Che finalone



「弓弦、最近樹里ちゃんとはどうなの?」
「どう、と言われましても、答えに困るのですが」

 七夕祭を控えたある日の放課後。忙しない日々が過ぎると共に、気付けば季節も夏へと変わり、授業が終わった後でも陽射しは日中のそれと変わらない程、昼が長くなっていた。そんな中、練習中に生徒会長が彼女の事を訊ねてくるものだから、少しだけ居心地の悪さを感じた。

「ねえ弓弦。樹里、まだ具合悪いの?」
「樹里さんはああ見えてあまり表に出しませんし、わたくしには判断できませんね」
「えっ、なんで? 同じクラスなんだから話せば分かるでしょ?」
「同じクラスというだけで、わたくしは保護者でも何でもありませんから」

 主の問いに対して至極当然の事を返したまでだったのだが、どうやら主はそうは思わなかったらしい。大きく愛らしい目を更に丸くして、ふと周囲に目を向けると、他の二人も同様に驚きを隠せない様子を露わにしていた。

「弓弦、樹里ちゃんと喧嘩でもした?」
「いいえ、特には」
「その割には随分と冷たいですねぇ〜? 憎まれ口を叩きながらも随分と世話を焼いていたというのに、執事さん、どういう風の吹き回しですか?」

 生徒会長の代わりに訊ねて来た日々樹渉の問いに、答える事が出来なかった。答えを持ち合わせていないからだ。どういう風も何も、それが当たり前の事だからである。寧ろ、今までが彼女に干渉し過ぎていたのだ。
 彼女は己を避けるようになった。
 倒れた数日後に学院に復帰した、あの日から。

 彼女が学院を休んでいる間に、一度でも見舞いで家に訪問でもすれば良かったのだろうか。
 だが、いくらクラスメイトとはいえ、突然異性が訪問するなど、彼女の両親が困惑するだろう。あらぬ誤解を招く恐れがあり、結果的に彼女に迷惑を掛けてしまうだろう。
 ならば、体調が回復して久々に登校して来た日の朝に、真っ先に彼女に話し掛ければ良かったのだろうか。
 しかしながら、久々に登校した彼女は、まるで転入したばかりの頃のような無理に作った笑みを張り付けていて、それを見た瞬間、ほんの一瞬だけ、戸惑ってしまったのだ。まるで時が春に戻ってしまったような錯覚を覚えて、いつもの様に気軽に声を掛ける事を躊躇った。
 そうしているうちに、他の男子生徒がわらわらと彼女の周りに集まり、心配や労いの言葉を掛ける。それは転入当初に物珍しさから彼女に構うのではなく、心から彼女を気遣っての行為に違いなかった。

 もう己の役割は終わったのだと察した。己はただのクラスメイトであり、それ以上でもそれ以下でもない。友人と称するのも些か意味が異なるだろう。いつも軽口を叩くような存在が、果たして彼女にとって友人と言えるのだろうか。少なくとも、彼女が欲していたのはそんな存在ではなかったに違いない。
 どうして今まで気付かなかったのか。彼女が無理をして倒れる前に、彼女にとって何でも気軽に話せるような存在になれるよう上手くシフトしていけば、こうなる事を未然に防げたのではないか。

 そこまで考えて、ふと、自分があまりにも踏み込み過ぎている事に気が付いて、一種の恐怖心を覚えた。己の心に対してだ。
 彼女はただのクラスメイトだというのに、一体己は彼女の何になろうとしているのか。

 己が彼女の一番の理解者でありたいと思っているなど、彼女にとって特別な存在でありたいと思っているなど、知らず知らずのうちにそんな独占欲を抱いていることなど、気付きたくなかった。
 己がそんな感情を抱いていた事を知り、消化するまでには葛藤があったが、一度受け容れてしまえばあとは反省するばかりであった。彼女も自分で再三言っている通り、アイドルとプロデューサーが深い関係になるなどあってはならない事だ。スーパーノヴァのあったあの夜の出来事は、あれは彼女の言う通りただの冗談で、お遊びで、本気ではない言葉を互いに言い合ったつもりであった。

 だが、生真面目にも程がある彼女が、冗談であんな事を言うだろうか。
 もしかしたら、彼女も己に対して特別な感情を抱いているのではないだろうか。
 だとしたら、ここ数日の彼女の体調不良には己にも責任がある。彼女の告白が冗談ではなく、ほんの一パーセントであっても本心が込められていたとしたなら。己が断らずに思わせぶりな態度を取った事で、彼女の情緒を不安定にさせ、体調不良を引き起こす結果に繋がった恐れがある。

 気付かなかったのではなく、気付かない振りをしていただけなのかも知れなかった。
 彼女の想い、そして、己が彼女に抱いている想いに。

 くすぶった思いを抱えたまま、日々は過ぎて行った。当然、お互いに話し合いが必要だとは思っていた。最低でも、己の言動が原因で彼女に迷惑を掛けたのであれば、それは誠実に詫びなければならない。だが、己の存在意義は主を支える事であり、大事なステージが控えている。個人的な理由で練習時間を割くわけにはいかず、また、彼女も彼女で教師や生徒会の目を盗んで、空手部の道場でこっそりと衣装作りをしている事も人の噂で耳に入り、話し合いは七夕祭が終わった後にすべきだと結論付けた。
 無理をして学院に居残りして、また倒れたらどうするのかと喝を入れたい気持ちにはなったが、彼女も居ても立っても居られなかったのだろう。本番まで日があったとはいえ、準備期間に穴を開けたことを悔いての行動である事は己にも理解できる。それに、だからこそ無理をしてまた倒れるという同じ過ちは起こさないであろうと確信していた。

 そうして、彼女との対話を先延ばしにしたまま、七夕祭当日を迎えた。





 七夕祭のステージは、予想外の事もあったが、ひとまずfineはValkyrieに辛勝する結果となった。決して彼らを侮っていたわけではないが、学院のトップを自称する以上、現状地下活動をメインとしているユニットに負ける事がもしあれば、己たちの評価が一夜にして地に落ちただろう。今回勝利したとはいえ僅差であり、DDD以来の悔しさを味わったと言っても過言ではなかった。

「はあ〜、勝ちはしたけどすっごく悔しいよ。何なんだよアイツ! わけわかんないステップ踏んで、あんなのアイドルの王道とかけ離れてるよ」
「Valkyrieは元々そういうコンセプトですからね。それより、あの程度で狼狽えていてはこの先やっていけませんよ、坊ちゃま」
「説教は後にしてよ〜! ボクだって不甲斐なかったって反省してるんだから」

 全てが終わりステージを降りた後、不平不満を零す主を諭しつつ、二人で敷地内を巡っていた。屋台のものを食べたいと主がごねたからなのだが、この時間では目ぼしいものはあまり残っていないだろう。とはいえ、今日ぐらいは主の我儘を聞いても良いだろうと折れる事にした。食べ物ひとつで主の機嫌が良くなるとは思わないが、少しぐらいは元気になって貰いたい。主には笑顔が一番似合うのだから。

 帰宅する来場客でごった返すなか、主の手を引いて歩いていると、意外な言葉が耳をついた。

「あーあ、樹里にカッコ悪いところ見せちゃったな」
「……そうでしょうか?」
「あいつ、突然司会で乱入して、ボクたちの事応援してくれたでしょ? それなのに、」
「樹里さんは仕事でなさっただけでしょう。そんな事をいちいち気にしていては前に進めませんよ」

 きっぱりとそう言い放つと、突然主の足が止まった。不思議に思って顔を覗き込めば、主も己の発言を疑問に思ったのか、目を大きく見開いてただただ己を見つめるばかりだった。

「坊ちゃま、どうかしましたか?」
「弓弦、おまえやっぱり樹里とケンカしただろ」
「してませんよ」
「じゃあおまえが一方的に樹里を避けてるって事?」

 主の問に、即答出来なかった。別に避けているわけではない。だが、話し合いを避けている事は事実だ。

「……七夕祭が終わった後に片を付けるつもりですので、御心配なく」
「もう終わったから避ける必要はないよね。じゃあ、今すぐ樹里に会いにいくぞ!」
「屋台の食べ物はよろしいのですか?」
「おまえたちがそうやってぎくしゃくしたままだったら、美味しいものも満足に味わえないでしょ」

 そう言ってはいるが、主は決して一部の人間が言うほど傍若無人ではない。飯が不味くなるというのは取って付けた理由であり、己と彼女の仲が拗れたらろくな事にはならないからこその助言である事はすぐに理解出来た。
 生徒会でも、クラスでも、彼女の役割は今となっては重要なものになっている。それを知りもせずに言いたい放題言う輩はいるが、彼女の努力や苦労を理解しようと歩み寄り、協力の姿勢を見せる生徒の方が圧倒的に多い。尤も、彼女の性格を考えれば、少しでもマイナスな意見が耳に入ったら落ち込みそうではあるが――

「弓弦? どうした?」

 どうして今まで気付かなかったのか。
 彼女が七夕祭の準備期間に穴を開けたことに対し、快く思わない生徒は、僅かであっても存在する。そして、その声がもし彼女の耳に入ったとしたら。
 また無理をするに違いない。教師や生徒会の目を盗んででも、強引に居残りして穴を開けた分の取り返しをするだろう。そして、その努力は彼女を悪く言う連中の目には入らない。
 これでは駄目だ。何の解決にもならない。万人に好かれるなど不可能な話だが、少なくとも、彼女のやっている事は正当に評価されるべきである。されないのであれば、知っている者が彼女を全力で肯定すべきだ。

 一番彼女に近いのは、一番傍で彼女の姿を見ていたのは、己だというのに。
 一体何の意地を張って、彼女と距離を置いていたのか。彼女が以前の頃に戻ったように錯覚したのであれば、あの時のように、強引に彼女に接触すれば良いだけの話だ。
 余計な感情に乱されて、そんな単純な事が見えていなかった。

「坊ちゃま。申し訳ありませんが、添加物の摂取は本日はなしにしましょう」
「やっと目が覚めた? 全く、しっかりしてよね!」

 漸く主に笑顔が戻ったのを確認し、その手を引いて人混みの中を走り出した。
 彼女に会って何をどう話すかなど、何も考えていなかった。けれど、気持ちは決まっている。言葉など自然と溢れてくるものだ。筋書き通りの台詞など、彼女には届かない。たまには、場当たり的な言動も悪くない。彼女なら、なんだかんだ言いながらもきっと受け止めてくれる。可愛らしい声で馬鹿だ馬鹿だと己を罵りながらも、最終的には笑顔を見せてくれる、いつものように。



「弓弦おまえ、樹里がどこにいるか分かる?」
「体調の事もありますし、もう帰宅している恐れがありますね」
「でもまだ帰ってないかもしれない! 急ぐぞ!」

 二人で息を切らしながら、校門の近くまで来ると、何やら生徒たちが言い争っている様子が見えた。近くまで行くと、それが生徒会の役員とTrickstarの面々である事が分かった。

「どうかしましたか? 何かトラブルでも?」
「あ! フッシ〜とヒメミン!」
「ふっし〜……?」

 明星スバルに妙な呼び方をされて一瞬思考が止まったが、代わりに主が問いを投げ掛けた。

「何揉めてるの? こっちは樹里を追い掛けないといけないんだから、勘弁してよね」
「二人共、ちょうどいいところに! こいつら、遠矢さんの短冊を見ようとして一歩も引かないんですよ!」

 主の問に答えたのは生徒会の役員だ。詳細は不明だが、確実に分かる事は、己たちが来る前に彼女がここにいたこと、そして今はここに居らず、つまり帰宅したという事だ。

「短冊? ああ、この笹の葉に樹里さんが短冊を飾ったという事ですか。それをどうしてTrickstarの面々が……」

 七夕祭を盛り上げる為に、学院のあちこちに笹の葉を飾っており、来場客も短冊に願い事を記し飾れるようにしていたのだが、彼女も一般客に紛れてこっそり願い事をするなんて、可愛いところもあるものだ。そこまでは分かるのだが、何故彼らがそれに介入しているのか。

「あの、別に疚しい事はないんだ。ただ、遠矢さん最近ずっと元気がないから、何か手掛かりが掴めないかなと思って」
「さすがにプライバシーの侵害だとは思うけど、最近の遠矢、前の遠矢に戻っちまったみたいで、見ててもどかしくてさ」

 遊木真と衣更真緒が、少し困った素振りで事情を説明する。やはり、彼女の様子がおかしいのはクラス委員長の衣更真緒も気付いていたか。彼女のプライバシーを害すと分かってはいつつも、他の二人に押し切られたような形だろうか。

「ていうか、フッシ〜はどうして樹里と話さなくなったわけ? いつも樹里がツンツンしてても、フッシ〜は気にせず話し掛けてたじゃん」
「それは……」
「やめろ明星。まだ伏見が原因と決まったわけではない」

 確信を付いた明星スバルに、氷鷹北斗が釘を刺す。だが、恐らく彼らの読み通りであろう。彼女の現状の原因は間違いなく己にあり、仮に違っていたとしても、ほんの僅かでも己に原因はあるだろう。ならば、この問題を解決するのは己であり、解決できるのは、己だけだ。

「恥ずかしながら、恐らく明星さまの読み通りです。色々ありまして、わたくしと樹里さん、少々ぎくしゃくしてしまっているのですけれど」
「やっぱり!」
「なので、樹里さんの短冊は責任を持ってわたくしが預かります」

 そう言い切ると、Trickstarの面々は一瞬驚きの表情を見せた後、すぐに頬を綻ばせた。

「やっぱりそうだよな。伏見が、っていうよりどっちも距離置いてる感じで、何かあったんだなって察してはいたけどさ」
「衣更さま、申し訳ありません。ただでさえ委員長と生徒会の仕事でご多忙だというのに……」
「いいって。本当の意味で遠矢を助けてやれるのは、多分おまえしかいない。多分……いや、絶対」

 そんな遣り取りをしている間に、呆気に取られている生徒会役員の隙をついて、氷鷹北斗が一枚の短冊を取り外した。

「ちょっ、駄目ですって! 遠矢さんにバレたらまずいですよ!」
「やはりこの短冊だったか」
「あっ、しまった」

 どうやら当てずっぽうだったらしい。その短冊の内容を見ることはせず、氷鷹北斗は己の傍まで駆け寄れば、すぐにそれを差し出した。

「これは遠矢の筆跡で合っているか? さすがにお前でも分からないか……」

 正直自信はなかった。男子でも女子のような筆跡をしている者もいる上に、ここは主に一般客が短冊を吊るすエリアなのだから、彼女のものではない可能性も当然ある。生徒会役員が勘違いしている可能性だってあるのだ。
 けれど――

「樹里さんの文字なら生徒会で腐る程見ておりますので、後でまた改めて検証してみますね。まあ、これが樹里さんのものでなかったとしても、なんとかしてみせますので、ご安心を」





 帰宅して、改めて短冊を見直した。これは彼女のものである、そう断定した。
 確証はない。ただ単にこれが彼女のものだと信じたいだけなのかも知れない。
 短冊に記された内容は、彼女自身が幸せになる為の願いではなく、彼女が好いている相手への願いだ。
 その相手が、己だと。そんな烏滸がましい事を、何の確証もなく信じたいだけなのかも知れない。
 確信ではなく、ただの願望だと笑われるかも知れない。
 それでも、一縷の望みに賭けてみよう。そう思えた。



「で、樹里はどんな願い事をしてたの?」
「それは樹里さんのプライバシーの侵害になるので、例え坊ちゃまでも言えませんね」
「はあ!? ボクが後押ししたんだろ〜! ボクにだって知る権利はある!」

 己の部屋で紅茶を嗜みつつ、主と言い合いをしていたのだが、さすがに主には本当の事を説明すべきであろう。短冊のことではなく、己が抱いている彼女への気持ちを。

「そうですね……では短冊に書かれたことを踏まえた上で、坊ちゃまにお伺いを立てたいのですが」
「な、なんだよ急に改まって」

 過去の主なら反対したり、あるいは怒ったり不貞腐れたりしたに違いない。けれども、主は変わった。夢ノ咲学院に入学し、今までの環境ではなかった様々な交友関係を構築していく事で、主の世界は広がった。そんな今の主なら、己の感情を否定しない。そんな気がしていた。

「わたくしが、樹里さんを一人の女性として好きになってしまったとしたら、坊ちゃまは、それを許してくださいますか?」

 今、己はどんな顔をしているのだろう。平常心を取り繕ってはいるが、正直、どんな言葉が返って来るか気が気ではなかった。
 主の顔色は変わらない。それが何を意味するのか。肯定なのか、それとも。

「……許すも何も、それを否定する権利はボクにはないよ。だって、弓弦はボクの執事で、奴隷で、犬だけど」
「奴隷でも犬でもないですね」
「それ以前に、弓弦はひとりの人間だ。弓弦が選んだ相手を否定する権利は、そもそもボクにはない。そこまでしたら人権侵害だ」
「あの、例え話なのですけれど」

 まさかそんな仰々しい答えが返って来るとは思わず、呆気に取られてしまったが、主の顔付きは真剣そのものであった。

「例え話じゃないだろ。お伺いを立てるって言ったのはおまえの方でしょ」
「……ですね」
「寧ろ相手が樹里なら万々歳だ。アイドルは恋愛禁止なんて風潮がまだあるけどさ、おまえなら上手くやるんだろ?」
「あの、実はまだそこまでは決めていないのですが」
「はあ!?」

 机上の紅茶が零れかねない勢いで、主はテーブルに手を付いて身を乗り出してきた。

「おまえアホか!? 付き合う気がないのに、樹里に好きだとか何とか言うつもりなの!? この〜バカ犬! 駄犬! アホ!」
「坊ちゃまの暴言に比べたら、樹里さんなんて『馬鹿』しかバリエーションがないので本当に可愛らしいものですね」
「どさくさに紛れてのろけるなよ」
「のろけではないですが……」

 主は大きな溜息を吐けば、どっと疲れたのか椅子の背凭れに身体を預けて、遠い目で空を見上げた。

「どうせ、おまえが思わせぶりな態度取って樹里を情緒不安定にさせてるんでしょ? そんな状態で『好きです。でも付き合うかどうかは考えてません』なんて、ますます樹里を傷付けるだけだ」
「ですが、アイドルとプロデューサーで交際するといっても、いわゆる普通の男女の交際が出来るとは思えないのですが」
「だから、それはとことん話し合って決めなよ。どうすれば今の二人にとってベストなのか」

 主は己が思っていた以上に大人であった。まさか己が諭される立場になるとは思ってもいなかった。お陰で、だいぶ心の整理が付いた。彼女に何をどう伝えたいのか、どうしたいのか、今後どうありたいのか。可能性は無限大に広がっている。

「……まあ、あんまり樹里にべったりされても、それはそれで寂しいけど……」
「ふふっ、やっぱり坊ちゃまはまだまだ子供ですね」
「はあ〜!? 馬鹿にするなら交際許可を撤回するぞ!」
「大丈夫ですよ、樹里さんなら逆に『桃李くんから伏見を奪わないようにしなきゃ』なんて、余計な気を回しそうですから」
「それはそれで困りものだな……」



 後はもう行動に移すだけだ。ここまで話を進めて、あの短冊が別人のものであったらとんだ恥を掻きそうだが、それはそれで笑い話にしてしまえばいい。ただ、彼女が己を好いているという仮定が自惚れではなく限りなく真実に近いと、不思議とそう思えるのだ。
 夜の遊園地での彼女の告白は、未だ己の耳に残っている。冗談である筈なのに、真実であって欲しいと願わずにはいられない。それはまるで、甘美な魔法のようだった。

2018/12/09


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