雨が降りだした。
それはだんだんとひどくなって
空で何千もの人がたらいの水を引っくり返してるような勢いになった。
幸い僕は宿もとれて、こうして悠々と空を見上げてるわけだけど。

ぴかっと空が光る。
もう目をそらさず過去のことを考えられる。
でもやっばり雷や雨にいい思い出がないのは確かだ。
窓の障子を閉めて、厠に行こうと一階に降りた。



「部屋がない?」

「すみません、只今満室でして‥‥」



声がして、こっそり玄関の方を見てみると
この雨に濡れてびしょびしょになっている女性が困ったように眉をさげ、着物の袖を絞っている。
かなり雨を吸っているようだ。
玄関に水溜りができた。
宿屋の人も困ったように頭を下げている。



「そんなあ、今夜はどうすればいいのよ。他の宿屋も満室だったし」

「…申し訳ありません」

「あの、」

「?」

「相部屋でよければ、僕の部屋へどうぞ」

「え?」



ひょいと現れた僕に二人とも驚いたみたいだ。
見つめられてなんだか落ち着かない。
風邪ひいちゃいけませんし、と付け加えると女性は嬉しそうに頷いた。



「ありがとう!坊や」

「坊やって歳じゃないんですけどね…」














女性は借りた寝巻きに着替え、部屋に入ってきた。
肩にはタオルが掛けられている。



「ほんと嫌になっちゃうよね、雨」

「ええ、」

「でも助かったわぁ、ありがとうね、宗次郎くん」

「いえそんな…あ、すみません。もう時間も時間なので布団敷いちゃいました」

「いいわ。ありがとう」



彼女はタオルで髪の水気をとりながら二つ敷いてある布団の片方に腰を下ろした。
聞けば名前を名無しといい、歳は僕より上らしいけど詳しくは教えてくれなかった。


僕も布団に移動して座った。
すると名無しさんはじっと僕を見つめてきて、次に布団に目をやると笑った。



「すごい密着してるじゃない、布団」

「えっ?だ、駄目ですか?」

「だって男と女よ私たち」

「?」

「やだ宗次郎くん、そういうの疎いの?」

「は…?」

「女を相部屋に誘うなんて、なかなかの男だと思ったけど。ふふ、」



男と女。
夜。
一つの部屋。

志々雄さんと由美さんが頭に浮かんできた。
いつだったか。
僕はたまたま見てしまって。
彼女が言ってるのはきっとそういう行為のことなんだろう、となんとなくわかってしまった。



「べっ、別に僕はそういうコト考えてたわけじゃ…!ただ僕は名無しさんが困ってたから、その…」

「やだ可愛い」

「や、止めてくださいよもう…」

「宗次郎くん、今いくつだって言ったっけ?」

「…十九です」

「十九ねえ…」



小さく笑った彼女は四つん這いになって僕に近づいてきた。
寝巻きの衿から覗く素肌が妙に艶かしく感じられた。



「ちょ…あのっ」

「私が教えてあげようか」

「は!?」

「ね?」

「あのっ、まっ、ちょっと待ってくださいよ!めちゃくちゃな人だな」



肩に手が掛かりそのまま布団に倒された。
名無しさんは肩に掛かっていたタオルを僕の目にかぶせた。
視界が暗くなる。
こんな、こんなわけのわからない状態で、わけのわからないコトをするのか?
無理だ。
僕には無理だ。



「やめっ…!」



ブンブンと頭を振るとどうにかタオルは落ちて視界は晴れたけど
依然名無しさんは僕に跨っている。
すると次の瞬間、彼女は自らの帯を解いた。



「うわあっ、名無しさんっ!」



別に僕は女性の身体を見てどうこうってわけじゃないけど
さすがに女性が男である僕の前で曝け出すのはまずいだろう。
後々彼女も後悔すること間違いなしだ。
だが更に彼女は寝巻きまでをも脱ごうとする。

僕は腹筋を使って起き上がり、その手を掴んだ。
でも勢いのあまり今度は僕が彼女を倒すかたちになってしまった。
両手には何だか柔らかい感覚。



「わああ!ご、ごめんなさい!」



あろうことか僕は彼女の胸を鷲掴みにしていた。
すぐに飛び退いて彼女と距離をとった。



「そんなに慌てなくてもいいのに」

「いやいやいやいやいや…すみません、本当に」

「初なのね、可愛い」

「…」

「さあって、何だか眠くなっちゃたし、寝るかー」

「え?」

「なに?続きがしたかった?」

「いえ全く」

「ふふ、」



立ちあがった彼女は帯を結びなおし、何事も無かったかのように布団に入った。
しばらく放心状態の僕は、ただぼうっとしていた。
まるで嵐のような時間だった。
大人の女性って、すごいなあ…。
彼女が特別だっただけか。

はっとしたのは、名無しさんの寝息が聞こえてきたから。
見ると、さっきまでとは別人のようにあどけない顔をして眠っていた。
思わず笑みがこぼれる。



「おやすみなさい」



布団に入って目を瞑る。
もちろん、布団と布団の距離は少し広げて。







TITLE:ace




(Next 後記)








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -