▼ 4.どうしてこんな無茶をなさるのですか
さて、と。
銀閣さまは湯殿へ行った。私はこの部屋で刀を守らねば。宇練家の右腕を語っているこの山田、そこらの刺客には決して劣らぬ。今は銀閣さまの変わりにこの刀をお守りするのだ。
「ふう…」
それにしても、本気で好きだなんて言われるとは思わなかった。頭ではいけないと分かってはいるのに心臓の音が頭に響いて言葉では否定しているくせに心の中ではどこか嬉しいと…あたしは…。
−−ガタガタ。
ん?銀閣さ…違う。
私は鈍を構える、勿論伝統居合抜きだ。誰だ…いや誰だと思うのはおかしい、誰であれ銀閣さま以外ならば斬る。ここへ仕えていた者であっても斬る、一度裏切った者を信用出来るほどあたしは甘くは無いぞ。
「フッフッフ、よどけだし話いしかず恥ものてっるい入らか襖と々堂が者忍」
「かえねたかしは合場のこ、ぁま」
「ぜうらもてせら乗名」
「だ鷺白庭真、人一が領頭二十軍忍庭真は俺」
「などけだんーつっ鷺白のり喋さ逆、称通」
そこには、ふっふっふっふっふと変な呪文を長々と唱え続けている白い人が立っていた。
「がえねて来てっ入は報情なんそ?なんお」
(女?そんな情報は入って来てねえが)
「…?」
何を喋っているのか全く分からない、外国人か?いや、そんな事はどうでも良いじゃないか。銀閣さまが此方へお帰りになる前に片付けなければ。
私の居合斬りの間合いは銀閣さまのものよりも…まだ、まだ…。
そうだ早くその畳を歩いて来い。
「フッフッフッフッフ」
「鈍.刀斬 刀いしろ恐、るれわ言といなは物いなきで断両刀一」
(一刀両断できない物はないと言われる、恐ろしい刀、斬刀.鈍)
「よれくれそ」
(それくれよ)
「かえねやじうまちっなくし寂、よえねやじんすトカシ」
(シカトすんじゃねえよ、寂しくなっちまうじゃねえか)
「いよいよ、かのいた見を法忍、の俺になんそ、タンアもとれそ。ぜだんえねやじんもるれ見になんそ」
(そんなに見れるもんじゃねえんだぜ、それともアンタ、そんなに俺の忍法を見たいのか、よいよい)
何故そこで止まる。
あたしの間合いを分かっているのか、いやバレてはいないはずだそして女という外見でこいつは油断している筈だ。
未だに何を話しているか分からない。
ま、まさか…いや、そんな馬鹿な。でも、もしお前の攻撃は既に分かり切っていると言われていたらどうしよう。冷や汗が背中を伝った気がした。
無意識にあたしは気づいていた。
この白い忍が只者ではないと。明らかに以前からここへ訪れ刀を狙っている刺客とは違う風貌…個性的過ぎる。
「?かのんてっビビだんな」
(なんだビビってんのか?)
「……いや、もう話は止めろ。何を話しているのか皆目検討が付かない」
「どけだんなり喋さ逆?かのたっかなてっか分とっずでま今、え?のいなてっか分、え」
(え、分かってないの?え、今までずっと分かってなかったのか?逆さ喋りなんだけど)
何か少し耳が赤くなってアタフタしている、一体何がどうしたと言うのだろう。
斬刀を構えなおす。
忍の方はまだまだ喋り続ける。
しかし、ここでお終いだ。
貴方はその畳を踏み越えた。
「…零閃っ」
−−ガキンッ!
な、何だと…
「なたっだ念残がうろだんたっ思とぇねれらめ止け受を撃斬のいらくれこが俺、フッフッフ」
(フッフッフ、俺がこれくらいの斬撃を受け止められねぇと思ったんだろうが残念だったな)
ああ、すみません銀閣さま。あたしはこれまでのようです。しかし死んでもこの刀は離しません。この男があたしの骨を折り皮膚を裂き付いた手ごと刀を持ち帰るまでまだ時間はあるでしょう。
早く、お戻りを…。
銀閣さまならきっと。
「し深鱗逆 法忍鷺白庭真」
(真庭白鷺忍法、逆鱗探し)
男の声が聞こえ、あたしは目を瞑りギュッと刀を抱きしめた。決して離してなるものか。
「…………?」
しかし、想像していた衝撃、痛みは襲って来なかった。代わりに目の前には…
「ぎ…銀閣さまっ!!」
小太刀で刃先を弾き返したものの左目から頬に掛けて皮膚が裂けて血で濡れていた。
「銀閣さま…目が…目が…」
「はえめてだ誰」
(誰だてめえは)
「俺がこの斬刀鈍の現所有者、宇練銀閣だ。…下がっていろ、真後ろだ」
そう低い声で私にだけ聞こえるように囁く銀閣さまは私が持つ鈍を手にし構えた。
「ぜだ駄無もてっやらくい、れやれや」
(やれやれ、いくらやっても無駄だぜ)
「ふう…」
−−カチャリ、音を立て閉まった刀身を私は見る事が出来なかった。
居合抜き、ここまでの早さを持った剣士などこの人を置いているのだろうか。倒れた白い忍は多分きっと息はない。銀閣さまの元へかけよれば血が床へ垂れている。
「あ…ああ…血が、銀閣さまっ」
涙が止まらない、ごめんなさい、ごめんなさい、一生護ると誓ったのに何故あたしは傷ひとつ付いておらず銀閣さまはこのように怪我をしているのだ。弱い、あたしが弱かったからいけないのだ…こんな事になってしまうなんてあたしはこの人に仕える資格などないじゃないか。
「はぁ、お前…仕える資格などない、なんて考えているんじゃないだろうな」
「右腕など…もう口が裂けても言えません、申し訳が立ちません…」
その時うつむいた顔をグイッと上げられボヤける視界に銀閣さまが映った。
目元を着物の袖で拭えば薄っすら傷はあるものの、目には達していないみたいだった。切った所が悪かったんだと言われ安心して涙がまたボロボロと止まらなくなってしまった。
「う…うう…」
「あー泣くな、もう泣く理由もないじゃねえか」
あたしは涙を必死に拭いながら頭をぽりぽり掻く銀閣さまを見た。
こんなあたしなど庇わなくても良かったのに。
「どうしてこんな無茶をなさるのですか …」
(…うるせぇよ、黙って抱かれてろ)
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