■ 32話/話が進まないのだけど。
おにぎりはまず米を作りたい大きさの半分を手の平にのせ、具をのっける、今日は梅干しこんぶ焼たらこの豪華な具だ。そして上からご飯をかぶせ、花房の顔にめり込ませる。
「…なにしに来た」
「し、しどい…おばちゃんオニギリーまで言いきっていないのに」
よよよと泣き真似をしながら顔にめり込んだ米を口の中に詰め込む。
わたしが握っているのを知っているかのようなタイミングで手の平でおにぎりが出来上がった瞬間、裏の勝手口から花房牧之助が中に入ってきた。わたしは花房の声に敏感になっているのか勝手口を一歩踏み越えた瞬間にせっかく生徒の為に握った握り飯をぶちかましてしまった。でも良かった花房で、ご飯は無駄にしていません。
「そんなに睨まないでくださいよ〜」
両手をすりすり合わせていやらしい笑みを浮かべている。きっとお腹が空いたから何か食わせてくれと言うのだろう。たまに来てはおばちゃんにお世話になりは組の三人組にやられているから今日もそうなのだと思う。
「なんだコイツは?」
横にいる七松が目をパチクリとさせている。
「お、お前こそ誰だ!俺様は剣豪だぞ!」
「剣豪?ああ、よく戸部先生にけしかけてはやられている奴か!見た事があるぞ!」
「うわ、花房ライバルとか言ってなかったっけ?」
最初の頃に言っていたあれはやはり嘘だったのかとジトーっと見れば、そんな事はないと慌てて七松に物申し始めた。まぁ、そんな事はどうでもいいんだよ、わたしはケマとケマの委員会の子達のおにぎりをこさえなきゃいけないんだから。
「ほら、これもって食堂の方行って」
今出せるあり合わせのものを盛ってお盆を渡せば七松も花房も「え?」と驚いた顔をする。花房に至っては何度もわたしの顔とお盆を見ている。
「な、なによ?」
「花子!なぜコイツに優しくするんだ私にも優しくしてくれ!」
や、優しく?そう言われて花房を見れば涙を溜めてこっちを見ている。
「べ、別に優しくした覚えはないんだからね!花房に邪魔して欲しくないからあっち行ってろって意味なんだからね!」
なんだろう、すごい恥ずかしい。
わーい!と食堂の席に着いている花房を見ていれば七松ががっしりとわたしの肩を掴んだ。
「長次が花子の事をツンデレだと言っていたがようやく分かった、今のだな!なんか分からんが凄い良い。私にも…」
云々言っているこいつをどうにかしてくれ。ツンデレとかこっちが意味分からん。鼻息荒くして見つめないで欲しい。とっても冷めた目で見ているつもりなのに何を興奮してるんだ。早くおにぎりを作らなければケマが待っている。
「あ、ちょうどいい所にっ、きみきみ!」
「え?あっ食堂のおね…」
廊下を歩いていた、少し髪のボサボサした藍色の忍装束の男の子を此方へ呼ぶ。その男の子は「え、俺っ?」と人懐っこそうな笑みを浮かべ私の方を向いた。そして好奇心旺盛なお目々が七松を捉えて固まる。
「なななな七松先輩じゃないですか、こんな所でなにを?」
「花子の手伝いをしていただけだ !」
「ごめん七松の相手してやって、暇なんだって」
あーこれで静かになると残りの飯に手を伸ばしおにぎりを握る作業に戻ったのだが横から聞こえて来たのはぐちゃっという音と「うわぁっ!」という男の子の悲鳴であった。
「七松、あんたねぇ…」
「そんなに力を入れたつもりないんだが」
その手に掴まれた米の残骸は見るに耐えない。どうしたらこう爆発したようになるの。
じとっと何故止めないんだと横の男の子に視線を送れば米を顔面に散りばめた男の子がうな垂れてしまった。
「無理言わないで下さい…」
「米粒だらけ君、この学園で七松止められる人はいないの?」
「俺、竹谷です。同じ六年で図書委員長の中在家長次先輩なら止められると思います」
「中在家くんね、了解。米谷くん引き止めちゃってごめんね、もう七松ほっといていいから」
「俺、竹谷です…」
七松には散らばった米を残らず拾い食べる事を言い、その内に生徒等のおにぎりをちゃちゃっと完成させて持って行くだけにする。そういえばあの米谷くんは鉢屋と同じ学年だった気がする。意外と普通な人もいるんだな。…食事をとる時だけ顔を合わすけどなんかそっけないんだよな、どうしたんだろ鉢屋。
(おれ、竹谷です)
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