従者の憂鬱中編 | ナノ


▼  5.貴方はたったひとりの大切なお方です



傷が浅くて本当に良かった、未だかつてこんなにも取り乱した事などあっただろうか。いや、無い。あたしの所為で銀閣さまが死んでしまったらどうしようかと本気で考えた。

銀閣さまと言えばまったく気にしていないようにただアクビをして寝転がっている。

しかしあの胸の高鳴りは銀閣さまがあたしを庇ってくれてからというもの続いている。

っ!−−そうだ。

こういう風に銀閣さまと目が合ったりお茶をお渡しする際にどうもおかしい。指先が触れ、先ほども湯呑を落としてしまった。

しかしどうしたのだろうなどと考えなくても分かっているんだ。この気持ちが何なのか、この胸の高鳴りが何なのか。

しかし、あたしは…。


「おい、花子」

好き、と言う意味では以前も尊敬の意で好いて居たけれど…これは。

「おいっ!」

「っひゃい!!…い、いや、すみません!少しかかか考え事をしていまして」


こ、こんな言い方をしては意識していますと言っているものじゃないかー!!銀閣さまは眉間を寄せ怪訝にあたしを見ている、目を逸らすのは少しおかしかった、しかし今更だ…。


「なぁ、お前…」

「い、いえっ!…なんでも」

「ちょっと待て」

離れようとすれば腕を掴まれる。
きっと真っ赤になっているであろう顔を必死でもう片方の腕で隠そうとするが返って余計恥ずかしくなってしまった。

頭に置かれた手が髪をくしゃりとする。

「…ぎ、ぎん」

「余り期待持たせるような態度取るんじゃねえよ…俺だって期待する」


その言葉にハッと顔を上げれば、いつもの余裕な表情をした銀閣さまは居なくて、変わりに少し照れて顔を逸らす彼が居た。
これで逃げたら距離は以前寄りもひらいてしまうかもしれない。けれどこの気持ちを言ってしまったら、この世に生を受けてから今まで主従関係が壊れてしまうのではないか。それを考えると、その自身が常に心に留めていた忠誠心というものが邪魔するのだ。

だけど、あたしの心の中にこのやましい気持ちがある限り、銀閣さまに対して失礼にあたる事だと思いあたしは決心して口を開いた。。

「銀閣さまっ」

「……なんだよ」

「あ、あたしは…銀閣さまも護れず、更には忠誠をも裏切りました」

「どういう事だ?」


…これからを想像して涙が出る。
あたしが女だから、こんな事になってしまったんだ。あたしが女として生まれたから。


「ひっ、う…銀閣さまが好き……」

「……」

「あ、あたし…男に産まれていれば…しっかりと銀閣さまをお守り出来た…のにっ、一生忠誠を守り通せたのに」


嗚咽を漏らしながら最後まで言い切ったあたしはその場へしゃがみ込んだ。


「だけどっ…銀閣さまから離れたくありませ…ぇぇぇん、ううっ…」


酷い、今のあたしの歳を考えたら痛い泣き方だ。これは甘い…考えだろうか。


「馬鹿か、お前は」

そう呟いた言葉を聞き、あたしは目を瞑ったやはり呆れられてしまった。
主を裏切り一人の人として好きになってしまった、そしてあまつさえ主従としても離れたくないと泣く。呆れられて当然じゃないか。


「ひでえ顔だな」

「う…っく…」

「俺は最初からそのつもりだ」

「え?」

「好いた相手から離れてえなどと誰が思う。そしてお前がかたくなに主従関係を守ろうとしていたのも分かっていた」


見上げた銀閣さまはやっと泣き止んだなといつもの笑みを浮かべて私の唇をサラリと奪った。一瞬の事だったので反応も出来ず只々惚けていれば銀閣さまの言葉があたしの意識を取り戻した。


「一生俺の側にいると誓え、妻として従者として…これからも俺を支えてくれ」


お前がいなかったら、俺は一人でこの部屋にこの城に残り只々この刀を護る事を生きる糧として行かなければならなかった。きっと目を瞑れば思い出すのはかつて栄えていたこの稲荷の姿と民や城の中で働く者の笑顔、そしてお前の事、そして後悔と言う二文字だったろう。

救われた、一人でなければ護るものがあれば…俺は。


「やっと選択が出来た」

さて、この刀を手放すのはいつになる事か。幕府が欲しがっているのは分かってはいるが…この稲荷を元に戻せるのだろうか、そうでなくともこいつにならと思えるものが居ればいいんだが…。



選択?

そう一言漏らしあたしの肩に頭を埋めた銀閣さまはそのままぐでんと体重をかけ寝てしまった。

「お、重い……でも良かった、銀閣さま…いつ迄もお側に居ります」


で、でも…今、妻って…妻って言わなかったかこの人は。



「やっぱり起きて下さいっ!起きて…っ起きろおおおっ!!」

「……うるせぇな、ゆっくり眠らせろ」




これは刀を守る城主とそれを支える従者のお話、これから直ぐまた刺客が現れるとも知らず呑気に仲良くしているのでしょう。
さて、次に襖を開けたらどんな光景が広がっているのやら、とても気まずい顔をした奇策士と虚刀流のお話はまた別の機会に。


ここまで読んでくださった宇練銀閣さんを愛している娘さん方、誠にありがとうございました。



2013.10.11

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