わないけど……実際、なんで帝国の人間を助けないといけないんだ、って言う人も多いんだ」

 そう言って悲しそうな笑みを浮かべるリセを目の前にして、断れるわけがなかった。

「……いいけど」
「本当!? ううん、もっとじっくり考えたほうが……」
「いいけど、なんで私なの?」

 正直、私はアラミゴ解放に貢献したとは言い切れなかった。リセが不在の間はメ・ナーゴがリーダーを代行しているし、私は名もなき闘士のひとりに過ぎない。
 でも、リセは私の目をまっすぐ見てきっぱりと言った。

「ク・ラルカなら、過去の遺恨を乗り越えて、帝国の人に手を差し伸べる事が出来る……アタシはそう思うんだ」

 どうしてリセが私の事をそう評価しているのか、自分では分からない。
 でも、頼りにしてくれるなら。出来る事が限られている今、出来る事があるのなら。
 私もリセを真っ直ぐに見つめて、頷いた。

「……やってみる。でも、上手くいかないかもしれないからね」
「それは覚悟の上だよ。でも、やれるだけやってみよう!」

 アラミゴを帝国の支配から解放したリセが言うと、本当に出来てしまう気がする。
 テロフォロイなる存在から、帝国の人たちを救い出す。
 そう簡単に上手くはいかないと思いはするものの、リセが、『暁の血盟』が、あの『光の戦士』がいるのなら、本当に世界を救えると思いそうになる。
 ううん、皆そのつもりで帝国に乗り込むつもりなのだ。ひとりでも多くの人を救うため、そして、終末を止めるために。





 ついに出発の日、リセやラウバーン様に声を掛けられた同志たちと一緒に集合場所のアラミガン・クォーターを訪れた私は、見知った顔を見つけて思わず駆け寄った。

「マキシマさん! お久し振りです!」

 マキシマ・クォ・プリスクス――彼はれっきとしたガレマール帝国軍人だけれど、事情があってエオルゼアに亡命し、アラミゴに残る帝国人を支えながら、アラミゴ人との懸け橋になっている。私がリセの願いを受け入れたのも、例え敵国の人間であっても善良な人も多くいるのだと、マキシマと出会ったお陰で知る事が出来たからだ。

「おお、ク・ラルカ殿も同行されるとは心強いです」
「それはこちらの台詞ですよ! 私たちはガレマルドの事は何も分からないので……マキシマさんがいれば、道に迷う事もないですね」

 マキシマにしてみれば、今回の作戦は母国を救う事にもなる。ガレマール帝国内の地理をはじめ、何も知らない私たちにとって、マキシマの存在は本当に心強い。
 周囲を見回すと、力強い面子が集まっていた。エオルゼア三国のギルドの人たちや、イシュガルドの騎士たち、グリダニアからはア・ルン・センナ様も駆け付けている。更にはラノシアの海賊まで仲間に加わっているというのだから、『暁の血盟』が人を巻き込む力は計り知れない。
 でも、そうは思っていない仲間もいた。アラミゴ解放軍で共に戦った仲間のひとりが、私にこっそりと耳打ちする。

「なあ……思っていたより人数少なくないか?」
「仕方ないよ、自分たちの国を護る事が最優先なんだから。この作戦に人員を割いて、国の警備が薄くなったらまずいでしょ」
「だがなぁ……」

 仲間が言わんとする事は分かる。人員が少ないのは、他国よりも、寧ろ私たちアラミゴ解放軍のほうだ。
 なにせ最近までガレマール帝国から圧政を受けていたのだから、どうして自分たちが奴らを助けに行かないといけないのか、と反対する声も多かったし、実際リセもラウバーン様も苦労しただろう。
 だから、それを補填するだけの人員が、他の国から寄せられれば良かったのだけれど、そう上手くはいかないものだ。寧ろこれだけ集まっただけでも御の字だと思ったほうが気が楽だ。

 それに、私たちには誰よりも心強い味方が付いている。

「ラルカ! あなたも来てくれるのね!」

 背後から可愛らしい声が聞こえて、振り返ると馴染みのある顔が揃っていた。
 私に声を掛けたアリゼーをはじめとする、『暁の血盟』。勿論、エオルゼアの英雄も当たり前のように傍に佇んで、私に手を振っている。

「リセに頼まれたら断れなくてね」
「そう言って、頼まれなくても勝手に来たんじゃないの?」

 アリゼーは私の傍に来れば、からかうように腕をつついて来た。シャーレアンから来たアルフィノとアリゼーは、第七霊災を食い止めるために戦った亡きルイゾワ・ルヴェユール様の孫で、本来ならこんなに砕けた話し方が出来る相手ではない。けれど、アラミゴ解放戦争の時に出会った際、『様』は付けるなと固く言われて、それ以来友人のような接し方を続けている。

 折角だからと、仲間に断ってアリゼーを連れて少し離れた場所まで移動して、気になっていた事をこっそりと訊ねてみた。

「ところでさ、アレンヴァルドは大丈夫?」
「……肯定は出来ないわね。もう歩く事は出来ない、って」
「そんな……」

 先日、『暁の血盟』のアレンヴァルドが『塔』の調査に向かったのだけれど、蛮神に襲われて深い傷を負ったのだという。フォルドラが一緒にいたから、なんとか彼を連れて戻る事が出来たそうだ。
 命があるだけでもまだ良かったのだろう。
 でも、フォルドラは責任を感じているに違いない。
 アレンヴァルドがもう歩けない事もショックだし、フォルドラの事も心配だ。
 でも、アリゼーは私の不安を吹き飛ばすように、力強い笑みを浮かべて言った。

「そう落ち込んではいられないわよ。塔の事が詳しく分かったお陰で、『超える力』を持たなくてもテンパード化を防げる『護符』も編み出されたわ」

 暁の血盟がラザハンにある『塔』を消滅させた事は、私たちの耳にも入っていた。ラザハンの錬金術師によって編み出された『護符』は各地に配られて、それぞれの国が塔の消滅に向けて動き始めている。私が、自分には何が出来るのか考えている間に、世界は大きく動きつつあった。

「だから、私たちはアレンヴァルドの分も頑張らないとね」
「……うん。それに、フォルドラの分も」

 そうぽつりと呟くと、アリゼーは驚いたように目を見開けば、どういうわけか優しい笑みを浮かべてみせた。

「……私、何か変な事言った?」
「ううん。なんでリセが真っ先にラルカに声を掛けたか、なんとなく分かった気がして」
「ええ、なんで?」

 単に誘い易かったからではないかと思ったものの、私の疑問にアリゼーが答えるより先に、別方向から声を掛けられた。

「あなたがク・ラルカ殿か」

 振り返ると、そこには銀の鎧を纏った、凛々しい顔付きの美しい女性がいた。一目で、この人は強い――そう思わせる雰囲気を漂わせている。

「私はルキア・ユニウス。イシュガルドの神殿騎士を務めている」
「は、初めまして! よろしくお願いします……!」
「あなたの事はマキシマ殿から伺っている。そう畏まらず、気さくに接して貰えると有り難い。……そこにいるアリゼー殿のように」

 ルキアはアリゼーをちらりと見て微笑めば、一礼してその場を後にした。
 その後ろ姿すら美しい。私もこうなりたい、と無意識に思ってしまうほど、私はルキアに見惚れていた。

「……ラルカの趣味って分かりやすいわよね」
「え? だってかっこいいじゃん! ルキアさんって言うのかぁ……『様』って呼んだほうがいいのかな?」
「畏まるなって言ってたでしょ」

 アリゼーに呆れ顔で溜息を吐かれてしまったけれど、内緒話が終わったと思われたのか、『暁』の皆が私たちの傍にやって来た。

「アリゼーがク・ラルカに羨望の目を向けられるには、もう少し落ち着きを持ったほうが良いのではなくて?」
「どういう意味よ、ヤ・シュトラ。私はいつだって落ち着いてるわよ」

 ヤ・シュトラの発言に、アリゼーは納得いかないとばかりに頬を膨らませたけれど、正直ヤ・シュトラも私にとっては憧れの存在だ。別にアリゼーを軽んじているわけでは決してないのだけれど。年齢の問題――なんて言ったら今度はヤ・シュトラに怒られるから黙っておこう。

「お前か。アラミゴ解放戦争で大暴れしたって女は」
「え? あ、いや、それほどまでは……」

 突然声を掛けて来たエレゼン族の男は、私よりずっと背が高く、竜騎士の鎧を纏っている。初めて会ったけれど、この人がエスティニアンという人か。エオルゼアの英雄とアルフィノと共に、イシュガルドの竜詩戦争を終わらせた人だと聞いている。
 ただ、大暴れと言と語弊がある。偶々運良く生き残っただけの闘士に過ぎない私には勿体ない言葉だ。

「アラミゴで帝国人と上手くやっている仲間が一緒だと、オレたちも心強いよ」

 そんな言葉を掛けて来たのは、ミコッテ族の赤髪の青年だ。新顔だ。でも、どうやら私の事は他の人から聞かされているらしい。どう答えたら良いか咄嗟に言葉が出て来なくて黙っていると、間にアルフィノが入って補足してくれた。

「彼はグ・ラハ・ティアだ。かのクリスタルタワーを封印し、第一世界――鏡像世界を救った英雄のひとりだよ」
「第一世界……あ、あなたが噂の!」

 世界中に『塔』が生まれるより少し前、暁の血盟は『鏡像世界』なる、こことは似て非なるもうひとつの世界に渡り、結果的のこの原初世界の霊災を食い止めたのだという。

「そういう訳だ。俺たちでテロフォロイを倒し、終末を食い止めるぞ」
「我々だけではなく、『イルサバード派遣団』……あなたがたの協力が必要不可欠です」

 サンクレッドとウリエンジェも顔を出して、自信に満ち溢れた表情できっぱりとそう言った。
 この人たちと一緒なら、終末を食い止めるだけでなく、戦う術を持たないガレマール帝国の人たちを救う事も出来るに違いない。

 ふと、少し離れた場所にいるリセと目が合って、どちらともなく笑みを浮かべた。本来ならリセも『暁』の一員なのだけれど、アラミゴ独立後は国の復興のため、彼らとは距離を置いている。
 でも、アラミゴ解放戦争の時と同じように、またこうして集まる事が出来た。きっとあの時と同じように、今度はガレマール帝国を救う事が出来る。この時の私はそう信じていたし、帝国の人たちとも分かり合う事が出来る――そう信じて疑わなかった。

2024/06/02

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