それからというもの、僕は前にも増して彼女への思いが強くなり
任務がないときにはふらりと遊郭を訪れ彼女を指名した。



こう、何回も二人きりで話していると彼女のいろいろな表情が見えてくる。

照れた時は耳まで赤くするし
僕が話をする時は小さく相槌をうちながら聴いてくれるし
面白い話をした時は思いっきり笑ってくれるし。




でも最近、ふとしたときに寂しそうな顔をする。
どうしてだろう。
なんでだろう。
でもそれはほんの一瞬で次の瞬間にはいつものように笑っていた。
気のせいだったのかな。


男女が一つの部屋に二人きり。
しかも遊郭。
普通の男なら彼女を抱くかもしれない。
でも僕はそんな男と同じ人間になりたくなかった。

遊女である彼女が僕に好意を持つことなんて万に一つもないだろう。
でも僕はそんなことを心のどこかで期待しながら
このゆったりとした関係を崩したくはなかった。







そんなある日また僕は遊郭に向かった。
何回か来たけど、部屋で待つ時間はやっぱり胸がドキドキして。
いつものように、ぼうっと部屋の中を見渡しながら彼女が来るのを待つ。




「失礼致します」




入ってきた彼女。
違う。
いつもと違う。
前に来た時よりも、少し痩せた気がする。
でも彼女はいつもの様に笑う。

僕が気付かないとでも思っているのか。
潤んだ瞳に腫れぼったい瞼。
泣いたんだと一目でわかった。




「どうしたんです」

「はい?」

「なぜ泣いたんですか」

「な、なんのことでしょう」

「しらを切っても無駄ですよ」




顔を背けようとする彼女の頬に手を添える。
ぐいと僕の方に向かせる。
じっと見つめる瞳。
それはみるみるうちに涙で覆われた。
そして静かに頬を伝った。




「どうしたんですか」

「…っなんでもないです」

「まだ隠すつもりですか」

「だから本当になんでもないです…っ」

「泣いておいてよく言いますよ」




そっと親指で涙を拭う。
可愛らしい外見と違って、とても強い女性みたいだ。
抱きしめようと思った。
でもなんだかそれはできなかった。
だから僕は彼女の顔を僕の胸に押し当てた。




「言ってください、なにか力になれるかもしれませんし」

「無理ですよ…」

「即答ですか…信用ないなぁ、僕…」

「瀬田様じゃどうしようもありません…これは私の問題ですので」




胸を押される。
でもここで離すほど僕は冷たい男じゃない。
抱きしめるのはやめようと思っていたけど
震える彼女の肩に触れていると、どうにも止まらなくなった。
背中に腕を回し、強く抱きしめる。




「言ってください」

「…」

「ね?」

「・・・瀬田様には・・・関係ありません」




ぐさりと胸に刺さる。
そうだ僕は赤の他人。
なのに僕は彼女に入り込もうと・・・。

でも、でもね。
思いを寄せる女性の涙をみて見ぬ振りできる男は、そうはいないと思いますよ。
僕がそのいい例です。

更にきつく抱きしめる。
華奢だと思ってた体はやっぱり細くて。

しばらく沈黙が流れる。




「・・・私、ダメな遊女です・・・」




彼女はぽつりと話し始めた。
僕は少しだけ腕の力を弱めた。




「…瀬田様以外の方に全く指名されなくて…」

「…」

「はじめは…先輩の遊女さんたちに付き添ってお酌とかしてました…」

「…」

「でもいつからか、それもなくなってしまいっ…」

「…」

「この世界で生きていく覚悟はありました…」

「…」

「でも・・・」




はっとした。

彼女がなんでここにいるかは知らない。
でもそれなりの覚悟があってのことで、
これが彼女の生き方だったのだ。

でも僕はそれを・・・。



自分勝手にお金を払って、誰にも指名させないようにしたことが
彼女を苦しませ、悲しませていたことに、僕はたった今気がついたのだ。

覚悟を決めてこの遊郭での仕事をはじめた彼女の心を
僕は踏み躙ってしまったんだ。



言ってしまおうか。
実は僕がお金を払っていたんですって。
でもそうしたら彼女はもう僕に会ってくれないかもしれない。

こんな時にまで自分のことしか考えていない自分が情けなくなった。



わかっていたはずだった。
僕は彼女の人生を変えられるほどの存在ではないと。
それなのに僕は自分のためだけに。
自分の欲望のためだけに。


こんな男が彼女を抱きしめていていいのか?
こんな男が彼女に思いを寄せていいのか?


なにも言うことができなかった。
ただ彼女の背中を擦る事しかできなかった。




「…ごめんなさい」

「…どうして瀬田様が謝るのですか?」

「・・・いや…なんとなく」




もう、終わりにしようか。

いつもの様に彼女に別れを告げる。
そして僕はあの遊女に言った。
彼女を普通に接待させてあげてください、って。

門を潜る。
抱きしめた彼女の香りが残っていた。







ごめんね、僕は自分勝手な男だったんだ







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