■ 30話/おにぎり作り
夜寝る前に見て、枕元に置き、朝起きてまた見る。その土井先生から貰った簪を大事に懐にしまっては仕事に向かう。
この緩みっぱなしの顔をどうにかしたいのだけれど、この簪を見るたびに緩んでしまうのだ。食堂で土井先生と目が合った時に焦った姿を見られ、は組の三人組にどうかしましたかー?なんて言われて肝を冷したりもした。
それくらい、私にとってとても嬉しく、そして意識してしまう出来事だったのだ。
「…い、おーい!!」
「どぅわ!!な、七松か…どうしたの?」
「呼捨てで構わないと言ったが、苗字で呼べとは言ってない」
むすーっと子供のように頬を膨らませる七松に苦笑いで返す。はっきり言って名前呼びなんて嫌だ。けど、「呼んでくれ!」と掴まれた肩がミシミシ音をあげている。これは強制だ。
「ね、ねぇ…私、一般人なんだけど七松」
「小平太だ!」
「これってイジメじゃ…」
「小平太!」
「………小平太」
痛さに耐えられず名前を呼べば満面の笑みで「よしっ!」と言われ冷や汗をかく。子供故に残酷と言うがこいつも子供みたいに我儘を通し抜く様はその言葉にぴったりだと思う。
その時「なにやってんだ」と小平太の頭に拳骨を落とす救世主様が姿を現した。
「食満くんだ、ケマー!」
「お、おう、良く俺の名前覚えてたな」
六年生と自己紹介を交わしてからずうっと呼びたかったその名を口にする。私はその苗字の響きを以前からとても気に入っていた。廊下で見かけては呼んでみようと思ったのだがなんせ背も高いし目つきも鋭いし体格も良いから少し怖くて近づけずにいた事を話せば「遠慮すんなよ、困ったことがあったら何でも言ってくれ」と頭にポンっと手が置かれる。実に好青年、爽やかだ。
「おっと、年上なんだったな。すみません。小平太がいつもタメ口で話してんのに慣れてしまって」
な、なんて良い子なのだろう。
きっとモテるのだろうな、ていうかこの人この学園にしては普通だ。私はなんだか好感をケマに感じてならなかった。
「ケマ、ケマ。私と友達になって」
「え、山田さんも一応職員じゃないですか」
「タメ口でいいよ、ケマ!」
「そう…か?なら、これから普通に接するが。後ろの小平太はいいのか?」
「私の方が花子と仲が良いんだからな!調子に乗るなよ留三郎!」
何をそんなに燃えているのか、勉強をしろ。勉強を。食堂が火事になる。
そういえば、ケマは何しに食堂へ来たのだろう、用事だろうか?
「…そうだ、今用具委員で備品を直しているんだが、夜食のおにぎりをお願いしに来たんだった」
「そうだったんだ!分かったよ忙しいだろうし、作ったら持ってく。どこに持ってけばいい?」
「あー…すまないな。じゃあ、用具倉庫まで頼む」
ケマはじゃあ、と片手をひらっと上げて颯爽と食堂を出て行った。小平太は相変わらずなんだか後ろでうるさいし、あーゆうのが好みなのか?とか私の方が強いぞとか体育委員は委員会の花形なんだとか聞こえてきて私は凄いねーふーんそうなんだー、と返しといた。私は、この時まだ流し返事が後に大変な事になるなんて思いも寄らなかった。
(おにぎり私も手伝ってやろうか!)
(うんうん…え!?それは断る!)
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