辿れないほどの世界から

「誰かと思えば、お前たちか。……そっちの、見慣れないふたりは?」

 道中、ビッグス、ウェッジと合流したフィオナたちは、彼らの案内でシドの元へ出向いた。ウネとドーガという見知らぬふたりがいる事に、シドは怪訝な顔で首を傾げたが、グ・ラハが懸念を払いのけるようにきっぱりと答える。

「お待ちかねの朗報だぜ、シド。バルデシオン委員会が専門家をよこしてくれたんだ。ウネに、ドーガだとよ」
「防衛機構に手こずっていると聞き、様子を見に来た。これから、よろしく頼む」

 グ・ラハに促され、ウネとドーガはシドの前に立てば軽く挨拶を交わした。

「ああ、よろしく。……すごいな、格好までアラグ様式か。専門家ってのも伊達じゃなさそうだ」

 シドもアラグ帝国の知識を持ち合わせているゆえに、フィオナたちと同じように彼らの姿を異質に思ったようであった。文化の異なる様々な種族が暮らすエオルゼアでも、なかなか見掛けない服装である。誰の目にも留まるのは想像に容易く、モードゥナに来るまで大変だったのではないかとふと思ったフィオナは、思った事をそのまま口にした。

「まるで本物のアラグ皇族のようですよね! ウネさんもドーガさんも、ここに辿り着くまでかなり目立ったんじゃないですか?」

 フィオナは何気なく言っただけだったのだが、言われたウネとドーガはその言葉をどう捉えたのか、顔を見合わせて少し返答に困っている素振りを見せた。代わりにグ・ラハが呆れるように溜息を吐いた。

「フィオナ、また悪い癖が出てるじゃねーか……。すみません、フィオナは紅い眼を見るだけで『皇族の生き残りだ!』って騒ぐようなヤツで……」
「なっ、べ、別に失礼な意味じゃないから良いでしょ!?」
「相手を困らせるような事を言ってる時点で失礼だっつーの」

 グ・ラハとフィオナの口喧嘩が始まり、質問はそのまま流れてしまったが、シドはウネとドーガを不思議そうに見遣っていた。ラムブルースが感じた違和感と同じように、いくら調査が行き詰まっているとはいえ、バルデシオン委員会からこのタイミングで派遣が来るのは不可解であるからだ。バル島が消滅して混乱している最中だというのに。





「この先が、クリスタルタワーの中枢……『シルクスの塔』と呼ばれる区画だ」

 フィオナたちはシドに連れられ、以前踏破した『古代の民の迷宮』を進んで行き、更なる調査が必要だと一旦保留となった場所へと到着した。

「だが、ご覧のとおり、唯一の入口は巨大な扉で塞がれている。この扉こそ、俺たちを悩ませている防衛機構さ」

 シドは詳細を知らない冒険者、そしてウネとドーガに掻い摘んで説明する。

「扉は、『八剣士の前庭』と違って攻撃してくることはない。けれども開く方法がわからない上に、いかなる手段を使っても壊せなかった。つまり、『開かずの扉』ってヤツさ……。単純だが、最も効果的な防衛機構というわけだ」

 シドの説明を聞いて、冒険者はフィオナが以前ヤ・シュトラに調査の件で相談していた事を思い出し、何故彼女を頼ったのか合点がいった。
『賢人』という立場について冒険者はそこまで詳しくはないが、暁の血盟として一緒に行動している賢人は、揃いも揃って熟練者であった。対するフィオナはエオルゼアに来てまだ日が浅く、ましてやシドですら行き詰まる調査にあたっているとなれば、挫折を味わう日々を送っている事は想像に容易かった。
 ただ、そこで意地を張るのではなく、他者から助言を得ようと行動するのは、彼女の良いところだと冒険者は捉えていた。

 そして、シドに続いてグ・ラハも扉を見上げて口を開く。

「手がかりになりそうなのが、扉の中央に描かれた意匠だ。恐らくこれは、対となった男女……しかも相当に身分が高い。……それ以上は、はっきりしねーがな。意味があるのやら、ないのやら……」

 冒険者も扉に描かれている意匠を見遣ったが、特に仕掛けがあるようにも見えなかった。尤も、アラグ文明の研究者でもあるグ・ラハやフィオナがお手上げであれば、ここで新たな気付きがあるとも思えない。冒険者はちらりとフィオナを見遣ると、彼女も視線に気付いてこちらへと顔を向けた。

「シドさんとグ・ラハが言った事が全てです。ヤ・シュトラさんには『別のアプローチが必要』と助言を頂いて、私たち以外にアラグ文明に詳しい方がいないか、出来る範囲で探し回ったのですが、なかなか……」

 フィオナが思わず溜息を吐きそうになった瞬間、それまで黙っていたウネとドーガが歩を進め、扉の目の前で立ち止まった。
 己たちの話を聞いていなかったのか、とグ・ラハは若干苛立ちつつふたりの背中に向かって声を掛けた。

「おい、言ったろ、開こうとしても無駄だ。人の力ごときじゃ、その扉はびくともしない」
「ああ、聞いていたよ。まさかこの、か弱い乙女の細腕で、扉を開こうなんて思っちゃいないさ」

 軽口を叩くウネの隣で、ドーガはこの場にいる誰もが予想すらしなかった事を口にした。

「そう、僕らが開くのではない。……扉の方が、自ずと開くんだ」

 そう言って、ウネとドーガは扉に向かって手を翳した。
 その瞬間、信じられない事がこの場にいる全員の目の前で起こった。

 ふたりの掌に呼応するように扉が青白く光り、そして、巨大な扉がゆっくりと開いたのだ。ドーガが言った『扉の方が自ずと開く』――その言葉通りに。

「う、嘘……」
「なッ……嘘だろ……!? 扉が開いたッ……!」

 グ・ラハもフィオナも、この時ばかりは己たちがシャーレアンの賢人という身分を忘れ、ただただ目の前の奇跡めいた現象に驚き、呆然としていた。
 誰もが驚愕と困惑で言葉を失うなか、唯一シドだけは冷静さを失わず、ウネとドーガに向かって声を上げた。

「一体何をしたんだ……! 人が近づくだけで扉が開くなんて、考えられない。お前たち……本当に、ただの研究者か……?」

 だが、その問いに答えたのはふたりではなかった。フィオナたちの後ろから、ノア調査団ではない、聞き覚えのない声が響く。

「『光束ねし 天突く塔は 金色の扉の先に黙さん……其は厳然たる 隔絶の壁 いと尊き始祖の血にのみ 至天の道が開かれん』……記録の通りだな」

 皆が一斉に振り返ると、そこにはフィオナにとっては見知らぬ男が、当たり前のように立っていた。よくよく見ると、額にまるで真珠のようなものが埋め込まれている。これはガレアン族の特徴であるという。
 本来、ガレアン族はエオルゼアには居住していない。なにせ彼らはガレマール帝国に住まう種族なのだから。シドのように帝国を捨て、亡命しない限りは。
 つまり、目の前の人物はシドと同様か、あるいは――帝国軍の者。その二択しか考えられない。
 マーチ・オブ・アルコンズでこの地に駐在する帝国軍は撤退したと把握しているが、残党の可能性も無きにしも非ずである。その割には、ざっと見る限り相手は武器も持っていない丸腰であった。

「よぉ、寄せ集めの調査団。ずいぶんと珍しい『玩具』を手に入れたようだな?」

 悪びれもせず、小馬鹿にするような事を言ってのける男に、最初に声を上げたのはシドであった。

「お前は……ネロ……!? やはり、魔導城から逃げ延びていたか……!」
「おいおい、ガーロンドォ……かつての級友の生還を、もう少し喜んでくれてもいいンだぜ?」

 その遣り取りだけで、この『ネロ』と呼ばれた男が何者なのか察するのは容易かった。
 マーチ・オブ・アルコンズで帝国軍と戦った冒険者や同行したシドは勿論の事、フィオナたちも先の戦いの重要人物については把握していた。
 ネロ・トル・スカエウァ――帝国軍第XIV軍団の幕僚長である。

 いくら相手が丸腰に見えるとはいえ、今までこのエオルゼアで蛮行を振るっていた相手である。さすがにこの状況はまずいのではないかと、フィオナは真っ先に冒険者へ顔を向けたが、冒険者は安心させるように口角を上げて頷いてみせた。「大丈夫だ」とでも言うように。
 その仕草を肯定するように、ネロはシドに向かって言葉を続けた。

「そう警戒しなくても、今のオレは哀れな敗残兵だ。おめおめ本国に帰って処刑されてやるのもシャクだから、放浪の旅を楽しんでるだけよ。そんなとき、お前らの噂を聞いてな。面白そうなンで、混ざりにきたわけだ」
「…………信じられるか」

 当然、シドはネロの言葉をぴしゃりと跳ね除けた。それが当たり前の反応であり、寧ろ冒険者は何故落ち着いているのかとフィオナは少々怪訝に思っていた。このクリスタルタワーの調査に加わるよう冒険者に嗾けたのがこのネロだと、当の本人たち以外誰も知らないのだから、無理もない話である。

「まあ、オレの話なンざ、どうだっていいだろう。問題はそいつらの正体だ……。オレにはその心当たりがある」

 本来なら、散々このエオルゼアで悪事を働いて来た男の言う事など信じられない、と言いたいところなのだが、フィオナは不思議と耳を傾けていた。このネロという男が信用に値するかは別として、『敗残兵ゆえに本国に帰れば処刑される』という言葉は恐らく事実であろう。ゆえに、彼がガレマール帝国に戻り復権する為に己たちを陥れる、という可能性は限りなく低いと考えられるのだ。
 ネロが何を企んでいるのかは追々探るとして、今、彼の言葉を聞く価値はある。フィオナは無意識にそう考えていた。

「知っての通り、クリスタルタワーは、アラグ帝国に繁栄をもたらした最重要施設。中枢に立ち入れたのは、皇族と一部の重鎮だけだったという」

 ガレマール帝国も、アラグの魔科学を悪用しようと研究を重ねているだけに、その知識はシャーレアンの研究者にも匹敵しているとフィオナは感じた。否、シドのように、己たち賢人以上の知識を持ち得ている可能性も十二分にある。

「更に、オレが探し当てた記録の一節によると、扉を開くことができたのは『尊き始祖の血』のみ。つまり鍵は……皇帝の血族だ」

 そう断言するネロに、フィオナだけでなく、ここにいる全員が驚愕した。それが仮説ではなく事実だとしたら、今まさにこの扉を開けたウネとドーガは、フィオナが冗談めかして言った『皇族』そのものであるからだ。
 さすがに信じられないと、グ・ラハが声を荒げる。

「まさか、こいつらがアラグ皇帝の子孫だってのか!? 馬鹿いえ、数千年前の話だぞ!」
「子孫、か……。そんな血の通ったもンじゃないだろ、なぁ?」

 ネロは面白がるように、グ・ラハではなくウネとドーガに顔を向けた。

「あえていうなら、模造品……。古代アラグ文明が誇った魔科学の賜物にして、複製された『生きている鍵』さ。お前らの正体は、クリスタルタワーに保管されていた、人造の生命体……『クローン』だ」

 信じられない。だが、ネロの言葉が真実だとすれば、すべての辻褄が合う。逆にそうでなければ、一体彼らはどんな理屈でこの扉を開けたというのか。
 今この時代であれば倫理的に許されず、禁忌とされている事でも、五千年前のアラグの魔科学であれば――そもそも魔科学は世界を崩壊に導く悪しき技術だと、第四霊災後に生き残った者たちが判断し、禁忌としてその技術は闇に葬られたのだ。
 つまり、当時の技術なら決して不可能ではない。

「……そこまで知られているなら、もはや否定のしようもないか」

 皆が動揺する中、ドーガがぽつりと呟いた。その言葉だけで、ネロの主張は仮説ではなく真実なのだと誰もが察した。

「すまない、隠し通すつもりはなかった。この扉を開けてからでなければ、真実を受け入れてもらえないと思ったんだ」
「一度、外に出ないかい? そこで改めて、あんたたちに話したいことがある」

 ドーガに続いて、ウネが皆に向かって問い掛ける。
 その提案を断る理由はなかった。フィオナはグ・ラハの方へ顔を向け、判断を委ねた。ノア調査団の責任者はグ・ラハである。決めるのは彼だ。

「……ああ、わかった」

 断る理由はない。まずは彼らの話を聞くべきだ。それに、彼らが隠していたのはドーガが言ったように、突然「自分たちはアラグ皇帝の血族だ」なんて言っても、誰も信じるわけがないのはフィオナたちも想像に容易いからだ。この目で真実を目の当たりにしないと、分かって貰えない――それほどアラグの魔科学は、現代の知識、倫理からはかけ離れた高みにあるのだから。

 皆、ウネとドーガとともに一旦クリスタルタワーを後にした。一体どんな真実が隠されているのか、誰もがまるで想像も付かなかった。フィオナは心なしか不安になって、歩を進めている間、グ・ラハの背中をずっと見つめていた。
 何にせよ、結果的に調査は一気に進む事になるだろう。喜ばしい筈なのに、フィオナの胸中は根拠のない不安に覆われ始めていた。

2022/06/25

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