■ 39話/今はまだ時では無い。
唖然、そんな言葉が今の彼にはまったくもってぴったりであった。
口を開けたまま立ち尽くしている彼は、何処を見ているのだろうか。
私は久しぶりに会ったその顔に喜び近づいて行く。
「わぁ、白兵さんですか、本当に」
探していたんですよと話しかけてもまだまだ動かない。いや、少し震えてきたんでしょうか。白兵さんともう一度話し掛ければ我に返ったようにハッとした彼は花子殿…と震えた手で腫れた頬に触れ、口の端をなぞられた。痛いを通り越して麻痺しているからあまり感じないけれど、口の端はピリピリした。
「この頬は…」
わなわなと前方にいる人物を見ている。
その視線の先にいる七花くんは呆然と立ち、とがめさんはその後ろに隠れている。此奴も花子の知り合いなのか?と。
「奇策士とがめ………」
拙者の後をお主が追っている事は知っていた、無論この刀を狙っている事も、拙者は御主らがこの先の巌流島に近付いた時、決闘を申し込もうとしていたが…許せぬ、この玉の様に美しい肌をこの様に傷付けるなど、どう責任を取るつもりだっ!!いや、これは拙者が責任を取らせて貰うが……そして、"ときめいて貰うでござる…"と刀を抜きそうになる手を私は止める。
七花くんは既にかまえているし、戦闘準備万端といった感じだ。しかし、とがめさんはまだ戦う時ではないと言っていたし、何故か怒っているし…
「待ってください、白兵さん」
そう手を掴めば刀を抜く手が止まる。
しかし、此奴が花子殿の頬をこんな風にしたのでござろう、ならば拙者が此奴に花子殿に手を出した事を死ぬまで後悔させてやるでござると奥歯をギリリと噛むいつもの白兵さんらしからぬ激情っぷりで背中に冷や汗が流れた。
「…………」
私は考えた、今この二人を戦わせた所でどちらも深傷を追ってしまうのは間違いないと。私は少し目を瞑り、白兵さんの胸の中に飛び込んだ。機から見たらだが。
要するに前から羽交い締めにしたと言っていい。
「−−なっ!!花子殿、何をっ」
私は背中の二人に合図を贈る…指で"今の内に逃げて下さい"と。ちゃんと伝わっているだろうか、後ろを向いているから分からないけれど白兵さんが待て貴様等っ!!と叫んでいるからきっと上手く逃げてくれたはず…
「白兵さん…探していたんですよ、私。」
そう言えば、ぐっと押し黙り私の肩を抱いた。私より幾分も背が高い白兵さんの顔が肩に乗せられなんだか耳がこそばゆい。
そろそろ逃げ切れただろうか…
さてと、と身体を離そうとするがビクリとも動かない。すると白兵さんは花子殿っついに拙者の事を認めて下さったのでござるなとぎゅうぎゅう身体を締めてきて私の顔は引きつった。もももも申し訳ない事をしてしまいましたああああ……。
「は、は白兵さん?あの…その」
「はっ!そうだ…その頬を早く冷やさねば…」
ワタワタしてれば急に身体を離され身体が宙に浮かぶ。一瞬にいろいろな事が起こったものだから目が回ってしまった。クラクラする中、凄い速度で歩を進める彼をちらりと見ればその切れ長な目と合いパッと逸らされる。その耳が白兵さんの肌や髪色に目立つ赤に染まったものだからなんだか私も恥ずかしくなり俯いた。
なんだか顔が熱いです…。
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