今日は甘味処に行くつもりだったのに。
僕は今志々雄さんの隣を歩いている。
肌寒い風が吹き抜ける。
小さくため息をつくとそれは白くなって空気に溶け込んだ。
志々雄さんはニヤリと笑った。
「そんな嫌そうな顔するなよ」
「だって今日は甘味処に・・・」
「んなのいつでも行けんだろ、たまには付き合えよ」
「はい・・・」
気が重い。
なんで僕なんだろう…。
僕未成年だし。
それに女性と接するのはあまり得意じゃないのに。
手が冷たい。頬に当たる風が痛い。
ああもう、本当に帰りたい。
着いてしまった。
何度か帰る口実を考えたが志々雄さんに上手く言いくるめられた。
敵わないなあ…。
豪華な門を潜ると華やかな、そして隔絶された世界が広がっていた。
もうすでに特有の香水?のような香りが漂っている。
遊郭。
志々雄さんは僕をこんなところに連れてきたのだ。
志々雄さんは何の迷いもなく道を進み、ある建物の中に入った。
女性と話し、奥の部屋に通された。
来い、と言われ渋々その後を追う。
此処まで来てしまったんだ。
頼れるのは志々雄さんだけだから従おう。
案内された部屋に入り、志々雄さんはどかりと座った。
僕も冷えた手を擦りながらそっと畳に腰を下ろした。
「僕お酒は飲みませんよ」
「飲めよつまんねえ」
「飲みません」
少しすると女性が三人入ってきた。
綺麗な人、なんだろうな…。
よくわからないけど。
艶やかな着物を着て、きっちりと化粧をしている。
けっこう位の高い人たちなんだろう。
二人は志々雄さんの両脇に、もう一人は僕の傍に座った。
「あら、可愛い坊や」
「あは…どうも」
どうしよう帰りたい。
あと五分も耐えられないよ。
志々雄さんは楽しそうに話している。
僕も何か話さなきゃいけないかな、とか客である僕が気を遣うのは何ともおかしい気がする。
「おいくつ?」
「十六です」
「まあお若い」
「そ、そうですか…?」
着物綺麗ですね、とか言おうか。
いやでも女性自身を褒めたほうがいいのかな。
「お綺麗ですね」「美人ですね」とか?
…おかしいか。
まずそんなこと言えるのか?僕は。
ああまずい。
頭が熱くなってきた。
その時、襖の向こうで声がした。
お酒をお持ちしました、と鈴を転がしたような澄んだ声が僕の鼓膜を揺らした。
入りなさい、と志々雄さんの隣の女性が言った。
「失礼いたします」
襖がゆっくりと開かれる。
女性には興味がない。
そう思ってた。
でも案外僕も軽い男なのかもしれない。
僕の目は、もう彼女以外のものを映してはいなかった。
吸い込まれるように見つめる。その先は。