■ 雨宿、座敷童。

ぽつり、ぽつりと雨が降り始めた。

早々とそれは柔らかい地面の土をえぐる強い雨に変わった。このずぶ濡れの格好では任務を承る為のここからほど近い町の城主への謁見には失礼にあたる。そう判断した我は髪と着物を乾かすぐらいはしなければとふと視界に入った宿に入る事にした。

晴天だった筈がいきなりの雨、まったくついていない。

「失礼する、いきなりの雨に降られてしまってな。少し暖をとらせて欲しいのだが…」

古びた戸の向こうには人の良さそうな老婆が一人。ゆっくりと立ち上がりいらっしゃいませと微笑んだ。

「あらあら、直ぐに火をくべましょうね。着物も立てかける物を用意するから脱いで乾かしておくれ」

小さな部屋に案内され、囲炉裏に火がくべられ直ぐに部屋が暖かくなった。四畳半と言ったところか、何も物がなく簡素だと思った。
視界の端に映ったのは小さな子供が遊ぶ布が幾つもつなぎ合わされた鞠だった。

何でこんな所に?とも思ったがあの老婆が前に泊めた客の忘れ物に気づいていないのだろうと思い手を掛けると後ろから「こんにちは」と子供の声がした。人の気配は感じなかったのだが…。

「ここの子か?」
「…そうだよ。そのまり、ちょうだい?」
「この鞠はお主の物か?我はてっきり前のお客の忘れ物だと思ったのだが」
「ちがうよ、おばあさんがくれたの」

その呼び方に何かが引っかかったが、無理に問うのはやめる事にした。特に深く追求するつもりもない、忍の悪い癖がでてしまったようだ。

「おにいさんは雨宿り?」
「そうだよ、天気雨に降られてしまった」
「雨はきらい?」
「嫌いではないかな、どちらかと言うと好きだ。木々に雨粒が落ちる音も土が濡れていく匂いも、変か?」

その言葉に笑っている少女の姿に微笑む。きっと子供は晴れて外で遊べなければつまらないだろうからそんなのは変だと笑われているんだと思っていたのだが少女は「嬉しい」と口にした。

「なぜ?」
「わたしも雨がすきなの。おにいさんが言ってる音もにおいも全部すき」
「そうか一緒だな」

そう言えば嬉しそうに笑ってその鞠を抱えながら我の横にちょこんと座った。小さいな、齢十、くらいだろうか。

「雨がすきって人はじめてだよ」
「そうか」
「また来てくれる?」
「そうだな、機会があったらまた寄ろうかな」

分かりやすいなと笑いそうになる口元を抑える。ちょんと突き出た唇が子供特有の拗ね方で素直だなぁと少し笑ってしまった。うちの所の子供はそんな風に子供らしい事をしないからな。

「あ、笑ったでしょ」
「いや、可愛いなと思っただけだよ」
「かわいい?そんな事はじめて言われた」
「それは驚いた」
「おにいさんははじめてばかりを運んでくるのね」

ぴちちち、と小鳥の声が窓から聞こえてくる。雨が上がったかなと見に行けば空は晴れて水たまりには空の青が映っていた。

「雨があがったみたいだ、見て…ん?」

少女の姿は囲炉裏のそばにはなかった。そんなにすぐに居なくなるものだろうか。それにまた鞠を忘れている。まぁ、ここに住んでいるのなら店主のご老人に鞠を渡して置けばよいか、と私はちょうど乾いた着物を羽織り鞠を右手に持った。

部屋を去る時にもう一度、部屋を見直すがやはり簡素で何もない部屋だ。だけど唯一、あそこの窓からは綺麗な青と緑がよく視えた。

「すまない、世話になった。後、先程の部屋にこれを忘れていったようだが」

「…ああ、それはありがとうございました」

「では失礼する」

野暮な事は訊かない。少女はここの家の者なのか、着ていた小袖は古いものであったからここの少女でないとしたら身寄りのない子供が入って来たのかもしれない。だとしたら余計な心配を掛けてしまうだけだろうし、掛かわる時間はもうないのだ。

「お代は、いくらだ?」

「いりません、雨宿りでしたらお代は気にせずいつでもいらしてくださいな」

老婆はとても嬉しそうに微笑んだ。

晴れた空には似合わない濡れた地面を歩く、あのまま町を目指していたら暇を持て余す所であった。あそこでの雨宿りは意外といい暇つぶしになったのかも知れない。

それから城主へと挨拶を交わし多くの任務を承った、最近は忍の任務は少なく今回もきっと挨拶周りだけのつもりで会いに行ったのだがとんだ報酬だ。

それから一、二ヶ月してまたあそこの城へ足を運ぶ事となった。その日は生憎の雨で、いつもの忍装束ではないから雨に濡れてもいけないと今日は傘をさしている。

ちらりと視界にうつる前に訪れては少女と話をした古びた宿。今日はさして濡れてるわけでもないが前のように時間が余っていたのもあって、少女の約束を思い出し戸に手を掛けた。

「いらっしゃいませ。ああ、また来てくださりましたか」

直ぐに前の部屋に通された、雨宿りのお客は常にこの部屋なのだろうかとまた妙に勘ぐってしまう。

「あの鞠は?」

また部屋の隅に置いてある。
それが不自然で火をくべる店主に訊いてみる。

「子供がたまに遊びにくるんですよ」

「ああ、やはり知り合いだったか。前にまた来ると約束したのだが今日はその少女はおらぬのか?」

「女の子でしたか、そうですか、会いましたか、それは良かった」

「…?」

会話になっていない、知り合いではないのか?良かったとはなんだ、子供の遊び相手になってくれた事とかだろうか、にこにこと笑い出ていってしまった。

それからしばらくしてまた少女が扉から顔を覗かせた。それから嬉しそうに我の元へ歩み寄る。

「またきてくれた!」
「ああ、約束したからな。お土産に金平糖を持ってきた、星のようで綺麗だろう」
「うわぁ、きれい!…もったいなくて食べれないや、ここにかざるの」
「お主のものだから好きにするといい」
「ありがとう!今日も雨だね、嬉しいな」
「雨宿りの間遊ぼうか、鞠を貸して」
「遊んで、くれるの?」

少女は少し驚いた顔をして顔を俯かせた。そんなに驚く事だろうか、鞠をつけば直ぐに笑顔になり時間を忘れて遊んだ。自分も小さい頃はよく鞠で遊んだものだ。十の頃にはもう遊びを忘れた忍であったが、遊んでいた頃には自分もこんな風に笑っていたのだろうか。

「おにいさんもたのしそう」
「うむ、楽しいよ」
「おにいさんの名前はなんていうの?」
「鳳凰だよ、ほうおう」
「ほうおう、ふふ、ほうおう!」
「主の名前は教えてくれないのか?」
「…わたしはね、雨だよ」
「雨、雨が降ってる時にいつもいるからな、とても似合っている。可愛い名だ」
「ふふ、今日は遊んでくれてありがとう、もうやんじゃった」

もう、やんじゃった。その言葉に窓を見れば確かに雨は止んでいて、そして振り返るとまた少女の姿はなかった。

そしてその後の城主への謁見、前に多くの任務を承りそれなりの報酬を頂いたばかりなのだが、更に多くの任務を頂いた。明らかにおかしい。この城主は気前が悪く特に忍を嫌っていたのだから。

まぁ、特に不利益もない為深くは考えなくなった。それから任務がこの先の町へなくとも幾度もこの宿へ通い少女と会話を楽しみ遊ぶようになった。
雨の日にしかいない彼女は雨が降っていたり降り始めると嬉しそうに扉から入って来る。自分の話をするよりも我の話を聞きたがる。外の世界を知らない子のように変哲のない話を楽しそうに聞いている。どんな仕事をしているのか、最近楽しい事はあったのか、いろんな事を訊いてくる事は煩わしくもなく、むしろ我の気を休める為の時間となるのにそう時間はかからなかった。

彼女とあった後は必ず良い事がある、それは大きな事から小さな事まで。そして、ここの宿に訪れる回数を両手で数えられなくなった頃にようやく気づいた。

少女は生きている人間ではない。

最初からおかしかった事は沢山あった。宿主が用意した鞠、不思議な言動、よく遊びにくる筈の少女の存在は不確かで性別も知らない。そんな事は存在しないとどこかで決めつけていたから気づかなかったのかもしれない。確信づいたのは宿主が入って来ても少女に気づく事はなかった。ああ、視えていないのだと分かった。

その時、彼女は気まずそうに俯いた。しかし「また遊ぼう」と言えば直ぐに笑顔になる。

我はこの少女が昔からの話にある「座敷童」
ではないのかと直感的に思った。何故なら、彼女と会った後には必ずいつもは起こらないような不自然な程、良い出来事が起きるからだ。
自身の話し相手をしてくれたその無垢な少女は自身の癒しになっていた。それだけで十分で、それ以上の物を貰ってしまっているのだとしたら。どうしたものだろうか、そんなつもりはなかったのだが。

「やぁ、また来てしまった」
「ほうおうおにいちゃん!今日はどんな話をしてくれるの?」
「うーん、そうだな、今日は雨の話がしたいな」
「雨っててんきの雨?わたしのこと?」
「雨の事」

そう言って少女の顔を覗き込めば少し身体が強張った。きっとバレてはもう来てくれないのだと思っているのだろうか。それか利用されるとでも思っているのだろうか、きっと前者だろう。雨の事だから気を許した相手ならばなんでもしそうだ。こわいこわい。

「我は雨が好きだよ」
「うん、わたしもすきだよ」

本題を出すまえに少し安心させておこうとしたが照れてしまったのか耳を赤くしてうつむいてしまった。可愛いな。

「雨はここの子じゃないね、どこの子だい?」
「ここ、のやどに住んでるよ」
「それにしては晴れた日にはいないね」
「雨の日しか、出て来れないの」
「なんで?」
「…ごめんなさい」

少し意地悪だっただろうか。泣きそうな雨の頭を優しく撫ぜる。

「もう分かってるんだ、いつもありがとう」
「!、もう来てくれなくなる?もっとあげるから、幸せあげるから、きもちわるい?」

お礼を言ったつもりが泣かしてしまった、幽霊と言うものはこうも寂しがり屋で泣き虫なのだろうか。

「まえに来てくれた人も気持ち悪いって、おにいちゃんも来てくれなくなる、」

窓からは雨が強く降りはじめた。何事だと思うほどに強く降りしきる。

「あー、そういう事ではないのだ。我は主に幸せを貰う為に来ているのではない。雨と遊ぶ事を楽しみに癒されに来ている。我はそれだけで十分なのだ」
「いやされ、ってなに?」
「仕事で疲れていても雨と話したり遊んでいると疲れが吹っ飛んでいく」
「そう、なの?」
「それが我にとっての幸せだ、それ以外はいらない。雨が居てくれるだけで十分だから」
「………うん!」

雨が緩やかに降る。
涙を目にいっぱい溜めて頷いた少女。
その少女と会う為だけに我はあそこの宿へ通う、彼女から幸せをもらわない代わりにその幸せが溜まってか宿が繁盛していった。あの部屋だけは店主が大事に雨宿りの客だけを通していると聞いた。

そうだ、大事な事を聞くのを忘れていた。

幸せを与える少女に訊こう。

「お主は今幸せか?」
「うん!おにいちゃんのおかげだよ!」

人を殺める事を厭わない残忍な忍者の筈の自分はこの時間はただの人へ戻るのだ。

何もかも忘れて、

ただ、ただ、その少女の笑顔が隣にある時だけは。

「あのね、本当の名前教えてあげる。…花子だよ」

彼女もまた彼に惹かれ、そして手を伸ばしても届く事のない距離に悩み、そして苦しむ。

そんな座敷童の話。


2014.03.17
肯定姫さま、いつもご感想イラストもろもろありがとうございます。座敷童というお題で書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか(ガタブル)楽しそうなお題でしたが思ったよか難しくて頭を悩ませました。鳳凰さまがここの宿へ訪れる時には仕事を忘れてただの人として過ごせればいいなと書かせて頂きました。雨、という名前は彼女の偽名のようなもので雨の降る日に雨宿りの客だけに顔を見せる座敷童でした。名前を教えて貰った人は一生幸せになるという座敷童しか知らない伝説があればいいなと思いました。幼女なのが惜しい!!しかし座敷童は幼女、恋の展開は難しかったです…orz しかし可愛い可愛い座敷童ちゃんの存在はどんな女性よりも大きく、無下にできないものになりました。
では、この辺で失礼したいと思います。楽しく書かせて頂きました、いつもありがとうございます!!肯定姫さまにも幸せが訪れますようにっ^_−☆

(感想ぶちまける。)

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