■ 27話/素直に言えなくて。
目の前に立っていたのは鉢屋。もう明らかに不破君ではない事は明らかだ。分かる、何故か私にはこいつの纏った負のオーラと言うか気だるげなそんなものが見える気がする。
「鉢屋君、今はちょっと」
そう上を向いたまま横を通り抜けようとすれば腕を掴まれた。ちょ、なに、ほんと今は困る。
「嫌だ」
何を子供みたいな事をと睨めばポロリと涙が落ちてしまった。
「なっ…おま、泣いているのか!?」
「ち、違うわい。これは…汗でっそう!汗が目に入って…」
はい、すいません。こんなに涼しくて尚且つ特に何も運動やら仕事もしていないのに汗なんかかきません。なんやかんやで前にも二人で座った大きな木のしたで全部吐かされてしまった。言っとくけどあたしのが年上なんだからなと言えば煩いと頭を弱くポケッと叩かれた。この弱い力でというのがもしかしたらこの人なりの優しさという奴だろうか。だとしたら……伝わりにくっ。
「なんか今、失礼な事考えていなかったか」
「な、何で分かった」
「言っておくが私はお前以外の女性には紳士的なんだぞ…何だその顔」
「いえ、欠片も想像できないなーって」
「正直すぎるぞ、お前。だけどそこが良いのかもな、後輩達も皆お前を慕っているし」
きっとこの光景、機から見たら不思議に見えるのだろう。何故なら二人して体育座りで前を見て座っているからだ。そして鉢屋くんは不破くん含め五年生以外と二人でいる事は少ないらしく物珍しい目で皆が見てくる。
「あんた有名人?」
「知らなかったのか?」
最初はムカつく奴だなと思っていたけれど意外と本音で話せるのは鉢屋くらいかもしれない。そう思いながらチラリ横を見れば鉢屋もこちらを見ていたようで直ぐに顔を逸らされた。
「耳が真っ赤」
「う!煩いっ、というかお前誰と何処へそんな格好をして行ってきたんだよ」
「土井先生と町だよ。でも帰りには利吉くんも一緒に帰ってきた」
「……ふーん。ていうか仮にも山田先生の御子息でしかも売れっ子忍の利吉さんをそんな呼び方してるのか?」
「こう呼べって指定されたんだもん」
「まさか利吉さんまで……」
は?と言えばいやなんでも無いと返されて別に深く追求する事でもないかと思い"そっか"とだけ返した。
「そんなめかして何がしたいんだかな」
「どーいう事それ」
「そんな男にチヤホヤされたいかって事」
「はぁ?んな事ある訳ないでしょ!この歳で嫁の貰い手なんてないっつーの!!」
「私にはそう見えるけどね、そんな格好しても似合わな…ッ!」
「そこまで」
声の主は言わずと知れたあの人で私の肩に手を置きながら顔を出した。
「私はとても綺麗だと思うけど。でも、花子ちゃんの食堂のお姐さんとしての格好も見てみたいな」
「…利吉くん」
鉢屋はとても気まずそうに顔を逸らしている。別に似合わないのくらい分かっているしいいんだけど…今までボロの破けた着物一着しか持っていなかったし。
「て事で、花子ちゃんは借りて行くよ」
ええええ、どこ行くんですか。引っ張られる手、とりあえず鉢屋にごめんと言い残しその場を後にしたのだった。
(あんな事、言いたかった訳じゃないのに)
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