「瀬田です。瀬田宗次郎」
「宗次郎様、ですね」
礼儀正しく畳に手をつき頭を下げた。
きっとこの世界では、客は絶対の存在。
必然的に上下関係が生まれてきてしまうんだろう。
僕はそれが嫌だった。
彼女の肩を掴み、頭を上げさせた。
掴んだ肩が微かに震えていた。
華奢な体だった。
彼女はきょとんとした顔で僕を見つめた。
「いやその・・・普通にしてください」
「これが普通ですが…」
「ああまあ・・・そうですよね」
ふふ、と彼女は小さく笑った。
思わず見とれた。
細くなる目。
少し下がる眉。
綺麗な弧を描く唇。
全てが僕の心を掴んで離さない。
そして未だに掴んでいた彼女の肩。
そのまま抱き寄せたい衝動に駆られたが何とか抑え、そっと手を離した。
「今日は寒いですね」
「ええ、もうすっかり冬ですね」
僕はいつもより一枚多く着ていた上着を彼女の肩に掛けた。
震えていたのは寒かったからだろう。
再び彼女は不思議そうな目をして僕を見つめた。
「寒いですから」
「・・・ありがとうございます」
彼女はぎゅっと上着を掴んだ。
その手は赤くなっていた。
暖めてあげたいと思った。
その後、他愛もない会話をした。
そして気付いた。
彼女と話すたびに僕は彼女に惹かれていく。
いやたぶん、というか絶対に、初めて会った瞬間にもう僕は…。
でもこのまま彼女に惹かれ続けてどうする?
僕と彼女は生きている世界が違う。
僕が彼女の人生を左右できるほどの存在になれるとは到底思えない。
どうしてこの世界に辿り付いたかはわからないけど、きっと何か理由があってのことだろう。
でも彼女は自分から好き好んでこの世界に入ってくる性格ではなさそうだ。
僕はどうしたらいい?
彼女を自分のものにしたいけど、でもそれはきっと叶わない。
「じゃあ僕はそろそろ」
「はい」
立ちあがって、彼女を残して部屋を出る。
ぼんやりとした明かりが点く廊下を歩く。
すると向かいから歩いて来た遊女に声を掛けられた。
「あの娘、失礼なことしませんでした?」
「いえ、とてもいい女性で」
「そう、ならよかった」
「どうしてです?」
「あの娘、一ヶ月前に入ったばかりで」
「新人さんだったんですか」
「ええ、いつも私たちに付き添ってお客様のお酌をするばかりで……瀬田様が初めてなんです、一人で相手をするのは」
「へえ…」
「これからもご贔屓に」
ということは彼女はまだ誰にも抱かれていないのか。
素直に嬉しかった。
僕は持ってきた全ての金をこの遊女に渡した。
きっと本来払うはずの金額の三倍くらい。
驚いたような顔をした遊女に告げる。
「次に来た時にもっと払いますから」
だから、誰にも触らせないで。
僕だけのものにしたいと思う