愛シキモノタチヘ III
 ヴァイスボルフ城を包囲していた聖ミカエル騎士団の進撃がついに始まり、リンネはリョウと共にいつでも出撃出来るよう準備を進めていた。レイラと入れ替わるように、アキトとアシュレイもナイトメア整備室に駆け付けて、ふたりは改良されたナイトメアフレーム――『アレクサンダ・リベルテ』と『アレクサンダ・レッドオーガ』を見上げた。目を輝かせるアシュレイとは対照的に、アキトはいつも通りの沈着冷静な様子である。
 だが、本来いるはずの仲間がいない事に気付いたアキトは、即座にここにいる皆に訊ねた。

「アヤノは?」

 仲間の不在に言及するなど、過去のアキトなら考えられなかった事である。それに答えたのはリンネであった。

「ユキヤと一緒にいる」
「……そうか」
「誰かがユキヤの傍にいないと」
「ああ、リンネの言う通りだ。俺たちだけで出るぞ」

 恐らくは、リンネが一番ユキヤの傍に寄り添いたいと思っているであろう事は、誰もが分かっていた。胸中は複雑であろうリンネに、アキトは優しい笑みを浮かべれば、ここにいる四人で戦場に出ると決めた。ドローンを活用したハメル隊もいるが、時間稼ぎが出来れば御の字というところであろう。
 絶望的な戦いだが、やらなくてはならない。
 アシュレイは、辛気臭い雰囲気を打破しようと、笑顔でリンネの背中を叩いてみせた。

「痛っ!」
「アヤノの出る幕がないくらい大暴れしてやろうぜ!」
「もう……言われなくてもそのつもり」

 アシュレイなりに己を元気付けようとしているのだと、リンネとて察していた。だからこそ、不躾な態度に怒ることもなく、苦笑を浮かべて頷いてみせた。
 だが、あまりにも馴れ馴れしいアシュレイの態度にリョウが割って入る。

「お前、気安くリンネに触ってんじゃねぇ!」
「ああ? てめぇはリンネの何なんだよ。恋人でもない癖によ」
「んなっ!? ……そ、そうだな。家族みたいなもんだ。な? リンネ」

 リョウは咄嗟にリンネに顔を向けて、はいと言えとばかりに圧を掛けた。無論、言われなくてもリンネはそう思っている。言うなれば、頼れる兄――そう返そうとした瞬間。

『wZERO部隊、迎撃準備!』

 整備室内にレイラの声が響く。聖ミカエル騎士団が城壁を越えて敷地内に侵入したという事だ。思っていたよりも早い突破にリンネは嫌な予感を覚えつつも、アキトに顔を向けた。
 アキトも三人それぞれに顔を向け、頷いた。

「行くぞ」

 そうして、四人は各々の専用機へ移動し、コックピット内へと入り、いつでも出撃出来るよう準備を進めた。
 リンネのアレクサンダ・ヴァリアントは遠距離攻撃特化に改良されている。尤も、敵の動きをシミュレートし確実に仕留めるのは、システム頼りというわけにはいかず、自身の技量も必要になる。
 ユキヤのような芸当が、リンネに出来るわけがない。それでも、やるしかなかった。

『へっ、俺様にこいつは丁度良さそうだぜ』
『なんでてめえが新型機なんだよ!』
『文句言うな』
『なんだと!』 

 コックピット内でも通信で言い争うリョウとアシュレイに、いつもなら止める立場のリンネであったが、この時ばかりは『いつも通り』の雰囲気にかえって安心していた。それはアキトも同じで、コックピットの中で密かに笑みを零した。



 事前に練った作戦では、ハメル隊が23区内まで敵をおびき寄せ、敷地内に入った瞬間、ワイヴァン隊が迎撃に出るという流れである。
 上手くいくと良いのだが――そう思っていたリンネであったが、聖ミカエル騎士団はまんまと罠に嵌ってくれた。
 アキトの合図と同時に、リンネたちの搭乗するアレクサンダ四機が、敵軍の前に立ちはだかった。

 まずは先頭に立ったアキトが動く。アレクサンダ・リベルテは光のような速さで敵機のサザーランドへ接近し、ブレードで次々と切り伏せていく。
 続いてリョウもチェーンガンを連射したが、敵の反撃が襲い掛かる。咄嗟にアシュレイの乗るアレクサンダ・レッドオーガがリョウの機体を跳ね飛ばして、両手剣で敵機を薙ぎ倒した。アシュレイ機はリンネとは対照的に、近接攻撃に特化している。

『アシュレイ・アシュラだ!! 俺と腕試ししたい奴は、出て来やがれ!!』

 聖ミカエル騎士団に向かってアシュレイが通信でそう吠えると、恐らくリーダー格と思わしき機体が前進し、部下のサザーランドもその後を追い掛ける。
 アシュレイの声を聞いて考えを改めてくれたら良かったのに、とリンネは溜息を吐いたが、躊躇ってはいられない。三人を援護するように、後続のサザーランドに向かってミサイルを放つ。ここまで来れば自信がないなどと言っている余裕もないためか、リンネは自分でも驚くほど冷静にシステムを理解し、見事に命中させていた。
 正直、アキト、リョウ、アシュレイの三人だけで片付けられるとは思うのだが、当然敵は彼らだけではない。
 一番厄介な相手は、まだ姿を現していない。
 リンネがそう思った瞬間。

『来た』

 アキトの声と同時に、リンネのコックピット内にアラートが鳴り響く。それはワイヴァン隊だけでなく、wZERO司令室も同様であった。

 リンネが目の前のモニタを見つめると、『それ』はすさまじい速度でこちらへと迫っていた。
 アキトの言う通り、これは『ヴェルキンゲトリクス』――シン・ヒュウガ・シャイングの機体に違いなかった。

 一瞬の事であった。
 リンネがその存在を目に留めるより先に、ヴェルキンゲトリクスは突然目の前に現れれば、アキトの搭乗するアレクサンダ・リベルテ目掛けて武器のアックスを振り上げた。
 咄嗟にアキトもブレードを掲げ、互いの刃がぶつかり合う。

『シャイング卿! お前卑怯すぎるぞ!』

 良くも悪くも空気を読まずに、アシュレイがふたりの間に割って入る。だが、シンはかつて斬り捨てた部下との再会に驚く事もなければ、逆に挑発するように言い放った。

『アシュレイか……ユーロピアのナイトメアを恵んで貰ったか』
『てめえ!』

 シンはそれ以上アシュレイに構う事はなく、それどころかワイヴァン隊などどうでもいいとばかりに、ヴェルキンゲトリクスを跳躍させて、ヴァイスボルフ城の奥へと進んで行った。

『しまった!』
『やべえぞ、アキト! 突破された!』

 リンネとリョウは咄嗟に叫んだ。シンの目的ははじめから己たちではなく、ヴァイスボルフ城の制圧である。司令室を襲撃されたら、何もかも終わりだ。

『シャイング卿!』

 即座にアシュレイがアレクサンダ・レッドオーガを走らせて、ヴェルキンゲトリクスの前まで回り込んだ。そして、攻撃を繰り出していく。
 だが、機体の差――というより、搭乗者の技量の差によって、アシュレイは徐々に押されていく。

『お前も殺してやる。黄泉の国で仲間が来るのを待ってろ。私からの餞別だ!』
『貴様!!』

 シンの言葉は、アシュラ隊の仲間たちも殺すという宣言に他ならない。シンに煽られて激昂するアシュレイに、リンネはシン以外の聖ミカエル騎士団を相手にしながら通信で声を上げた。

「アシュレイ! 挑発に乗らないで!」

 リョウもアシュレイを助けようと、咄嗟にヴェルキンゲトリクスに向かって銃弾を放つ。

『アシュレイ! 近付き過ぎだ!』

 リンネとリョウの言葉に正気を取り戻したアシュレイは、いったんヴェルキンゲトリクスから距離を取った。それと同時に、入れ替わるようにアキトのアレクサンダ・リベルテが突進する。

『兄さん! 戦う事に何の意味がある!?』
『この世界を滅ぼす事が、俺の目的だよ、アキト!』

 シンがそう叫ぶと、四脚だったヴェルキンゲトリクスが前足を上げ、二脚状態へと変形し、アキトに向かって更に猛攻を掛けた。

『死ね、アキト!! 世界を滅ぼして死ね!!』



 辛うじてシンを足止めは出来ているものの、聖ミカエル騎士団はこの23区にいる軍団がすべてではない。それ以外の地区から次々と城壁を越えて侵入している事を確認した司令部は、前線にいるリンネたちへと伝達する。

『第四防御作戦開始!』
「……皆! 18区へ退避!」

 司令部経由で作戦が次の段階へ移行した事を知り、リンネは戦闘中の三人へ通信で声を掛けた。皆の元にも伝達されているはずだが、アキトと補佐に回るリョウはともかく、アシュレイは伝達を聞く余裕はないだろう。
 そんな中、真っ先にアキトがリンネに返答する。

『リンネ、先に行け』
「分かった! 巻き込まれる前に早く来てね」
『了解した』

 シンから逃れるまでに時間を要するだろうと判断しての指示であった。リンネは即座に頷いて、攻撃を止めれば、18区を目指してアレクサンダを走らせた。
 道中、リンネはモニタでアキト、リョウ、アシュレイの三人が18区に向かっているのを確認し、安堵した。アキトに伝えたように、この先起こる事に『巻き込まれ』たら一溜まりもないからだ。

 刹那、先程まで戦闘を行っていた23区にて、すさまじい威力の爆発が起こった。
 あらかじめ中門に大量の爆薬が仕掛けられており、司令部の手によって、周辺にいた聖ミカエル騎士団ごと爆破させたのだ。恐らくは逃げる間もないまま巻き込まれ、その威力はヴァイスボルフ城を揺らすほどであった。

***

 その頃、城内の医務室にて。
 爆発の影響で室内が揺れた事で、今まで意識を失っていたユキヤが、漸く目を覚ました。

 当然、ユキヤはここが何処なのか、何が起こったのか知る由もなく、ただ辺りを見回した。身体には包帯が巻かれていて、痛みもある。そして自分が病衣を纏っている事に気付いて、ユキヤは意識を失う前の事を少しずつ思い出し始めた。

 方舟でヴァイスボルフ城周辺にいるユーロ・ブリタニア軍を殲滅し、指定の時間になったら方舟を捨てて皆の元に向かう――はずだった。
 ユキヤの記憶はそこで途切れている。
 今の自分の有様を見れば、想定外の事態が起こった事は想像に容易い。助かった事が奇跡とも言えよう。ある程度の察しは付くが、目の前の仲間に直接聞いたほうが早いだろう。
 ユキヤは己の傍で寝ている、仲間の少女に声を掛けた。

「……アヤノ……アヤノ」

 眠りに落ちていたアヤノは、ユキヤの声を聞くや否や飛び起きた。

「ユキヤ!?」
「ここは何処?」

 即座に訊ねるユキヤの言葉を無視して、アヤノは双眸に一気に涙を浮かべれば、ユキヤの身体に思い切り抱き付いた。

「ユキヤ! 良かった、ユキヤー!」
「い……痛い」
「ご、ごめん」

 どうやら手術は成功しても、痛みが消え失せたわけではないと分かり、アヤノは慌てて手を解いてユキヤから離れた。
 リンネがこの場にいたらさぞ色んな意味で怒られただろう、とアヤノは心の中で苦笑したが、そういえばリンネは何処にいるのだろう。
 皆が戦場に出ている事を知らないアヤノは、ユキヤが落ち着いたら、恐らくは自室にいるであろうリンネを連れて来ようと考えた。リンネには申し訳ないが、まずは目の前のユキヤに現状を説明してからだ。

「僕は……僕は、どのくらい寝ていた?」
「六日……今日で七日目だよ」
「そうか、七日経ったんだ……皆は……?」

 再びヴァイスボルフ城が大きく揺れ、ユキヤは目を見開いた。
 アヤノはここにいるのに、リンネはいない。今まで己の傍を離れなかったリンネがいないなど、ユキヤにとっては有り得ない事であった。

 ユキヤは己が『なんらかの失敗』をして、方舟で命を落としかけた事、そして助け出されて一命を取り留め、ヴァイスボルフ城へ帰還出来た事は把握した。
 リンネがこんな状態の己の傍から離れるとは考え難く、いくら信頼している仲間とはいえ、アヤノに全てを任せるなんて、ユキヤには考えられなかった。
 有り得ない事、考えられない事が起こっている。

 その理由は、ひとつしかない。
 今、このヴァイスボルフ城で、ユーロ・ブリタニア軍との戦闘が起こっているのだ。

 恐らくは、シン・ヒュウガ・シャイング率いる聖ミカエル騎士団が、この城を落とそうとしている。
 リンネはきっと今頃、この城を守るために前線に出ている。
 恐らくは、アキトやリョウと共に。
 己が守ると決めたあの子が、逆に己を守るために、命を懸けて戦っている。

 その事実に辿り着いたユキヤは、一気に思考を巡らせた。
 そして、このままでは己たちは勝てないと気付き、血相を変えた。

「はっ! しまった! うっ……!!」
「何してるの! まだ起きちゃダメだよ!」

 起き上がろうとして痛みに呻くユキヤに、アヤノは声を荒げた。だが、ユキヤの意思は固かった。

「レイラに……レイラに早く伝えないと……」
「え?」
「マリコとシンジが教えてくれた。僕たちだけが、世界を守れるんだよ」

 その言葉に、アヤノもユキヤの覚悟を受け入れ、そして、自身も覚悟を決めた。
 皆に任せてはいられない。己だって、仲間なのだ。

***

 23区で爆発を起こして敵の戦力を削いでも、聖ミカエル騎士団はまだ別地点からヴァイスボルフ城の攻略を試みていた。司令室では、今度は4区にて敵が城壁を越えようとしている事を確認する。

 そんな中、『方舟』を破壊しユキヤに重傷を負わせた移動砲台『カンタベリー』が移動を終え、そしてヴァイスボルフ城に向かって砲弾を放った。
 けたたましい音とエネルギー反応に、久遠は顔色を変えた。
 その砲弾が広範囲に爆撃をもたらすと察したアキトは、ワイヴァン隊の皆に向かって咄嗟に声を荒げた。

『後退しろ! 早く!』

 アキトの指示に従って、リンネ、リョウ、アシュレイは共に退避し、突如空から放たれた爆撃を間一髪で回避した。

 先程までいた場所に砲撃の雨が降り注ぐ。あれをまともに喰らっていたら、とてもではないが助からなかったに違いない。
 リンネは衰える事のない敵の攻撃に、徐々に疲弊し始めていた。

***

 聖ミカエル騎士団の猛攻に、司令室も慌てふためく中。突然、レイラの元に通信が入った。それはアキトでもリンネでもない、戦場にいない者の声であった。

『レイラ、聞こえる?』
「アヤノ?」

 アヤノの声に、きっとユキヤが目覚めたのだろうとレイラは察したが、正直今は城の攻防で手一杯であった。だが、アヤノから返って来た言葉は信じ難いものであった。

『私とユキヤのアレクを、スタンバイさせて!』
「どうしたのですか? ユキヤは?」

 レイラとて、状況を把握したアヤノが戦場に出る事を望んでいるのは分かっていた。だが、アヤノはまだしも、手術が終わったばかりのユキヤを戦わせるわけにはいかない。まずは事情を聞かなければと、レイラが問おうとした瞬間。

『平気だよ……』

 今度はユキヤの声がレイラの元に届く。

『レイラ、僕はね……やっと分かったんだ……世界を憎んでもしょうがないって……』

 ユキヤの声は途切れ途切れで、明らかに痛みを堪えているように聞こえた。
 そこまでしてでもユキヤが為し得たい事とは何なのか。そして、アヤノもユキヤを止めずに寄り添っているのは、彼女なりの覚悟なのか。
 ふたりもワイヴァン隊の一員に違いなく、自分たちだけ安全な場所で待っている事など、耐えられなかったのか。

 理由はなんであれ、今のレイラには、ふたりを止める事など出来なかった。

『仲間のためなら……世界を――愛せるよ!』

 アヤノの肩を借りて、己たちのアレクサンダがある格納庫へ辿り着いたユキヤは、レイラにそう言い放った。

 ――仲間を守るため、そして、愛するリンネを守るため、この身を賭して戦ってみせる。
 ユキヤの決意は固かった。たとえそれが、リンネにとって最悪の結末になるとしても。

2024/06/22
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