湿った寝巻きと布団。額に滲む汗を拭って再び横になった。
ギリと噛み締めた下唇と共に、舌も噛みきってしまえば楽になるのだろうか。
激しい吐き気に気がおかしくなってしまいそうだ。
まだ夜明けは遠い。不快な湿りをそのままにもう一眠りしようと目を瞑るが、また現れるであろう悪夢に瞼は自然と開いたまま。
虚ろに天井を見つめ、小さくため息をついた。




***********



「ふあぁ…」



眠い。が、眠ればまた。
こうして起きてしまえば夢がどんなものだったかは忘れてしまう。
だが目を瞑ることにかなりの抵抗を感じる。怖い、のだろう。
となればいっそのこと寝なければいいのだろうと思い至るのは当然で。
でもそれにも限界というものがあって、それを続けてみたため身体はこうして悲鳴をあげている。
少し歪む視界。ぼんやりとする頭は部屋に差し込む陽によって更に溶けそう。



「名無しさん、」



眠気覚ましにでもと呼ぶ名。
呼べばすぐに来るだろうと思っていたのだがなかなかやってこない彼女に痺れを切らした僕は重たい腰を上げた。
のろのろと廊下を歩いていれば見慣れた後ろ姿。
声を掛ければ、一瞬動きを止めて振り返った。



「こんなところにいたんですか」

「…瀬田さま」

「言いましたよね。僕の付き人になってくださいって」

「…」

「ね?」

「……はい」

「こんなところで何やってるか知りませんが、呼んだらすぐに来てください」

「…」



また懲りもせずに彼女は志々雄さんに尽くす。
腕に抱かれているワインボトルの中身がゆらゆらと揺れる。こんなもの。
奪い取ったそれを投げ捨てる。耳に響くガラスの割れる音。
あの時と同じようなそれに自然と口角が上がった。
そんな僕を見つめる瞳。真っ直ぐに僕だけを見つめる。
うん。悪くない。
腕を引っ張り部屋に連れ込む。
途中何度も彼女はその腕を振り払おうと努力したみたいだけど、ちらりと目を向ければすぐに従順になった。
部屋に入るなり僕は彼女の唇を奪い、畳に組み敷く。



「…眠気覚ましに抱かせてもらいますよ」




***********




気付いた。どうやら彼女と寝ると僕はよく眠れるようだ。
抵抗する彼女を抱き、その疲れが不眠の身体に容赦なく降りかかりぐったりと畳に倒れこみ意識を手放した。
もちろん、彼女は僕の腕の中。
あたたかいような、何とも言えない夢をみていたのだろう。目覚めは最高だった。嬉しかった。
やっと安心して眠ることができる。

その方法をわかってしまった僕はそれ以降彼女を片時も離さなかった。
僕が部屋にいるときはもちろん同じように部屋にいて、僕が出掛ける時はもちろん彼女も一緒。
そしてだんだんと部屋に閉じ込めておくことが多くなった。
気が向けば抱いてあげたし、いろいろと可愛がってあげた。
志々雄さんと会うことはもちろん許さなかった。なぜかは、わからない。ただ、嫌だったんだ。
まあこうして閉じ込めておけば会うことなんて叶わないんだけど。



「もう…やめて、くだ…さい」



部屋に閉じ込めておいた彼女が涙を流しながら訴えかけてきたある日の夜。
揺らめく蝋燭の炎がてらてらと頬の涙の筋を照らす。
大方、志々雄さんに会いに行きたくて堪らないのだろう。
嫌ですけど、と軽くあしらうと恨めしそうな視線を送ってきた。
そしてぽつり、「志々雄さま…」そう呟いた。
ぎゅと胸が締め付けられた気がしたけど、気のせいな気もする。

あなたの目の前にいるのは誰?僕ですよ。
唇を重ねようとすれば顔を左右に振って否が応でも拒絶した。



「…逆らうんですか」

「…」

「あなたは僕の言うことだけ聞いてればいいんです。余計なことは考えないでください」



顎を荒々しく掴んで口付ける。
抵抗も許さないくらいに口内を貪れば端から液体が垂れた。



「や、めてっ‥‥」

「‥‥まあいいでしょう。寝ますよ」



今日は乱れてるようだし、可愛がるのはそこそこに僕は布団に横になった。
引きずり込むように彼女の体を腕のなかに閉じ込める。
静かに、泣いていた。




この日の夢は久々にみる気持ち悪いものだった。ぎりと噛み締めた唇。
治まらない吐き気に苛立ち髪をかきむしる。
滲む汗を拭えば、らしくもないが心臓が激しく脈打った。
隣を見れば、いるはずの人物がいなくなっていた。
暗い廊下を歩いていると、志々雄さんの部屋に前に座りこんでいる彼女を見つけた。
まだ志々雄さんを求めているのか。
イライラする、といったら間違いなのか。そんなはずはない。頭がクラクラするくらいに熱い。



「…いい加減、僕のモノになったらどうです」

「…」



無反応なのが更に。
腕を引っ張っても動こうとしない彼女を抱き上げて部屋に戻る。
布団に落としてその首筋に顔を埋めると彼女の香りが胸を満たした。



「やめてっ…やめてくださいっ…」

「眠れないんです」



首筋にかかる息がくすぐったいのだろう。硬直した身体。
涙は目尻から溢れて重力により下に流れる。



「お願い、です……もうこんなこと…」



やめられるわけがない。
温もりが身体中を包み込む。だんだんと遠くなる意識。
黒く赤く染まる世界が広がった。
途端に誰かの声が響いた。何て言ってるのかはわからない。
ぐらりぐらりと揺れる世界。気持ちが悪い。
彼女を胸に抱いて眠っているはずなのに、何故。

嗚呼、そうか。
彼女が僕を求めるその日が来るまできっと続くであろうこの悪夢。
やはり僕たちはひとつにならなきゃいけないんだ。

さあ、はやくぼくをもとめて。

はやくてをのばして。

はやくはやく

ぼくを、アイシテ。





fin.


(Next 後記)







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