こつんこつんこつん
宗次郎の爪と机がぶつかり合う音が響く。
さっきから鳴り止まないそれに同室にいる志々雄と由美は眉を顰めた。
常の微笑は崩さないものの、目の前に出された八橋には見向きもせず、ただひたすらに人差し指を上下させる。

こつん、と音が止んだ。
やっと解放されたと二人が胸を撫で下ろしたのも束の間、
今度は親指以外の四本の指の爪で机を叩き始めた。



「名無しちゃーん、オレ指怪我しちゃったから包帯持ってきてよー」

「はいはい」

「名無しちゃん俺も俺も!なんか上手く結べないんだよね、この服。頼むよ」

「はいはい、まったく困った人たちですね」



部屋の外から聞こえるやり取り。
指の動きを止め、扉の方を一瞥し、その声に耳を澄ませた。
あまり聞き覚えのない男の声は部下の誰かだろう。
絶えず名前を呼ばれ、きっと世話しなく動き回っているであろう女性。
この組織の貴重な女性(由美は除外)は、男たちに可愛がられていた。



「坊や、どうしたの?」

「え?」

「指、さっきから…」

「…あ。いえ、」



本人も気付いていなかったのか、手のひらを閉じたり開いたしながら微笑む。
八橋の存在にもたった今気付いたようで、「八橋だ」と目を輝かせながらそれを手に取った。



「やっぱ俺名無しちゃんのこと大好きだよー」

「ふふ、私もですよ」



ばりん。
粉砕。
八橋は宗次郎の手の中で容赦なく握りつぶされた。
由美が心配そうに声を掛けるがまた曖昧な返事。
手を開けば無残な姿になった八橋がバラバラと机に落ちた。

その様子を見ていた志々雄はほくそ笑んだ。
いつもと明らかに違う宗次郎の様子。
どうしたと訊けば、別にどうもしませんがと微笑む。
散らばった八橋を目の前にしてよく言えたもんだ。
面白いことになった。これは見ものだ。
宗次郎、おめぇ。
ええ、僕は、彼女のことが、好きなんです、名無しさんは、どうなんです。
私も、です、瀬田さま。

ニタニタ笑う志々雄に気付くはずもなく
宗次郎はお茶を啜り、粉々になった八橋の大きい塊を口に放り込んだ。
志々雄の前に置いてある八橋を我がもの顔で手に取り、今度は原型を留めたまま口に運んだ。



「宗次郎、おめぇ名無しのこと」

「?」

「好きなんだろ」

「は?僕が?彼女のことを?」

「ああ」

「まさか。ありえない」



微かに感じる違和感を宗次郎が上手く言葉にできるはずもなく。
肯定できるほど確かなものではないし、ましてや。



「好きなんでしょ?坊や」

「由美さんまで…」

「早く言っちまえよ」

「だから僕はそんなんじゃ」

「せっくすしたいとか思わねえの?」

「はあ?」

「坊やはそうね、目隠しとか縛ったりとか、そういうぷれいが好きそうね」

「あー、それあるな。こいつ見かけに依らずSだから」

「ちょっと待ってください。なんかよくわからないんですが」

「『瀬田宗次郎、名無しさんが好きです!』なんてね」

「『好きな体位は騎乗位です!』とか言ってな」

「ふたりともなんなんですか。いい加減にしてくださいよ、ほんとに‥‥」



よくもまあそんなふざけだことがいえるものだと宗次郎は頭を掻いた。
それとほぼ同時に扉が開いた。



「あっ、えっと‥‥すみません」



たった今話題に上っていた人物の登場に宗次郎は少しばかり顔をひきつらせた。手には書類みたいなものが抱かれている。大方方治が彼女に頼んだのだろう。
取り込み中だと察した彼女は急いで扉を閉めようとしたが、志々雄が呼び止めたことでそれは成されなかった。



「名無し、こっちこい」



ちょいちょいと手招きされ、名無しは素直に志々雄に近づいた。
そして、声を出すまもなく彼女の華奢な身体は筋肉質な身体のなかに閉じ込められた。
志々雄の口が動く。
「ちょっと我慢しろ」の囁きは宗次郎には届かない。

思わぬ行動に度肝を抜かれ、宗次郎は必死に頭を動かした。
なぜだ。なぜだ。なぜ。



「し、志々雄さん!」



思わず声をあげた。が、何を言うつもりなのか当の本人にもわからない。
しまった。



「僕、」

「あん?」

「…」

「なんだよ」



目の前の光景から目をそらせばそれで済む。
だがそうはいかなかった。執拗に心臓が動く。
なんだこれ。
彼女に触れる志々雄の腕を斬り飛ばしたい衝動に駆られた宗次郎は知らず知らず拳を握りしめていた。
近付くふたりの唇。



「僕、名無しさんとせっくすしたい‥‥です」



志々雄を止める術を知らず、適当な言葉も見つからず、宗次郎は呟いた。
さきほど言われた言葉のなかで、最も印象に残った言葉を言ったしまっただけであって。



「早く、離れてください」



俯いて前髪を少し掻き上げた宗次郎が可笑しくて志々雄は笑った。
志々雄さん!と再び呼ばれ、渋々解放すると宗次郎は荒々しく彼女の腕を引き、部屋から飛び出していった。






fin.

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