- see which way the cat jumps -
※メイン4章終了後ぐらいの話偶には美術館に足を延ばそうと思い立ち、ブルーノースを訪れると、HELIOSの制服を纏った後姿が視界に入った。パトロール中のヒーローだ。向こうが私の事を認識しているかどうかはさておき、挨拶はしようと相手のいる方へ歩を進めた。
すると、相手は突然しゃがみ込んだ。サブスタンスを見つけたのなら、下手に声を掛けない方が向こうも集中出来るだろう。そう思って、声を掛けずにそのまま去ろうとした瞬間。
にゃー、と音がした。音……と言うのは間違っているかも知れない。その効果音は何度も聞いた覚えがある。そう、これは音というより……鳴き声だ。
つい、しゃがみ込む相手の視線の先を覗き込むと。
「……猫?」
首輪を付けた可愛らしい猫がそこにいた。
「誰だ!?」
しゃがみ込んだ相手が突然、猫を守るように抱きかかえて振り返った。
見覚えのある顔だった。第13期生の中でも特に優秀な成績でトライアウトに合格した、ノースセクターの期待のルーキー、如月レン。
「ごめんね、パトロールの邪魔して。私は――」
「ああ、淡雪……ルリだったか」
「え? 私の事知ってるの?」
ルーキーで私の存在を知っているなんて、グレイを通して交流を持つようになった子たちぐらいなのだけれど、どうして彼が私を、それもフルネームまで知っているのか。
「……マリオンとヴィクターから話を聞いた事がある」
「あの二人が?」
マリオンなら、何かの話のついでで一緒にカップケーキを作る羽目になったとか、雑談で私の話題が出たのかも知れないと想像が付く。けれど、ヴィクターがわざわざ私の名前を出すなんて、一体何の話をしたのだろう。まあ、聞いたところで何があるわけでもないし、それよりパトロールの邪魔をしてはいけない。
「ところで、その猫は……迷子?」
「ああ、そうみたいだ」
「首輪が付いているって事は飼い猫だよね」
この辺りに住んでいて家から抜け出したのか、あるいは飼い主が外に連れ出してはぐれてしまったのか。どちらにしても、このまま放っておくのは忍びない。
別に美術館は今どうしても行かなければならないわけではないし、たまには手助けも良いだろう。
取り敢えず、スマートフォンを鞄から取り出して、レンに抱かれる猫にカメラを向けた。
フラッシュを焚かないようにして、特徴がよく分かるようにズームして、シャッターボタンを押下した。
「……ルリ?」
「飼い主を探し回るよりSNSに載せた方が早いと思って。見つかったら投稿は消すから」
「確かに、一人で探すより効率は良い……でも、いいのか?」
「何が?」
「その……自分のアカウントに投稿するのかと思って」
レンの言わんとする事は、なんとなく理解出来た。私が自分のアカウントで投稿すれば、最後まで責任を持たなくてはならない。つまり、飼い主探しに最後まで付き合う必要がある。レンはその事を気にしているのだ。
「うん、大丈夫。特に用事もないし」
「……そうは見えないが……」
無表情でそう指摘されて、思わず視線を下へ落とした。気分転換と言ってはなんだけど、ワンピースにヒールの高いパンプスという、明らかに遊びに行く格好をしてしまっている。
「実は美術館に行こうと思っていたんだけど、単なる気分転換で、別にどうしても行きたいってわけじゃないから。飼い主探しも気分転換になるしね」
果たしてこれでレンが納得してくれるだろうか。客観的に考えれば、正直付き合う理由はないのだけれど、なんとなく、このまま別れたら猫の事が気になって仕方ない気がするのだ。
「……ルリ、猫は好きか?」
「え? うん、好きだよ。なかなか懐かないところも含めてね」
そう言って笑みを浮かべてみせると、レンは少しばかり口角を上げた……ように見えた。一先ず私も飼い主探しに付き合っても良いみたいだ。そうと決まれば、早く見つけ出す為にも早々にエリオスチャンネルにログインして、猫の写真と一緒に飼い主探しの投稿をした。
「あっさり見つかって良かったね、これでミッション完了……かな?」
私の投稿は瞬く間に拡散されて、すぐに飼い主の目に留まり、無事直接会って猫を返す事が出来た。ずっと猫を抱いていたレンは、手放す時少しばかり寂しそうに見えて、余程猫が好きなのだろうと、なんだか可愛く見えた。
「……ありがとう、ルリ」
「ううん、私は大した事してないよ。レンくんこそお疲れ様。猫ちゃんも完全に気を許してたね、やっぱり動物も人を見てるんだなって思ったよ」
レンは暫し黙り込んだ後、「それなら良かった」と小さく呟いた。
ノースセクターのチームは個人主義者が多く、というかガスト以外の三人がそんな感じで、なかなか大変だと聞いていたけれど、こうして一対一で話してみると冷たい印象は感じない。「ありがとう」が言える時点で、噂で聞くような冷たい子だとは思えなかった。まあ、相性の良し悪しはあるのだろうけれど。
「ルリ、オフの時間を使わせて悪かった。でも……ルリがすぐにSNSに投稿してくれたお陰ですぐに解決する事が出来た」
「直接探した方が早い事もあるし、それに飼い主じゃない人が嘘を吐いて引き取ろうとするリスクもあるから難しいけどね。今回は飼い主さんのアカウントを見る限り、本物の飼い主で間違いなかったから良かったけど」
私の投稿にすぐに連絡をくれた飼い主のアカウントを遡ると、過去の投稿で同じ猫と思わしき写真が多く載っていたから、間違いないと断言出来たけれど、これが新規で作られたアカウントだったりすると判断が難しい。
一先ず今回は解決した事だし、飼い主探しの投稿は削除して、無事見つかった旨の報告を改めて投稿した。これで一件落着だ。
「……あんたみたいな人がメンターだったらな」
「え? いや、私にメンターなんて務まるかな……」
「つい最近AAAランクに昇格したって聞いた。それに、オーバーフロウも使える……逆に今まで埋もれていたのが不思議なくらいだ」
「それは……理由を話せば長くなるというか、ほぼ言い訳になるから黙っておこうかな」
オーバーフロウで力が暴走して命を落としかけて、それが恐くてずっと逃げていたなんて情けなくて言えたものではない。そのうち噂で耳に入るか、もしかしたらもう入っているのかも知れないけれど。
「あんたは逃げずに乗り越えた。だから今、結果を出してるんじゃないのか」
「そ、そう……なのかな。でも、逃げている時間があまりにも長かったから。もっと早く克服したかったって後悔してるよ」
レンの言葉で、もう私のこれまでの経緯は知られているのだとすぐに分かって、つまらない意地を張るのは止めにした。随分と情けない先輩だけれど、反面教師として貰えればいい。なんて思ったけれど、彼から出て来た言葉は思いも寄らないものだった。
「……後悔はしなくていいんじゃないか。ルリみたいに、どん底に落ちてから這い上がったヒーローを見て、希望を持つ人だっていると思う」
これではどちらがルーキーか分からないな、と苦笑してしまった。噂で聞いているよりずっと優しい子に思えるのだけれど、もしかしたら何か地雷を踏んだら一気に冷たくされたりするのだろうか。私自身、これまで散々前科があるだけになんとも言えない。
ただ、怒らせる事になったとしても、これだけは言っておこう。
「ありがとう、レンくん。ただ、今のメンターも正式に選ばれて配属されているわけだから、信頼して、協力して頑張っていってね」
「…………」
レンは眉を顰め、黙り込んだ。明らかに今のメンターに納得がいかない、と言いたいのは一目瞭然だった。
「まあ、そのうち分かり合える時が来るから……」
「そんな時は一生来ない」
「あはは……」
これはなかなか手強い。傍から見る限り社交的に見えるガストがノースセクターで苦労しているのが言わずとも分かるほど、確かに難しい面々ではある。ただ、マリオンはヒーローとして確固たる強さを持ち、ヴィクターも研究者としての才能は秀でている。協力すれば最強のチームになると思うし、皆が打ち解けるのを外から見守るしかない、といったところか。
気分を損ねたレンは何も言わず立ち去ろうとしていた。変則的でなければ、今はもうパトロールの終了時間を過ぎている。このままエリオスタワーへ戻るのだろう。そう思ったのだけれど。
「レンくん、そっちはタワーと逆方向だけど……」
「…………」
もしかして、方向音痴なのだろうか。
冷たい子ではない。ちゃんと「ありがとう」が言える子だ。自分の意見もはっきり言えるし、端的に言って良い印象しかない。
そんなルーキーの子を、このまま放って突き放す理由がない。
「よし、タワーまで一緒に行こう」
「一人で戻れる」
「いや、私もタワーに用事が出来たから」
「嘘だ」
「気が変わってトレーニングしたくなっちゃった」
「……はぁ……」
溜息を吐くレンを見てつい笑みを零してしまった。不機嫌になっているところ申し訳ないけれど、タワーまで付き合って貰おう。先程の猫のように放っておけないあたり、レン自身も懐かない猫のようだ、なんて本人には言えない事を密かに思ってしまったのだった。
2021/08/22
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