※公式の誕生日ストとはまた別の世界線です




 クリスマスが終わると同時に、街はあっという間に一転した。クリスマスツリーやオーナメント等は一斉に姿を消し、交代とばかりに徐々に門松やしめ縄が表に出され、新年を待ち構える雰囲気へと変わっていた。毎年の事だけれど、この西洋風から和風への変わりっぷりは、宗教観も何もあったものじゃない。七夕もあればハロウィンもあるし、そんな様々な文化の混在が、ある意味日本らしいとも言えるのだけれど。

「そう言われると、確かに耳の痛い話ですな」
「えっ、別に巽くんを責めたつもりはない……つもりですが」
「教会と言っても、俺たちは普通に日本の文化を取り入れて過ごしていますし」
「それは、巽くんのご先祖様が隠れキリシタンで、様々な理由があっての事じゃないですか」

 きっとどこの教会でも大体同じだと思うのだけれど、風早家の教会も例に漏れずクリスマスはミサを行い、準備から当日までずっと大忙しだった。私も子どもの頃から巽くんに懐いていた影響で、自然と手伝うようになり、時には聖歌隊として歌を歌ったりもして、クリスマスは随分と馴染み深いものになっていた。家庭内で居場所がない私にとっては、こうした催しに積極的に参加できたお陰で、クリスマスというものを嫌いにならなくて済んだと言える。

「まあ、巽くんの家が迫害される事がなくなったと考えれば、よその文化も何でも取り入れるのも、かえって良い事かも知れませんね」
「ええ。そうして世の中が変わっていったお陰で、俺たちの世代は平穏に暮らせていますしな」

 そして今も、例年通りミサのお手伝いをして、クリスマスが終わった後も後片付けという名目で巽くんの実家である教会に押し掛けている。
 お互いにアイドルという職種に身を置いているとはいえ、『幼馴染み』という大義名分があるお陰で、昔と変わらず一緒に過ごす事が出来るのは有り難い事だと改めて実感する。玲明学園に入学してからは、彼が傍にいないクリスマスを過ごしていただけに。まさか最終学年になった今、子どもの頃と同じようにこうして過ごせるなんて、思ってもいなかった。

「光莉さん、お疲れですか?」
「いえ、大丈夫です! ちょっと考え事しちゃって……」

 子どもたちが楽しめるようにと教会に施していた飾り付けも全て外され、そしてつい今し方掃除も終わって、クリスマスの残り香はすっかりなくなってしまった。この瞬間は少し寂しく感じるけれど、昨年の喪失感に比べればなんて事はない。来年も今年と同じように、またはそれ以上に楽しい時が過ごせると分かっているからだ。

「考え事? 何か悩みがあるのでしたら、俺で良ければお伺いしますが」
「いや、そんな大それた事じゃないですよ。巽くんと一緒に過ごせて嬉しいって思ってただけですから」
「……本当ですか?」
「はい、何かあればちゃんと相談しますから」

 てっきり彼は私が悩みを隠していると疑って、そう問い掛けたのだと思ったのだけど、違ったみたいだ。私の答えに困ったように眉を下げて微笑んで、それ以上は何も言わなかった。その仕草に、寧ろ悩みを抱えているのは彼のほうだという気すらして来た。
 私に言えない、あるいは言いたくない事なら、無理に聞かない方が良い。それにもしかしたら本当に疲れているのかも知れないし。もしそうなら、あまり長居しないで早く用件を済ませないと。

「……光莉さん?」

 教会内の椅子に置きっぱなしにしていた鞄を取りに行って、戻って来ると、彼の表情は僅かに曇っているように見えた。教会の牧師という立場がそうさせるのか、いついかなる時も落ち着いた佇まいで微笑を絶やさない彼が、私にも分かるように普段とは違う表情を見せるなんて。やっぱり、日頃の疲れが溜まっているに違いない。

「巽くん」

 私がここに残っている限り、彼は休む事も出来ない。早く帰った方が良いけれど、その前に最後の目的を果たさないと。
 今日は手伝いに来ただけではない。ちゃんと、当日に伝えたかったのだ。

「お誕生日、おめでとう」

 ラッピングされたプレゼントを鞄から出して、彼に差し出した。昨年も、その前も、こうして顔を合わせてプレゼントを渡すどころか、言葉を交わす事すら叶わなかった。やっと今、子どもの頃と同じように、当たり前のようにやり取りしていた事が出来るようになったと思うと、自然と目の奥が熱くなる。
 彼は驚いたように目を見開けば、少しの間を置いてプレゼントを受け取ってくれた。

「……覚えていてくださったのですな。ありがとうございます」
「忘れるわけないじゃないですか。ずっと、こうして直接言いたくても、会う事すら出来なくて……やっと……」

 お祝いの日だというのに、つい感極まって涙声になってしまった。笑顔でいないと。必死で涙を堪えて、言葉を紡ぐ。

「巽くん、もう無茶しないで。自分を犠牲にしないで。今はもう、あなたを必要としている人がたくさんいるんですからね」

 なんて、私なんかに言われなくても彼は分かっているはずだ。もう彼はひとりじゃない。ALKALOIDという唯一無二の仲間と共に、新たな道を歩んでいる。何かを得る為に自分を犠牲にしたとして、仲間たちがそれを喜ぶわけがない。
 それに――

「巽くんにとって実りある、良い一年でありますように」

 ――あなたが幸せでいる事が、私の一番の願いだから。
 そう心の中で呟いて、帰ろうと踵を返した瞬間。

「光莉さん」

 背を向けると同時に後ろから抱き締められて、反射的に小さな悲鳴が口をついた。

「ひゃっ、な、何するんですか!」
「また一方的に言いたい事だけ言って、帰ろうとしていましたな?」
「えっ、だって巽くん、疲れてるんじゃ……」
「いえ、寧ろ元気が有り余っている位です」

 気を遣っているんじゃないかと思って、拘束されたままの状態で身体を捻って彼の顔を見上げると、先程までどこか元気がなさそうに見えたのは錯覚だったのかと思う程、実に上機嫌な笑みを浮かべている。

「光莉さんは、どうして俺が疲れていると思われたのですかな?」
「少し……元気がなさそうに見えた気がしたのですが……気のせいなら良かったです」
「そんな風に見えたのですか。……ああ、きっと……」

 彼は少し考える素振りを見せたと思ったら、今度は私を抱き締める腕に更に力が込められた。

「あの、巽くん。苦しい……」
「それこそ、俺も光莉さんが疲れているように見えて、もしかしてもう帰られてしまうのではないかと、少し寂しく思いまして……それが光莉さんには疲れているように見えたのでしょうな」
「私も至って元気です……」

 どちらも気を遣い過ぎていたと分かって、お互いに苦笑してしまった。昔のように何でも遠慮なく言い合える仲に戻るには、もう少し時間がかかりそうだ。この二年間の空白を埋める事が出来れば、また元に戻れるのだろうか。それとも、子どもの頃に比べたらお互いに大人になったからこそ、新たな関係性を築いていくべきなのか。その答えは今はまだ分からない。
 でも、どちらにしてもこれだけは変わらない。

「……巽くん、あなたと一緒にアイドルの道を歩む事が出来て、そしてこうして昔のように話せる日が来て、本当に幸せです。だから……昔の私と今の私は違うかも知れないけど、これからも、仲良くして頂けると嬉しいです」

 これからも、ずっと傍にいたい――なんて言うと重いと思われそうで、逆に他人行儀な言い方になってしまった。まあ、なんとなく言いたい事は伝わっているだろう……そう思ったものの、彼は珍しく不満そうに眉を顰めさせた。

「た、巽くん……?」
「『仲良く』ですか。その先を望んでしまうのは、俺の我儘ですかな?」

 彼の言う『その先』が何を意味しているのか分からないほど、私ももう子どもではない。寧ろ、私のほうがずっと望んでいると断言出来る。けれど、お互いの立場を考えると、それを口にするのは躊躇われた。
 ――ううん、違う。そんなのは言い訳で、私が傷付きたくないだけの話だ。拒否されるのが怖くて、本当の気持ちを言えずにいるだけだ。

「……我儘なんかじゃない。私も、ずっとそう想ってた……でも、今の私はきっと、巽くんが知っている昔の私とは……」
「何も変わっていませんよ。光莉さんも、俺も」

 もう、彼の表情に不満や不安といった要素はない。まるで子どもの頃そうしたように、落ち込んでいる私を慰めるように優しく髪を撫でれば、腰を屈めて顔を近付けさせた。

「ただ、光莉さんの事を一人の女性として愛していると自覚したあたり、俺は昔と少し変わったかも知れませんな」
「あっ、愛し……そ、その、私もです……」

 彼の唇が私の口許に触れた瞬間、一気に胸の鼓動が高鳴って、真冬だというのに身体が火照るような感覚を覚えた。教会の窓からは、まるで私たちを照らすように、暖かな日差しが零れ落ちている。
 願わくば、彼の未来が光に満ち溢れていますように。甘い感触に意識がぼんやりとする中、私はいるかどうかも分からない神様に、そんな事を願ったのだった。

Happy Birthday!
2020/12/28

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