魔が差した、というのかなんというのか。
再び頭を過ったのはいつぞやかの昼間の会話。
「好きなひとの席に座って1〜9まで数えると両想いになれるらしいよ」
そんなまさかと思ってはいたが、こうして放課後の教室に独りだけになるとやってみたくなったのはオトメゴコロが存在していたからか。
ああ、でもこんなことになるならそんなもの捨ててしまえばよかった。
もう遅いけど。
「10」
1から数え始め9までいったと思ったらふいに聞こえた声。
頭を抱え込むように机に突っ伏していたため視覚も聴覚もほとんど機能せず。
更には声に出して数えた方が効果がありそうだ、とか勝手に解釈して念仏のように唱えたのがいけなかった。
「僕の席で何やってるんです?」
自分のものではない声がぼんやりと聞こえた。
全身の血の気が引いた気がした。
おそるおそる上体を起こし、声のする方を向けばその人物は私の予想した通りのヒトで、思わず泣きたくなった。
「数なんて数えて、どうしたんですか?」
「…あ、あの…ですね」
「はい」
「せ、瀬田くんの席から見える景色は最高だなあ…と思って…」
「あはは、景色見てなかったじゃないですか」
「…それは…」
思わず口ごもる私を尻目に瀬田くんは小さく笑った。
◆◆◆◆◆◆◆◆
日が暮れ始めた薄暗い廊下を進む。突き当たりの教室からは蛍光灯の白い光が漏れている。
そこだけ。その教室だけ。誰がいるかはわかっている。だから僕はこうして暗い廊下を進む。
つい先日の昼、クラスの女子の会話が聞こえた。
ある恋のおまじないらしく、好意を寄せる人物の席に座って数を数えれば両想いになれるとかなんとか。
そこでだ。
名無しさんが日直の日を見計らって教室に行ってみる。担任の先生は雑用を押し付けるため、日直は日が暮れる時間まで働かされることはクラス中が、もちろん僕も知っている。
そこで彼女が僕の席に座っていれば。
さあて、どうしましょう。
柄にもなく弾む胸。静かに扉を開けば僕の席に座って突っ伏している彼女。
緩む口元はどうにもならない。
ぼそぼそと呪文のような声が聞こえる。耳を済ませばそれが数だということがわかった。決定的だ。
「10」
声を出せば沈黙が流れた。時計の針が進んだ。
問いたたせばゆっくりと顔を上げて、化け物でも見たかのように目を見開いた。失礼しちゃうな。
そして、景色がいいとか思わず笑ってしまうような嘘を吐いた。
「知ってます?ちょっと小耳に挟んだんですが、好きなヒトの席に座って数を数えれば両想いになれるというおまじない」
「…」
「知りませんでしたか?」
頬を染めて俯く彼女。
僕は自分の席から少し離れた彼女の席へ向かう。
「まさかとは思うんですけどね」
椅子を引けばギギギと鳴った。
はっとしたように彼女は顔を上げてこっちを見た。
「気休め程度にやってみようかな、なんてね」
口から出るのは僕らを結ぶあの数字。
数え終われば彼女は手で口を覆った。ほらまたその信じられない!みたいな目。
嘘じゃない。ほらおいで。
手招きすれば素直に近づく彼女。細い手首を引いて抱き締めれば、甘い香りが鼻を掠めた。
fin.
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