■ 40話/聞き間違えですか。
川縁に座り、その水を含んだ布で頬を冷やされる。気持ちいい。
触れる手は優しくて、心配した目は私を覗き込んでいて少し気恥ずかしくて私は目を合わせられないでいた。
「白兵さん、あの…そんなに見ないで下さい」
そう言えば、すまぬと顔を背け川向こうの景色を見る白兵さん。髪が揺れて綺麗だな。
しかし、またもやブツブツと七花くんととがめさんの事を怒っているようで、眉間にも皺が寄っている。
「あの、白兵さん…七花くんの事何ですが…」
「花子殿、分っている。そやつの事は拙者に任せて置くでござる」
奴め、骨一本残してやるものかと爪を噛む白兵さんの肩に手を置く。先程から本当、私の話を聞いてくれない白兵さんにはこれくらい言わねば聞いてくれないだろう。
「とりあえず聞いてくれませんか、錆さん」
もう、聞いてくれないようなら呼び方も姓に変えます。と言えば慌てた表情を見せ私の隣に座り直す。
「申し訳ない、取り乱していた。拙者、花子殿の事となるとつい…続きを」
そう俯いた白兵さんに頷き私は経緯を説明した。とがめさんとも知り合いで七花くんとも先程会って二人とも友達なのです、と。じゃあその傷は?と聞かれたが笑ってこう答えた。友達は喧嘩する物なのでしょう、こういう時もありますよ。
「そう…でござったか。拙者、無粋な真似を致した…申し訳ない。しかし奇策士とがめとの事は別でござる、もしこの刀を狙い拙者の前に現れた時は構わず斬る」
眉を下げる白兵さん。
それは…仕方がない話だろうから七花くんに任せよう。所詮、その刀は人の物、奪うならばそれなりの覚悟が必要なのだから。
それに、その頃には少しは七花くんも学んでくるだろう。人の死について…そして、とがめさんには以前から話してあるし。
ああ!そうだ、そうだ。私は何の為にこの方に会いに来たのか…今思い出しました。
その刀です。
ぴっ!と白兵さんの腰に付けられた刀を指差す。
鋭利な刃物で威圧されているような感覚。白兵さんの持つ四季崎記紀の完成形変体刀の刀、その名前は何と言うのか分からないけれど鞘に花の模様が施されていてとても綺麗。
「その刀を私に見せて頂きたく、白兵さんを探していたのです」
そして白兵さんの目付きが変わる。
この刀、でござるか?と。見た事のないその鋭い目付きにビクリと肩が揺れたが、私は目を逸らさずに続けた。
「その刀を渡せ、と言う訳では無いのです。それは誰の物でもなく今は貴方の持ち物ではありませんか。ただ私はその刀を少し見せて頂ければとお願いしている訳です」
彼は私の目をジッと見る。
透明な色の目に吸い込まれてしまいそうだったが、ここで目を逸らしてはいけないと必死に耐える。白兵さんは私の真意を見つめているのかとても険しい表情をしている。
しかし彼は俯きふるふると横に首を振った。
「いや、花子殿になら構わぬでござるよ。この刀、手放す時は拙者の命が尽きる時だと思う程執着しているが…何故か花子殿ならば渡しても平気なのだと思ってしまう。」
腰から刀を外そうとする白兵さんの手を止める。いや、まだ待ってくださいと苦笑いをすれば小首をこてんと傾げられるが、まさかここでその刀に触り倒れる訳にもいかない。
私は立ち上がり、頬に当てていた布を川の水に浸しに行く。もう少し冷やしましょう。
「ここでは少し待って欲しいんです、どこか休める所に行きたいのですが…そうだ!この先の宿に行きましょう!」
「…………え?」
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