■ 31話/生きててくれて。
さぁ、さて前回は稲荷の下酷城で斬刀.鈍の毒気を吸い取りました花子は森の中を突き進みます。今となって気づいたのが方向音痴、以前は目的もなく旅をしていて方向音痴など別に気にならなかったのだが今まさに絶賛迷子中だ。
何度も行き交う人達に聞いてはいたのだけれど…
「ここは、どこでしょうか」
果てしなく続く森の中、早く錆白兵の元に行かなければ行けない花子は焦っていた。なんだか熊がでてきそうだわ。
その時、ガサガサと大きく茂みが揺れた。
「………!!」
声にならない程、驚き慌てふためいた。
うわっうわ!殺されてしまいます、しかも冬眠の為にご飯を溜め込む時期じゃないですか、私は保存食になってしまうのでは…あ、あれ?
茂みから現れたその姿は熊でも猪でもなく、紛れもなくあの方だった。
私は足早に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?い、いけない…こんなに…」
私は横にさせ、膝に頭を乗せた。
布を飲み水で濡らし、唸りあげるその傷や汚れが目立つ顔を拭いて額に乗せる。
〆
「起きましたか?」
「ん、あだだだだ。花子か?お前、何でこんな所にいんだぁ」
腰を上げようと試みたものの痛みで起き上がれないらしい蝙蝠は患部を摩りながら唸りを上げた。
「駄目、歩けるまで寝ていて下さい」
そしたら、宿でゆっくり体を休めましょうと額の布を変えてあげると冷たっ!と声をあげた。それだけ元気なら安心しました。
「結構寝てたんじゃねえのか?俺は」
「気にしないで寝て下さい」
あれからどれくらいの時間が経ったんだろうか、真昼にあのショッキングな場面に出くわして今は…空を見上げると先程までの橙色の空は茜色を通り越し薄ら暗い空に微かに月が見えていた。
「大丈夫、まだ一刻ほども寝てませんよ」
私は咄嗟に嘘をついた。
蝙蝠さんはそうか?と聞き返してきたが私は只々頷いて納得させ、私も少し寝ようかなと瞳を閉じた。
蝙蝠さんが規則的な寝息をたてた頃に目を開ける。ああ、やはり刀はないみたいだけれど、やはりとがめさんに取られてしまったのだろうか。
その話は後々聞く事にしよう。
遅くなってしまうかもだけれど、白兵さんはきっと大丈夫。あのお方は強いもの。
それから死んだように眠る蝙蝠さんは次の日になっても目を覚ます事はなかった。
「熱い…」
熱も出てきている。むしろ昨日よりも苦しそうだ、私は余りない筋肉で必死に蝙蝠さんを担ぎ、引きずりながら近くにあるであろう街を目指した。
神様、私の方向音痴を今だけは治して下さい。これ以降どんなに、方向音痴が酷くなっても構いません。
私は必死に、必死にただ道を歩いた。
着物は着崩れ見られたものではないけれど、そんな事を言っている場合でもない。早くお医者様に見せなければと只一心に思う。
「あった…町です、蝙蝠さんしっかり!」
ずるずると大の男を引きずる姿は見せ物状態だったが、私は周りの目も気にせずお医者様の戸を開ける。
「酷い熱が出ているんです…助けて下さい」
「こりゃ大変だ!今すぐ診よう。君のほうもボロボロじゃないか、ここに座りなさい」
言われた通りに腰をおろす。
肩がぱんぱんに張っていたが、着いて本当に安心した。どっと疲れが出る。
それから色々手当てを受けた蝙蝠さんを連れ宿に泊まった。傷口からくる熱だろうとの事で命には別状ないが、凄く息苦しそうだ。
私は出来る限り看病をした。
頭の布を変え、汗をかいた体を拭き、着替えは流石に断られてしまったがご飯の際も腰を支えた。
ものの数日で回復し今に至るのだが、ここまで回復するなんて。
「死ぬかと思ったぜ、きゃはきゃは」
夕餉を終えて湯殿を済まし布団にごろごろ寝転びながら笑い話すこの方は昨日までゼーハーしていた筈なのだが。
「お前に偶然会わなかったら俺様この短い生涯、熊の餌になって終わってたっつー話だよなあ、まったく!幸運だったぜ、本当によお」
「もぉ、まだ病み上がりなんですから静かにしていて下さい」
どつきますよ、と言えば「お、おう」と少し静かになる蝙蝠さんがなんだか可愛らしい。
「ようやく話せるようになったのでお聞きしても良いですか…何故こんなに傷だらけになっていたのか?」
最初は恥ずかしいからやだよと言うのを渋っていた蝙蝠さんはやっと口を開いた。俺、負けたんだよ、と。
「俺、不承島にある女を追いかけて行ったんだよ。そしたら、そこの虚刀流っていう刀を使わない剣士(拳士)にやられてこのざまだぜ」
きゃはきゃは、ほんと笑えると自嘲するように笑う蝙蝠さんは此方をチラリと見やり話を続ける。
「愛で動く人間は信用できる、私に惚れて良いぞってそいつに言ったんだぜっ、きゃはきゃは!ウケるだろ!」
んで、その女にまんまと乗せられた挙刀流にやられた。何故だか殺されはしなかったが、その島に留まるのは何だかヤバい気がして必死に逃げてきたんだ、と話した。
「そう、でしたか…」
とがめさんは自分の刀を手に入れたのですね。どんな人かは知らないけれど、蝙蝠さんの命は取らないでいてくれた。
約束を守ってくれたのですね、とがめさん。
「お、おい、花子っ…!」
私は蝙蝠さんに思い切り抱きついた。
「ほんと、本当に生きていて良かった。もう本当に心配したんですよっ」
そんなによろよろ、ぼろぼろ、けちょんけちょんのになって倒れこんで来て!と強く抱きしめる。
「ちょっ、鳳凰さんに殺されるやめろ、しかも今現在も俺は重症なんだっつーの!」
そう言って剥がされたが、ものの五分。私を心配させた罰ですと言って黙らせる。その時、くそっと言う声が蝙蝠さんから漏れた。私は顔だけ離し顔を覗き込む。
「こんなに俺様の事を心配するやつ、初めてだ。死ぬことになんの戸惑いも無かった俺がだぜ?忍である俺様が死ぬ事を今更怖く思うなんて無だなぁ、お笑い種だぜ」
きゃはきゃは。
顔をくしゃっとさせ、笑い声をあげる蝙蝠さんはいつもよりも少し眉を垂らしこう言った。
「お前と離れたくねえからそう思うんだ」
「蝙蝠さん…」
「ありがとな、お前と友達になって良かったよ」
それと、と身体から私の肩を押し離した蝙蝠さんは俯きながらこうも言う。
「お前の事このまま離せなくなっちまいそうだからよ、もうそうやって、むやみやたらに抱き着かないでくれ。俺だって男なんだぜ?お前にとっては只のお友達なんだろうけどな、きゃはきゃは!俺はあの人に幸せになって欲しいんだよ。私利私欲でお前に手は出せねえ。」
って真面目すぎるよなぁ、といつもの蝙蝠さんに戻り身振り手振りその不承島の話を面白く話し始めた。
私は、その時その事について何も返す事が出来なかった。
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「あーあ、里の為の刀。取られちまったなぁ」
好きだなんて単語、言ったら引き返せねえ、そんな気がしたんだ。
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